第446話 譲れない願い③

「……しっかし、まさかこんな組み合わせになっちまうとはなぁ」


 少し皮肉気にも聞こえる呟きが零れる。

 そこは観客席。

 第七戦まで見届けたジェイクの声だった。


「うん、確かにね」


 と、ジェイクの右隣に座ったコウタが言う。

 コウタの左隣には、フードを頭から被ったメルティア。肩には、ルカが造った銀色の小鳥――飛行型鎧機兵であるオルタナが止まっていた。

 対人恐怖症といっても、流石にこんな場所に着装型鎧機兵で乗り込む訳にはいかない。

 メルティアは、仕方なしにフードを被っていた。

 ただ、それだけでは怖いので、ずっとコウタに手を握ってもらっているのだが。

 彼女に続いてリーゼ、アイリが並んで座っている。

 自律型鎧機兵である零号も、わざわざ一席とって座っていた。

 エリーズ国の騎士候補生たちの一団である。


「あれだけ知り合いがいるから、誰かはぶつかるとは思っていたけど……」


 コウタは舞台に目をやった。


「流石に、ミラ姉さんとシャルロットさんが早々にぶつかるとは思ってなかったよ」


 今回の大会。

 コウタとしても、驚かされることばかりだった。

 操手衣ハンドラースーツのお披露目――ちなみに、コウタも兄同様にメルティアとリーゼ、アイリにしばらく目を押さえられていた――から始まり、サーシャ、ルカ、アリシアという知り合いたちの連戦。そしてレナの試合。

 その実力にも驚いたが、それ以上に全く容姿が変わっていないレナに驚愕した。

 何だかんだで、今日まで会う機会がなかったのである。

 そして本日最後の驚きが、ミランシャ対シャルロットの試合だった。


「あの二人は仲が良いですからね」


 メルティアが、コウタを見て告げる。


「あまり争い合うというイメージがありません。ですが……」


 小首を傾げた。


「私たちは、どちらを応援すれば良いのでしょうか?」


「わたくしは、シャルロットですわね」


 リーゼが即答した。


「ミランシャさまには申し訳ありませんが、シャルロットは、わたくしにとっては姉も同然なのです。やはり彼女を応援したく思いますわ」


 ……まあ、実際にシャルロットは、いずれわたくしの義姉になると思うのですが。

 と、頬に手を当てて、小声で呟くリーゼ。

 隣のアイリも頷いた。


「……私も応援するのは先生の方だよ。私のメイド道の先生だし」


「オレっちもだな」


 ジェイクが苦笑を浮かべて告げた。


「ミランシャさんには悪りいが、シャルロットさんは、オレっちの女神さまだかんな。どっちを応援するかって言うと、シャルロットさん一択だ」


 一応そうは言っておくが、実際に戦闘が始まったら、きっと応援どころじゃないだろうな、とジェイクは思っていた。

 なにせ、いよいよシャルロットの艶姿を拝める時がやって来たのだ。

 あの想定外のエロ衣服スーツ

 きっと、ビッグモニターに釘付けになってしまうに違いない。

 正直に言って、自分の女神さまの艶姿を、他の野郎どもにも見せてしまうのは複雑な気分でもあるが、同時に無茶苦茶期待もしている。

 ただ、一応硬派で通しているジェイクが、それを顔や態度に出すことはないが。


「……オレモ、シャルロットヲ、オウエンスル!」


 そう叫ぶのは、メルティアの肩に止まったオルタナだった。


「……シャルロットハ、オレヲ、ヨク、カラブキシテクレル!」


「……ウム。タシカニ」


 零号が頷く。


「……ワレモ、乙女ノ応援ヲシヨウ」


「零号がお世話になっているのなら、私もシャルロットさんを応援すべきですね」


 と、メルティアも告げた。

 全員の意見を聞いて、コウタは苦笑を浮かべた。


「誰もミラ姉さんを応援しないの?」


「……まあ、あの人の実力を考えるとな」


 ジェイクがポリポリと頬をかいた。

 私情を除いたとしても、ミランシャの実力は反則級だ。

 たとえ本来の愛機でなかったとしても、操手としての格が違う。


「確かにそうなるか……」


 コウタは、両腕を組んで唸った。

 ミランシャには、とても世話になっている。

 対戦相手が知らない者なら当然応援する。

 しかし、相手がシャルロットでは――。


「やっぱり、シャルロットさんを応援しちゃうよね」


 コウタは嘆息した。

 同じぐらい親しい者同士なら、より苦境にある方を応援してしまうものだ。

 そうなると、やはりここは、これから格上と戦わなければならないシャルロットの応援の方に傾いてしまう。


「まっ、お祭りだしな。あんま深く考えないでいようぜ」


 ジェイクが逸る心を隠しつつ、ニカっと笑った。

 コウタも笑った。


「うん。そうだね」



 一方、その頃。

 アッシュの方でも似たような会話がされていた。


「やっぱ、応援するとしたらシャルの方だよなあ……」


 アッシュが気まずげに頬をかいて告げる。


「うん」


 ユーリィが頷いた。


「だって、全然実力が違う。ミランシャさんの場合は勝って当たり前」


「あの二人って、そこまで実力差があるの?」


 サクヤが覗き込むように身を乗り出して、ユーリィに尋ねた。


「ミランシャさんって、空を飛んでいるイメージしかないけど……」


「いや、ミランシャは、あれでも《七星》の一人なんだぞ」


 ユーリィが返答する前に、アッシュが苦笑を浮かべた。


「《鳳火》が造られる前は、普通に騎士型に乗ってたって話だよ。アルフの奴も昔はよくボコられたって嘆いていたな」


「……そっか。あの子よりも強いんだ」


 サクヤは、少しだけ表情を暗くした。

 かつて《聖骸主》の狂気に囚われていた時代。

 サクヤは、あの最年少の《七星》とは戦ったことがあった。

 アッシュは、そんなサクヤの様子に気付き、ポンと頭を叩いた。


「気にすんなとは流石に言えねえが、アルフの奴は今も無事に生きてんだ。あいつ個人に対しては悔やむ必要なんてねえぞ」


「……うん」


 サクヤはか弱く頷いた。


「……まあ、ハウルは少なくとも弱くはないな」


 オトハが言う。


「仮に《鬼刃》が二機あったとして、私とあいつが対峙するとしたら、私でも容易な相手とは言えないだろうな」


「……うわあ、それって、シャルロットさんには全然勝ち目がないの?」


 あえて話題を戻してくれたオトハに感謝しつつ、サクヤは苦笑を零した。


「うん」


 ユーリィがボトルに口を付けながら再び頷いた。


「私はシャルロットさんが戦うところも見たことがある。あの頃の実力で考えると、流石に瞬殺はないだろうけど、それでも勝ち目はとても薄いと思う」


「まあ、シャルにとっては苦しい戦いになるだろうな」


 ボリボリと頭をかいて、アッシュが呟く。


「だから、やっぱシャルの応援に偏っちまうだろうな。ミランシャには悪いけど」


 そうして、白髪の青年は舞台に目を向けた。

 それは強者の宿命なのか。

 あまりの実力差に、知り合いから全く応援されないミランシャだった。

 なかなか悲しいものである。

 だがしかし、中には例外もいた。



「…………」


 その青年は、観客席の最上段にいた。

 黄色い騎士服を着た青年だ。

 第三騎士団所属の騎士。ライザー=チェンバーである。

 観客席の見回りのためにいるはずの彼は、観客には見向きもせず舞台を凝視していた。


(ミランシャ、さん……)


 ゴクリ、と喉を鳴らした。

 ――開会式。そこに現れた選手たちを見て、ライザーは驚愕した。

 何故なら、選手たちに混じって女神がいたからだ。

 燃えるような真紅の髪。仮面で素顔を隠していたが、そんなもので、彼女が放つ太陽のごとき輝きを覆い隠せるはずもない。


 どうして異国の公爵令嬢である彼女がここに……?

 疑問を抱くが、ライザーの目は彼女の姿に釘付けになった。

 彼女は今、全身を樹脂製衣服ラバースーツで覆っていたのだ。


 なんという魅力的な肢体なのか……。

 しかも、それを恥ずかしがる彼女の愛らしさときたら――。


(……セド=ボーガン氏。あなたは神か!)


 何気に顔見知りである人物に、心から敬意と感謝を抱く。

 同時に、彼女の艶姿に邪な視線を向ける男どもの目を、片っ端から潰したくなる衝動に駆られるが、騎士としてそれは自重した。

 代わりに、自分の脳裏に彼女の姿を焼き付けた。

 それだけで、ライザーは幸せで気を失ってしまいそうだった。


 ――が、じきに奇跡の時間が訪れる。

 いよいよ、ミランシャの試合が行われるのだ。


 偉大なるセド神が授けた、あの聖なる衣。

 あれは、スレンダーな女性にもとてもよく映える。

 その事実は、エイシス団長のご息女が、すでに実証済みだった。

 団長のご息女にも、あの聖衣ホーリークロスは実によく似合っていた。

 ならば、女神たるミランシャがあれを纏って戦えば――。


(……おおお……)


 身震いが止まらなかった。


(俺は、俺は奇跡の目撃者となるのか!)


 思わず口元を片手で押さえる。

 だが、すぐにライザーはかぶりを振った。


(なに考えてんだよ! 俺は!)


 自分を叱咤する。

 ――なんと浅ましく邪な考えか!

 試合といえども、あの可憐な彼女がこれから戦闘を行うというのにッ!


(――俺の馬鹿野郎が!)


 ライザーは面持ちを改めた。

 それは、友人であるアッシュやザインが見れば「え? お前、どうしたの?」と心配になるぐらいの真剣な表情だった。

 そして――。


「――頑張れ! ミランシャさん!」


 知り合いの中では唯一人。

 心からの声援を贈るライザーだった。

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