第323話 鋼の騎士、アティスに立つ④

「ミ、ミランシャさんが、どうしてここに……」


 アリシアが呆然と呟く。

 が、同時に一つ納得する。

 どおりで、目の前に停泊している鉄甲船に見覚えがあるはずだ。

 これは、アリシア達が、皇国に向かう時に乗せてもらった船なのだから。


「ふふ、色々あってね。けど、その前に……」


 ミランシャは一気に駆け出し、コウタの首を抱きしめた。


「もう! 先に行ったら寂しいじゃない! コウタ君ったら!」


「い、いえ、ミランシャさんにも準備があると思って」


「そんなの気遣わなくていいのよ。それより、アタシのことは、ミラお姉ちゃんって呼んでって言ってるじゃない!」


 言って、黒髪の少年を強く抱きしめる。

 控え目でも柔らかな胸を顔に押しつけられ、少年の顔を真っ赤だった。

 エリーズ側のメンバーは、どうも呆れているような様子なのだが、アリシア達、アティス側の人間は呆然とした。ミランシャが、アッシュ以外の異性に、ここまで愛情を込めてスキンシップする姿を初めて見たからだ。


「(え? ど、どういうこと!?)」


 アリシアが、愕然とした声で切り出した。


「(う、うむ。ミランシャさんのあんなデレた顔は初めて見るな)」


「(……う、うん。付き合いの長い私でも初めて見る)」


 ロック、ユーリィが困惑し、


「(え、えっと、単純に、コウタ君がアルフ君の友達とかじゃないかな?)」


 サーシャがフォローを入れるが、


「(ん? いや、もっと単純に)」


 エドワードが言葉を締める。


「(師匠から、あいつに乗り替えただけじゃねえの?)」


「「「…………………」」」


 全員が無言になった。

 特に女性陣は困惑している。

 その可能性はない。普段ならそうはっきりと言えるが、あの黒髪の少年への態度は紛れもなく強い愛情が込められていた。

 少年自身はかなり動揺しつつ、照れているようだが。


(……むう)


 一番ミランシャと付き合いが長いユーリィが呻く。

 恋敵――いや、今となってはそう呼ぶのも適切でない気もするが、後に起こる、たった一つの正妻の座を争う正妻戦争が待ち構えている今、敵が減るのは良いことだ。

 しかし、不思議なもので、自分の好きな人が乗り替えられたとなると、やはりいい気分ではなかった。それはアリシア、サーシャも同じ気持ちだろう。

 唯一、ミランシャと面識がないルカだけは首を傾げていたが。

 と、その時だった。


「ミランシャさま。あまりコウタ君に迷惑を掛けるのはいかがなものかと」


 またしても桟橋から声が響いた。

 どうやら、まだ乗船者がいたようだ。

 アリシア達の視線が、自然と桟橋に向けられる。


(……え?)


 ユーリィは、キョトンとして目を見開いた。


「(うわあ、また綺麗な人が出てきたわね)」


「(うん。ミランシャさんと同い歳ぐらいかな。綺麗なメイドさんだ)」


 アリシアとサーシャの……実に呑気な声が聞こえてくる。

 ロックとエドワードは「「おお!」」とメイドさんの美貌に感嘆していた。

 そんな中、ユーリィだけは、ゴシゴシと一度目を擦ってから、彼女を見つめ直した。

 大きなサックを背中に背負った、二十代半ばぐらいの女性。

 肩まで伸ばした藍色の髪と、深い蒼色の瞳。やや冷淡なイメージはあるが、充分に整った鼻梁。プロポーションもサーシャに劣らない美しい女性だ。


(……うん。他人の空似ってあるんだ)


 ユーリィは、そう思おうとした――が、


「あっ! さん! お久しぶりです!」


 ポン、と手を叩くルカの声が、ユーリィの希望を打ち砕いた。


「はい、お久しぶりです。ルカさま。そして――」


 メイドさんも、ユーリィに気付いていたようで微笑む。


「ユーリィちゃんも。本当に大きくなりましたね」


「ひ、ひゥ」


 ユーリィは、思わずルカのような呻き声を出してしまった。

 腰まで引けて、少し後ずさる。


「え? ユーリィちゃん? あの人と知り合いなの?」


 サーシャがそう尋ねてくるが、答えられない。

 ――と、その代わりにメイドさんが、コツコツと桟橋を降りてきた。


「初めまして」


 そして、サーシャ達の前で頭を下げる。


「レイハート家のメイドを務める、シャルロット=スコラと申します。皆さま方におかれましては以後、お見知りおきを」


 ……………………。

 ………………。

 ……数瞬の間。

 ――ズザザザッ!

 サーシャとアリシアは、いきなり後方に跳んで間合いを取った。

 二人の顔は、愕然としてた。


「え? え?」


 そして、一人だけ事態が飲み込めていないルカを置いてけぼりにして、幼馴染コンビはメイドさんを指差して叫んだ!


「「――た、戦うメイドさんだっ!」」


「……? まあ、戦うこともありますが」


 メイドさん――シャルロットは、粛々と答える。

 事情を全く知らないロック、エドワード、ガハルドなどは完全に困惑していた。


「おい。どういうことだよ。エイシス」


「え、えっと、それは……」


 エドワードに問われるも、アリシアには何も答えられなかった。

 なにせ、不測の事態が続きすぎる。

 今日はただ、ルカの友人達を迎えに来ただけなのに。

 いきなりのミランシャの来訪。

 さらには、警戒すべきと教えられた人物の襲来だ。

 混乱するなと言う方が無理である。

 その中でも、ユーリィの混乱は一際だった。


「ほ、本当にシャルロットさん、なの?」


「ええ。シャルロットです」


 渦中の人物の一人であるシャルロットは、堂々としたものだった。


「本当に久しぶりです。ユーリィちゃん。積もる話はありますが、まずは――」


 一拍の間。

 彼女は微笑んで尋ねた。


「クライン君は、お元気でしょうか?」

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