第五章 宣戦布告

第430話 宣戦布告①

 その日の夜。

 レナは、宿の大浴場でキャスリンと今日の話をしていた。


「へえ、そんな大会があるのかい」


「おう! 楽しそうだよな!」


 ――ゴシゴシゴシ、と。

 レナは、自分の裸体を一生懸命に洗い続けている。

 スポンジをこすりつけた全身が泡塗れだった。

 キャスリンは、そんなレナの様子を湯船に浸かりながら眺めていた。


「随分と、念入りに洗うんだね」


「おう。傭兵稼業だと風呂に入れる機会がない時もあるしな。それに」


 そこで、桶に入ったお湯を体にかけた。

 バシャアッ、と大量の泡とお湯が流れていく。


「いつアッシュに求められてもいいようにしとかなきゃな!」


「……そっか」


 キャスリンが苦笑する。

 それから、改めてレナの裸体を一瞥する。

 下着も着けていないというのに形が一切崩れない豊かな双丘。何度、ゆさりと揺れても張りが衰えることもない。お尻の肉付きも見事なものだ。さらには引き締まった腰に、しなやかな四肢。それらに沿って、お湯が流れていく。

 何度も見ても、極上の美少女である。

 実年齢は少女ではないのに、十代の輝きを放っていた。


「…………」


 ちらりと自分の胸元に、視線を落とす。

 ホークスは「お前は、お前のままで、いい」と言ってくれるが、やはりレナに比べると貧相であると判断せずにはいられない。

 そんなことを考えて少しヘコみつつ、キャスリンは話を続けた。


「けど、その大会、凄い賞金額だね」


「確かにな。だから、オレも出ることにしたんだ」


 体を洗い終えたレナは、キャスリンの元に来ると、湯船に浸かった。

 パシャパシャ、と両手で顔を洗う。


「トウヤには、オレの《レッドブロウⅢ》を最優先でメンテナンスしてくれって、今日の内に頼んだよ。二日でしてくれるって。キャスのも考えたけど、流石に二機を突貫でメンテナンスしてもらうのはな」


「うん。確かにね。仕方がないか」


 キャスリンは、湯船の縁に両腕をかけて口角を崩した。

 四機中、二機を突貫でメンテナンスしてもらうのは厳しいだろう。


「オトハも出ようかなって言ってたんだけど、なんかアッシュに、お前とミラ……なんとかさんは自粛しろって言われてたな」


 と、レナが言う。キャスリンは眉根を寄せた。


「オトハって、レナが会った傭兵の名前だよね? 彼女は出場を止められたのかい?」


「うん。アッシュがダメだって。渋ってたよ」


「……ふ~ん」


 キャスリンは、天井を仰いだ。話を聞いている限り、レナは出場をOKされたが、そのオトハという傭兵は自粛しろと止められたそうだ。


(……気に入らないね)


 それは、アッシュが、オトハよりもレナの方が、実力が低いと判断したということだ。

 レナのレベルならば、自粛の必要がないと考えた訳だ。


(……《鉄拳姫》レナも侮られたものだね)


 キャスリンは、少し不快感を覚えつつも苦笑いを浮かべた。

 オズニア大陸で活動する傭兵は、ギルドによって序列が付けられている。

 ギルド登録時に配布されるギルドタグに、順位が刻まれるのだ。

 年に一度、これまでの活動を考慮し、また模擬戦などを実施することで、その年の順位が更新されるのである。


 例えば、現在のキャスリンの序列は第二十八位。

 ホークスは第十四位。ダインは第七十七位になる。

 総勢で五桁にも及ぶ中でも、全員が二十代で二桁に至っている傭兵団はそうはない。


 そしてレナに至っては第八位。一桁ナンバーだった。

 女性の傭兵としては第二位になる。レナの実力は別格なのだ。


 親友であり、団長でもあるレナを見くびられた気分になるもの当然だった。

 しかし、考えてみれば、それも仕方のないことだった。

 オズニア大陸では、その名を知らない傭兵がいないレナも、訪れたばかりのセラ大陸ではまだまだ無名だ。きっと、そのオトハという人物は、セラにおいて、かなり名を知られた傭兵なのだろう。元傭兵のアッシュはそれを知っていたから止めたのだ。


 単純に知っていたか、知らなかったかの差だ。


(なら、知らしめようじゃないか)


 キャスリンは、不敵に笑う。

 そして、


「レナ」


「ん? 何だ?」


 そろそろ湯船で泳ぎ出そうとしていた団長に、キャスリンは告げる。


「立ち塞がる相手すべてをぶっ飛ばして、勝利を掴みたまえ」


 グッ、と親指を立てる。


「そして圧倒的な力で、優勝賞金をかさらってやろうじゃないか!」


「おう! 分かっているさ!」


 レナは、ニカっと笑って応えた。


「ビラル金貨が二百枚もあれば、アッシュが傭兵になる支度金としてもお釣りがくるぐらいだしな!」


「うん、そうだね。ところでレナ」


 表情を小悪魔的なものに変えて、キャスリンはレナに詰め寄った。


「肝心のアッシュ君の方はどうなんだい? 上手く口説き落とせたのかい?」


「う~ん、それが嫌だってさ。店も軌道に乗ってるのに、なんで傭兵にならなきゃなんねえんだよって……」


 レナは、ボリボリと頭をかいた。

 それに対し、キャスリンは嘆息した。


「そりゃあ直球で聞いたらそうなるよ。ちゃんと搦め手で望まないと」


「搦め手って?」


 キョトンとするレナに、キャスリンは悪戯好きの笑みを浮かべた。

 そして正面から、レナの豊かな胸を鷲掴みにする。


「もちろん、これを使うのさ。それにしても相も変わらず柔らかいな。どこまで沈み込んでいくんだよ。くそ」


 もみもみと感触を味わいながら、キャスリンは続ける。


「君はアッシュ君に惚れているんだろう? 自分の初めてを捧げてもいいくらいに」


「うん! そうだぞ!」


 レナは笑って答える。


「オレはアッシュに女にしてもらう予定なんだ!」


「……うん。迷いがないのはレナらしくていいことだけど」


 キャスリンは、レナから手を離して告げる。


「だったら、早く一線を越えてしまいたまえ。彼を君に夢中にさせるんだ」


 身もふたもない言い方をすれば、色仕掛けという奴だ。


「結局、ぼくもその方法でホークスをGETしたからね。レナならイチコロさ」


 レナと付き合えるのなら、所属している傭兵団を辞めてもいい。

 今までそう言い出した傭兵は幾らでもいた。

 それほどまでに、レナは魅力的なのである。


「君が嫌なら絶対に止めるし、何より君自身が拒否するんだろうけど、今回は別だろう? 初めては恥ずかしいだろうけど勇気を出して望めばいいさ」


 と、アドバイスするのだが、レナは眉をひそめた。


「いや、それがさ」


 レナは、少し視線を落として語った。


「アッシュってさ、ハーレム築いているって話だったろ」


「え?」キャスリンがキョトンとする。「あ、そういえば、そんな話だったよね」


 眉根を寄せた。


「もしかしてあれは本当だったのかい? そっかあ、それは嫌だよね……」


「いや、そこは別にいいんだ。強い雄に雌が沢山いるのは自然の摂理だかんな」


「……いや、いいのかい? その考えは?」


 キャスリンは少し顔を強張らせたが、構わずレナは言葉を続ける。


「そんで、実はオレ、ハーレムメンバーっぽい奴らともう会ってんだ。サーシャと、多分オトハも。サーシャの方はキャスも印象に残ってんだろ」


「……まあ、凄い美少女だったしね」


 キャスリンは、あごに指先を当てて思い出す。

 美しい銀色の髪に、目を瞠るような美貌。レナにも劣らないスタイル。

 あの髪の色からして、彼女は《星神》の血を引いているのだろう。

 確かに、とんでもないレベルの美少女だった。


「でさ。今日会ったオトハなんだけど……」


 レナは、自分の胸を左右から挟んで渋面を浮かべる。


「オトハも、サーシャやオレ並みに胸が大きいんだよ。足とか腰とかのスタイルも抜群だった。顔だってすげえ綺麗でさ。あのクラスが二人もいるなんて流石に想定外だ」


「……え? オトハって人は、君やあの子にも匹敵するかい?」


 キャスリンは、軽く目を剥いた。

 レナもサーシャも、そうそうお目にかかれないレベルの容姿だ。

 この二人に匹敵するような女性がまだ出てくるとは、かなり驚きだった。


「正直、アッシュを、オレだけに夢中にさせんのは難しいかも知んねえ……」


 レナは少しだけ気落ちした様子で呟く。


「ええェ~……」


 キャスリンは、困惑した顔を浮かべた。


「じゃあ、諦めるのかい?」


「そんな訳ねえだろ」レナは即答した。「今のままだとダメだってことだよ」


 そう言って、彼女はズズイとキャスリンに詰め寄った。


「そんでアドバイスが欲しんだ。さっき、キャスはホークスを色仕掛けでGETしたって言ってたろ? 具体的にはどうやったんだ?」


「ぐ、具体的!?」


 キャスリンは、思わず後ずさった。

 まさか具体的な内容を聞かれるとは思わなかったのだ。

 カアアっと顔が赤くなるのは、入浴のせいだけではなかった。


「い、いや」しどろもどろに答える。「あ、あの頃のぼくは、その、まだ経験もなくて、結構大胆って言うか、とにかく捨て身になっていたって言うか……」


「なるほど。捨て身か」


 レナは腕を組んで「うんうん」と頷く。


「だ、だってさ、いくらアピールしてもホークス全然応えてくれないから。それで、思い切って、あの夜、ホークスのベッドに忍び込んだんだけど……」


「うん。それで? それで?」


「そこで口論になったんだ。お前は何を考えているんだって。それでお互いに熱くなってたんだけど、ぼくが自暴自棄になって飛び出そうとしたら、ホークスがお前は危なっかしいから放っておけないって言って、そのまま……」


 自分の口で語って、キャスリンは顔から火が出そうだった。

 あの夜は彼女も大概テンパっていた。あまりにホークスが『自分を大切にしろ』を連呼するため、売り言葉に買い言葉で『自分を大切にしろなんてうるさい! じゃあ処女じゃなかったらいいんだろ!』と叫んで、飛び出そうとした。

 あのままだと、勢いでそこらの男と一夜を共にしていたかもしれない。

 それが分かったからこそ、ホークスも彼女を受け入れたのだろう。


 しかし、思い出として語るにしても恥ずかしすぎる内容だった。

 キャスリンは、ブクブクと湯船に沈んでいった。


「なるほどな!」


 一方、レナは、キランと瞳を輝かせた。

 ザバアっ、とキャスリンを両手でサルベージして確認する。


「要はオレも『危なかっしいな』『放っておけねえ』って、アッシュに思わせればいいんだな! 『傍に置いとかなきゃダメだ、こいつ』って思ってもらえればいいんだ!」


「い、いや、ぼくが言うのは何だけど、それは間違っているような……」


 キャスリンがツッコみを入れた、その時だった。


「……おや。先客がいるようですね」


 不意に、第三の声が聞こえた。

 どうやら他の客が入浴しにきたようだ。


「あら。そうなの」


 もう一人分の声もする。入浴に来たのは二人のようだ。

 レナとキャスリンは、声の方に振り向いた。

 そして、そこにいたのは――。

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