第四章 藍色の訪問、紫紺色の夜
第328話 藍色の訪問、紫紺色の夜①
(む、むう……)
クライン工房の二階。茶の間にて。
卓袱台を囲んだ三人の内の一人であるオトハは、内心で唸っていた。
(まさか、こうも早く、この女がやって来ようとは……)
オトハは、目の前で正座するメイドに目をやった。
――シャルロット=スコラ。
この女のことをユーリィから聞いたのは、こないだのことだ。
警戒すべき相手とは思っていたが、話を聞いてから、さほども経っていない内に会うことになるとは思いもよらなかった。
「へえ。シャルはルカ嬢ちゃんの知り合いだったのか」
と、アッシュが呑気に言う。
(む、むうう……)
なんたる偶然か。
この女、王女の友人である公爵令嬢のメイドをしていたらしい。
その縁で今回、アティス王国にまで来訪したとのことだ。
「世間って狭いよな」
胡座をかいて、アッシュは笑う。
しかし、シャルロットは「そうですね」と少しだけ神妙な声で答えた。
「……シャル?」
アッシュが眉根を寄せた。
すると、シャルロットはオトハの方に目をやった。
「オトハさま」
「……ム? なんだ?」
お茶を片手にオトハが首を向けた。
ちなみに、礼儀正しい彼女も正座している。
「私の主人。リーゼお嬢さまは、オトハさまに憧れております。滞在期間中は是非ご指導ご鞭撻のほどをお願いしたいと申しておりました」
「ほう。そうなのか」
オトハは興味深そうに呟いた。
「確か、公爵令嬢なのだな。私の訓練はいささか厳しいぞ」
「お嬢さまとしては望むところでしょう。お嬢さまは可憐な容姿でありながら、努力家であり、騎士学校においては学年次席という成績を収めています」
「へえ。そいつは凄えな」
と、アッシュが会話に加わる。
が、不意にあごに手をやり、
「そんじゃあ、やっぱり、主席はあの悪竜の騎士なのか」
「―――え?」
シャルロットは、大きく目を見開いた。
そして、勢いよく卓袱台に手をつき、身を乗り出した。
「ク、クライン君! 彼を知っていたのですか!」
「へ? いや、ルカ嬢ちゃんから、そういう先輩がいるって聞いてたんだが……」
シャルロットの唐突な剣幕に、アッシュは目を丸くした。
オトハも少し驚いている。
「で、では、彼の名前は……」
「い、いや。そういや、そいつは聞いてねえな」
困惑しつつも答えるアッシュ。
シャルロットは小さく息を吐くと、元の場所にストンと座った。
「……そうですか。では改めて、私の方から彼についてお話させて頂きます」
「お、おう。そうか」
姿勢まで正すシャルロットに、アッシュは面持ちを緊張させた。
オトハもまた、緊迫した様子に沈黙する。
そして、シャルロットは語り始めた。
「エリーズ国騎士学校の二回生である彼は、アシュレイ家の使用人を務める人物です」
「アシュレイ家って、ルカ嬢ちゃんの師匠の家だな」
「はい。彼は、アシュレイ公爵家のご令嬢であらせられるメルティアお嬢さまの、護衛兼使用人なのです」
一拍おいて、シャルロットは続ける。
「八年前。彼は故郷を失いました」
「……なに?」アッシュは眉をひそめる。「いきなり重い話になったな」
シャルロットは、こくんと頷く。
「実際に重い話です。当時七歳だった彼は、とある村の生き残りでした。炎で焼かれた村の跡地。そこへ偶然通りがかったメルティアお嬢さまのお父上――アシュレイ公爵さまが彼を保護されたのです」
「……そうか」
「当時、消耗が激しかった彼ですが、アシュレイ公爵さまの尽力もあり、復調しました。そしてそのままアシュレイ家の使用人として引き取られました」
「………」
アッシュは何も言わず、シャルロットの声に耳を傾ける。
「アシュレイ家に引き取れた彼は、ご恩返しもあり、自分を磨きながら成長していきました。騎士学校でも主席を収め、アシュレイ公爵さまが自分の娘婿にと考えられるほどに、リーゼお嬢さまが想いを寄せるほどに、彼は凜々しく成長しました」
シャルロットは、そこでアッシュを見つめた。
まるで誰かの面影を重ねるように。
「そして先日のことです。とある事件で親しくなったハウル公爵家のアルフレッド=ハウルさまのご厚意で皇国に招かれた時でした」
「っ! おいおい」
アッシュはこれにも驚いた。
「シャルは、アルフとも知り合いだったのか?」
「はい。言い忘れていましたが、ミランシャさまともです。それと彼女は今、この国に来ています。今は王城の方へ向かわれていますが」
「――は? はあっ!?」
その話に驚愕の声を上げたのは、オトハだった。
「ハウルの奴まで、この国に来ているのか!?」
「はい。そもそもここまで来るのに使用した鉄甲船は、ハウル公爵家よりお借りしたものですから。失礼。少し話が逸れましたか……」
シャルロットは、唐突なミランシャの来訪に、少しばかり驚いた顔をしているアッシュに視線を向けた。
「その皇国でのことです。彼は、彼にとって祖国でもあるその国で、失った故郷の村の仇と出会いました」
シャルロットは視線を伏せた。
「《黒陽社》の《九妖星》の一角。《木妖星》レオス=ボーダー。それが彼の仇でした」
「――ッ! なんだと!」
思いがけない名前に、アッシュは表情を険しくした。
次いで、舌打ちする。
「あのクソジジイが。八年前っていやあ、あちこち村を襲ってたらしいからな。ルカ嬢ちゃんの先輩も犠牲者って訳か」
「……そうですね。ですがクライン君。あなたは一つ勘違いしています」
「……?」アッシュは眉をしかめた。「勘違いだって?」
シャルロットは「はい」と告げて、神妙な面持ちで話を続けた。
「《木妖星》と遭遇した時、メルティアお嬢さまもその場におられました。お嬢さまのお話では、激高した彼は、あの男に対してこう叫んだそうです」
そして、彼女は話の核心とも呼べる言葉を告げる。
「『お前が父さんを殺したんだ! クライン村の皆を殺したんだッ!』と」
数瞬の沈黙。
「……………………は?」
アッシュは、呆然と呟いた。
代わりに、顔色を変えたのはオトハだった。
「――ま、待て!」
バンッと卓袱台を叩いて身を乗り出す。
「シャルロット=スコラ! 何の冗談だ! その話はッ!」
「私は事実だけをお話しています。その後、彼は《木妖星》と戦闘になりましたが、惜しくも討つことは出来なかったそうです」
シャルロットは、未だ呆然とするあるじさまを見つめて告げる。
「私はこれをお伝えに来たのです。クライン君。私の愛しきあるじさま」
一拍おいて、
「今だけは、あえて、あなたをこうお呼びさせて頂きます」
シャルロットは、緊張と共に唇を動かした。
「――トウヤさん」
「ッ!」
親しき者の口から出たあり得ない名前に、アッシュは目を見開いた。
唯一、アッシュの本名を知るオトハも唖然とした。
「彼は今、この国に来ています。あなたに会いたいと願っています」
そして、シャルロットは願うように言った。
「どうか彼に会ってあげてください。あなたの弟、コウタ君に」
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