第557話 愛の行方は――。④
時は過ぎて。
(……くゥ!)
ジェシーは今、危機的な状況にあった。
彼女の愛機・《アッカル》は懸命に逃げていた。
大樹を盾にして走る。
しかし、その後を巨馬は執拗に追ってきた。
(なんであの傷で動けるの!)
巨馬は血塗れだ。
生々しい傷跡からは今も血が噴き出ている。
本来ならば致命傷のはずだ。
だが、それでも巨馬は追ってくる。
ジェシーからすれば悪霊にでも負われている恐怖だ。
――ヒヒイイィンッ!
血を吐き出しながら咆哮を上げる。
そして巨馬は大樹を蹴りつけた!
大樹は幹を抉られるように粉砕。
それは散弾となって《アッカル》に襲い掛かる!
『――くあっ!』
巨大な木片が次々と装甲に当たる。
強度的に劣っても大きさが凶器だ。《アッカル》は重心を崩した。
そこへ巨馬は蹄で圧し潰そうと跳躍した。
ジェシーは青ざめつつも、愛機を全力で走らせる。
――ズズゥンッ!
大地が波打った。
《アッカル》はどうにか巨馬の一撃を回避した。
そして安堵する余裕もなく再び走り出す。
その後をやはり巨馬は追ってくる。
(な、なんでっ!)
ジェシーの顔は蒼白だ。
何故ここまで追われるのか全く分からない。
彼女には知る由もないが、巨馬――《王馬》が《アッカル》を追う理由はシンプルだ。
それは怒りである。
自分を打ち倒した《猿羅》に対する憤怒だった。
鎧機兵は竜尾こそあるが基本的には人型だ。大きさは違うが《猿羅》に似ている。
必死に逃げ惑う《アッカル》の姿は、死を目前にした《王馬》の瞳には《猿羅》として映っているのだ。
逃がしてたまるか。
絶対に殺してやる。
その殺意だけが《王馬》の死にゆく体を突き動かしていた。
――ヒヒイイィンッ!
血塗れの雄たけびを再び上げる。
そして大地を蹴った。
巨馬の疾走だ。
体格の差もあり、瞬く間に《アッカル》に追いつく。
『――うわあああッ!』
ジェシーは咄嗟に愛機を反転させた。
円盾を前に突き出す。動きは止まってしまうが、無防備な背中から一撃を喰らうよりはマシだと判断したのだ。
直後、
――ドンッ!
機体全身を震わせる衝撃が奔る。
盾は砕けて、それを支えていた左腕も潰れていく。
結果的には、それが緩衝となったおかげで全身まで粉砕されることはなかったが、《アッカル》は大きく跳ね飛ばされてしまった。
それも砲弾のような勢いでだ。
木々に二度、三度と直撃し、その都度、ジェシーは操縦席で激しくシェイクされた。必死に操縦棍にしがみついてなければ内壁で殴打されて死んでいたかもしれない。
だが、彼女はどうにか生き延びた。
衝突を繰り返して《アッカル》はようやく停止した。
「……ぐあァ……」
ジェシーは呻き、操縦シートに身を預けた。
内壁に叩きつけられなくとも、三半規管へのダメージは大きい。
ジェシーの視界はぐらぐらと揺れていた。
そんな中でも《王馬》は猛追してくる。
巨馬もすでに正気を失っているのかも知れない。
邪魔をする木々をよけようともせずに血塗れの体躯で粉砕し、一心不乱に横たわる《アッカル》に迫ってくる。
(う、うああああッ!)
その光景に、ジェシーは声にならない悲鳴を上げた。
未だ安定しない視界のまま、操縦棍を手探りで掴み、体を起き上がらせた。
愛機もそれに応えて動き出す。
だが、《アッカル》もまた満身創痍だった。
完全に潰れた左腕。右腕は少しひしゃげている。メイスも失っていた。
竜尾と両足はかろうじて動くが、全身からは火花も散っていた。
わざわざ《星系脈》で確認するまでもない。
ガクンッと膝が崩れかける。
もはや、いつ停止してもおかしくない。
大破寸前といった状態だった。
「が、頑張って! 頑張って! 《アッカル》!」
ジェシーが愛機に声を掛ける。
その声に応えるように《アッカル》は足を動かす。
しかし、その足取りを遅い。
そして、
――ドンッ!
背後から衝撃が奔る!
前のめりに倒れ込む《アッカル》。
《王馬》が粉砕した巨大な木片が背中に直撃したのだ。
そして倒れる際に、勢いよく大地に叩きつけられた《アッカル》の右膝から大きな火花が弾けて飛んだ。
「ア、《アッカル》!」
ジェシーは青ざめた。
もう一度愛機を立たせようとするが、右膝のダメージが大きすぎて動かない。
完全に《アッカル》はその場で倒れ伏せてしまった。
最悪のことにうつ伏せのため、
機体を破棄して逃げることさえもう叶わない。
「……ああァ……」
ジェシーの歯がカチカチと鳴った。
「やだァ……」
目尻に涙を溜めて操縦棍を必死に握る。
「ヤダヤダヤダアッ! 動いてよォ! 動いてよおォ!」
必死に叫ぶが、《アッカル》はもう応えてくれない。
その時。
――ズズンッ、と。
地響きが聞こえて来た。
それは、ゆっくりと続く。
「……ひッ」
ジェシーの目尻から涙が零れた。
倒れているため確認できないが、これは間違いなく巨馬の足音だ。
地響きは続く。
振動の間隔が長い。先程の猛追ではなかった。
獲物が動かなくなったから、警戒しつつ近づいているのだろう。
それは、ゆっくりと迫る死の響きだった。
乾いた喉が鳴る。
それに反比例するように頬には大粒の涙が零れていた。
「……いやあァ……」
ジェシーは体を小さく丸めた。
歯が鳴るのが止められない。体もずっと震えていた。
(死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!)
その想いだけだが脳裏を埋め尽くしていた。
自分の覚悟がどれだけ弱いものだったのか思い知る。
そうして、いつしか地響きは止まっていた。
巨馬が去ったのではない。恐らく目の前に到着したのだ。
「……イヤだぁ」
ジェシーは自分の肩を掴んでギュッと瞳を閉じた。
そして――。
「助けて……助けてサンクッ!」
いつだって助けてくれた幼馴染の名を叫んだ。
巨馬が倒れた《アッカル》に蹄を踏み下ろしたのはその時だった。
そして、その影が飛び込んできた瞬間もだ。
――ガァンッッ!
黒い蹄が大剣で弾かれる!
それは《黄道法》の闘技でもないただの斬撃だ。
だが、それでも、その一撃は巨馬の体躯を見事に撥ね退けた。
グレイシア皇国の上級騎士でも早々出来ることではない。
けれど、鎧機兵とは心で操る兵器。
その一撃に宿った怒りは、闘技にも匹敵するほどの威力があったということだ。
……ヒヒイイィン。
血塗れの巨馬は警戒するようにその相手を見据えた。
その相手は二本の大剣を携えた鎧機兵である。
刹那の沈黙。
そして、
『……てめえ』
その機体の操手――サンクは、激情を乗せて吠えた。
『オレのジェシーに何してくれたんだッ! この駄馬野郎があッ!』
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