第四章 訪問者

第360話 訪問者①

「――愛ってなんだよ!」


 青年は叫ぶ。

 黄色い騎士服を着た二十代の青年。隣には彼の愛馬が欠伸をして佇んでいる。

 アッシュの友人であるアティス王国の騎士・ライザーである。

 彼は、クライン工房前で叫んでいた。


「何度も口説いてようやくデート! 本命だったし、すっげえ気合い入れてたさ! デートだっていい感じだった! けど、最後に告白した時!」


 ライザーは、滂沱の涙を流す。


「『ごめんね。チェンバーは良い奴なんだけどお調子者過ぎるかな? 好きではあるんだけど愛するのは、ちょっと……』って何なんだよ! いいじゃねえかお調子者でも! 好きと愛って何が違うんだよ!」


「……まあ、昔からの命題だよなぁ」


 そう言って、ライザーの肩を叩くのは同じく二十代。筋肉質な巨漢だ。

 ザイン=ガロンワーズ。

 今は完全なプライベートなので質素な服を着ているが、こう見えても公爵さまだ。

 彼はライザーの友人だった。


「もう泣くなよ、ライザー。女なんていっぱいいるじゃねえか」


「うっせえ!」


 バシンッとザインの腕を払うライザー。


「じゃあ、お前はエイシス団長の娘さんに告白して振られても平気でいられるのかよ!」


「そんなの泣いちまうに決まっているだろうが!」


 クワッと目を剥いて、ライザーの胸倉を掴むザイン。

 そんな二人を呆れた様子で見る青年がいた。


「いや、あのな、お前ら」


 青年――アッシュは、ふうっと嘆息して二人に近づく。


「人の店先で泣き叫んで争うな。営業妨害だぞ」


 彼ら二人は、アッシュの友人でもあった。

 すると、彼らはケロっとした感じで振り向いた。

 どうやら今のはただの愚痴。彼らのお遊びだったようだ。


「よう。師匠。遊びに来たぜ」「遊びに来ました。師匠」


 そんなことを告げる二人に、アッシュは嘆息する。


「お前らな。公爵さまと騎士が平日の真っ昼間から遊びに来るな。ライザーなんて思いっきり仕事中の格好じゃねえか」


「いや、実は半分仕事なんですよね。噂の師匠の弟さんを見に来たんですよ」


 と、ライザーが言う。ザインも「俺もだな」と告げた。

 アッシュは目を丸くする。


「へ? コウタをか?」


 うんうんと頷く二人。ライザーが話を続けた。


「いま王城勤めの第一騎士団で、弟さんの話題が凄いんですよ。何せ、常に話題満載の師匠の弟ですし、とんでもなく強いって噂ですから。詰所勤めの第三騎士団にも届くくらいですよ。そこで代表して俺が見てこいって話になったんです」


「俺もライザーとほぼ同じ理由だな」


 ザインもまた語る。


「俺は今日、出張から帰ってきたばかりなんだよ。帰ってくるなり驚いたぜ。王女殿下の友人で、しかも聡明そうな少年らしいな。メイド達が随分と騒いでいたよ」


「へえ、そうなのか」


 アッシュは目を丸くする。そして、


「まあ、弟が聡明そうって言われるのは、悪い気はしねえが」


 ははっと笑う。


「いま、コウタの奴は王城にいるぞ。ここに来ても会えねえぞ」


「え? そうなんですか?」


 ライザーはキョトンとした。ザインも似たような表情だ。


「王城を留守にしている様子だったので、ここだと思って来たんですけど」


「もしかして街の見物にでも行ったのか。それはしまったな」


 どうやら王城で会えなかった二人は、思い込みでここに来たらしい。

 アッシュは苦笑しつつ、


「まあ、もしかすると来るかも知んねえから少し待つか? お茶ぐらいなら出すぞ」


 と、告げた時だった。


「……クライン君?」


 涼やかな声が響く。

 全員の視線が、工房の方へと向いた。

 そこにいたのは、一人のメイドさんだった。

 藍色の髪が美しい美貌のメイドさん――シャルロットだ。

 思わず、ライザーとザインが「「おお……」」と感嘆の声を上げた。


「お客さまでしょうか?」


 シャルロットは、アッシュに傍に寄って尋ねる。

 アッシュは「ああ」と答えた。


「俺の友人のライザーとザインだ」


「そうでしたか」


 シャルロットは、ライザー達に深々と頭を垂れた。


「初めまして。シャルロット=スコラと申します」


「あ、ああ。俺はザインだ」「ラ、ライザーです」


 未だ、シャルロットの美しさに見惚れる二人が、たどたどしく名乗る。


「え、えっと師匠?」


 ライザーが困惑しつつも、アッシュに尋ねる。


「彼女は? メイドさんを雇ったんですか?」


「いやいや、違うよ」


 アッシュがパタパタと手を振るが、彼が答える前に声を発したのはシャルロットだ。


「いえ。違います。私はクライン君に雇われている訳ではありません」


「おう。そうだよな。シャルは――」


「私は、クライン君が所有するメイドです。愛しきあるじさまのために、戦闘から家事全般、夜伽に至るまで、いつでも応じる専属で専用のメイドなのです」


「「「………え?」」」


 アッシュも含めて、男達は唖然とした声を上げた。

 対するシャルロットは楚々たる立ち姿で。


「お客さまでしたら、早速お茶のご用意を致しましょう。失礼いたします」


 言って、彼女はスタスタと工房内へ去っていった。

 アッシュ達はしばし茫然としていたが、


「し、師匠!? 今のはどういう意味ですか!?」


 ライザーがアッシュの肩を掴んで叫ぶ。


「そ、そうだぞ! お前、まさかメイドを手付きにしたのか!」


 ザインまで叫ぶ。アッシュは青ざめた。


「い、いや違う! 違わないかもしれないけど違うんだ!」


 そこで工房へ向かって叫ぶ。


「シャ、シャル! その話は人前ではしないって約束したじゃねえか!」


「人前では言わないように口止めさせてるんですか!」


「意外とクズだな、師匠!」


「誰がクズだ! いや、シャルに関しては自分でもクズだなとは思ってたけど! とにかく違うんだよ! いいか! ちょっとそこで待ってろよ!」


 言って、アッシュは工房へと走っていった。

 ザイン達は二人して唖然としていたが、


「……もしかして、新しいハーレムメンバーですか?」


「……まあ、そうだろうな」


 ライザーの呟きに、ザインが頷く。


「彼女も相当な美人だったな。師匠、恐るべしだ」


「うう、凄いとは思いますけど、ううゥ。本当に師匠の周りって愛が満載ですね」


 ザインが感嘆し、ライザーが呻く。

 ザインは、ポンとライザーの肩を叩いた。


「まあ、いいさ。今日は帰ろうぜ。もう完全に興味が師匠の弟よりも、彼女に移っちまったしな。少し早いが一杯奢るぜ」


「……はァ、ありがとうございます」


 肩を落とすライザー。彼の愛馬が慰めるように、ブルルンと嘶く。

 ザインはポンポンと友人の背中を叩くと、そのまま近くに停車させておいた自分の馬車に戻っていく。ライザーの方は愛馬に跨った。

 続けて、ゆっくりと愛馬を歩かせ始めるが、途中で歩みを止めた。

 ライザーは何とも言えない表情で工房へと振り向いた。

 そして――。


「――誰か、俺にも愛をください!」


 ライザーの叫びが、クライン工房周辺に響くのであった。

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