第287話 子連れ傭兵③

 森の国・エリーズ国。

 グレイシア皇国の隣国であり、国土のほぼ半分を森林が占めるこの国は百を超える町村を擁する国だった。王都パドロにおける人口は八十万人を超えるらしく、皇国の首都であるディノスに次ぐ規模である。

 かつてはグレイシア皇国と対立していた時代もあり、皇国と因縁浅くない国だが、現在は良好関係を築いていると聞く。紛れもない大国の一つ。当然、その王都に最も近い位置にある越境都市サザンもまた相当な規模の街であった。


「凄い街……」


 サックを背負ってアッシュの隣を歩くユーリィが目を丸くした。

 確かにサザンは大きな街だ。煉瓦造りの街並みは美しく、人通りも多い。しかしそれ以上に目を惹くのは露店も含めて様々な店舗があることだった。

 それもそのはず。サザンは越境都市の名が示すように、グレイシア皇国とエリーズ国の両国の国境に位置する。従って互いの国からの来訪者が多く、特に商人は他国の品を仕入れるために通うことが多い都市だった。

 店舗の種類が実に多彩なのもそのためである。

 ちらりと露店を覗いただけで珍しい果物や魚介類、または用途不明の日常品などが置いてある。ユーリィは興味が惹かれた。


「ははっ、後で街の見物でもすっか」


 言って、アッシュはフードを被ったユーリィの頭にポンと手を置いた。

 ユーリィは顔を上げて、こくんと頷いた。アッシュは破顔してくしゃくしゃとユーリィの頭を撫でた後、


「じゃあ、まずは宿を取る前に傭兵ギルドに行っとくか。昨日ぶちのめした盗賊どもの報告もしなきゃいけねえしな」


 傭兵ギルド。この規模の都市なら必ずある、傭兵の支援組織だ。

 仕事の斡旋からその街での生活面のサポートまでしてくれる便利な組織であり、アッシュのみならず傭兵ならばやましいことでもない限り必ず利用していた。

 ユーリィは再びこくんと頷いた。

 アッシュは二カッと笑うと近くにいた巡回騎士に声をかけ、傭兵ギルドがある場所を聞いた。どうやら少し離れた地区にあるそうだ。


「歩くと遠いな。ここは乗合馬車を使った方がよさそうだ」


「うん。分かった」


 そうして二人は歩き出す。最寄りの停留所に向かって。



       ◆



 ガラ、ガラ、ガラ……と。

 徐々に速度を落として馬車は停車した。

 越境都市サザンに無数にある停留所の一つで馬車はドアを開く。

 そうして馬車から降りてきたのは一人の女性だった。

 年の頃は二十代前半か。肩まで伸ばした藍色の髪と、深い蒼色の瞳が印象的な女性である。やや冷淡な顔立ちだが容姿は充分すぎるほどに整っており、プロポーションも申し分のない美しい女性だった。

 行き交う通行人達は自然と視線を停留所に向けた。彼女がただ馬車から降りてきただけで周囲の人間の目を惹いたのだ。

 しかし、通行人が注目しているのは、彼女の美しさよりもその格好にあった。

 彼女は何故かメイド服を纏っていたからだ。しかも、似つかわしくない大きなサックを背負っている。場違いなメイド服の美女に通行人達は揃って眉根を寄せた。

 だが、そんなことで注目を集めるのは彼女にとっては些細なこと。もしくは日常茶飯事なのだろう。サックを背負い直すと気にもかけず歩き始める。


(久しぶりですね。この街も)


 冬が迫っていることを示すように、少し寒い風が頬を叩く。

 彼女は馬車が通る公道沿いの歩道を進みながら、街並みに目をやった。

 少し高台にあるこの場所なら、街を広く見渡すことができた。


 ――越境都市サザン。思い改めるまでもなく、やはり活気のある街だった。

 行き交う人々の顔は明るく、子供達がはしゃぐ姿も見える。あそこまで無邪気に遊べるのも治安が良いからに他ならない。


 一方、店舗の種類も実に多彩で近隣の商人の活躍の場にもなっていた。関税も安いので活気の一役を買っていると聞いたことがある。勿論、貧民区などの大都市には付きものの負の側面も持っているが、エリーズ国において、王都パドロ以上に住んでみたい街として名を挙げていた。それがサザンだ。


 彼女自身も同様の評価を下していた。

 しかし彼女には一つ不満があった。


 サザンの活気は、すべて若き領主のおかげだと口を揃えて住民達が言うのだ。

 それだけが彼女の納得のいかないところであった。


(確かにあの男は優秀な人物でしたが……)


 サックを再び背負い直して嘆息する。

 彼女はこの街の領主と面識があった。いや、それどころか、かつて王都パドロにある騎士学校にて机を並べたクラスメートであった。

 彼女はただの平民。そして彼は伯爵家の跡継ぎという身分の差はあったが、彼とはそれなりに親交のあった間柄だったと思う。

 だがしかし、今でも思う。

 にこやかな笑顔の下に潜む、彼の本性はきっと――。


(……いえ)


 そこで彼女は頭を振った。


(それは考えても詮無きことですか)


 再び街並みに目をやった。

 かつての級友が優秀なのはこの街を見れば疑いようもない。先代の頃よりも間違いなくこの街は発展している。おかげで彼女も王都では入手困難だった品をあらかた手に入れることが出来たのだ。それは紛れもない級友の活躍の恩恵だろう。

 そのことを鑑みれば……。


(私個人の不満など小さなことですね)


 彼女は内心で苦笑する。

 大事なのは過去ではなく今だ。わざわざ数日もかけて出向いた甲斐があり、きっと彼女の小さな主人も喜んでくれるに違いない。

 そんなことを考えつつ、口元を微かに綻ばせる。


「それよりもそろそろですね」


 道沿いに進んでいると大きな建屋が目に入った。人の出入りが激しい店舗だ。そこには一般人から厳つい顔の荒くれ者の姿もあった。

 そこが彼女の最後の目的地。

 名前を『傭兵ギルド』と言った。


「さて、と」


 そうして彼女は建屋に目をやって呟いた。


「残すは最後の一品ですね。依頼が成功していると良いのですが」

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