第245話 偽りの《悪竜》②
「そうだな。俺の方もお前と会話をしたかったところだ」
静寂の中、ザインは言う。
続けて両腕を組み、静かに佇む弟を見据えた。
「さっきも言ったがシャールズよ。お前の国政を掴みたいという野心には気付いていた。だが、正直、今回の件は腑に落ちないんだよ。なんでこのタイミングだったんだ? どうしてお前はベスニア殿の計画に乗ったんだ?」
そこでザインは、顔を強張らせるガダルに視線を向けた。
「お前なら分かるだろ? こんな計画、失敗するに決まっていると」
と、はっきりと告げる。
ガダルは歯を軋ませて「……なんだと」と呟き、ザインを睨みつけた。
「貴様まで私を愚弄するのか。兄弟揃ってどこまでも……ッ!」
と、怒りの声を上げるが、ザインは苦笑を浮かべて。
「別に愚弄なんてしてませんよ。むしろ貴方の考えは理解できます。しかし貴方は根本的に大きな認識違いをしているんですよ」
「……なに?」
ガダルは眉をひそめた。
見ると、敵対しているはずのシャールズまで苦笑を浮かべている。
「……どういう意味だ。ザイン=ガロンワーズ」
「どういう意味も何も」ザインは嘆息した。
「貴方の目的は兵器の輸出だ。しかし、実際のところは、この国の軍事面の強化とアピールにある。兵器を輸出することでこの国の軍事力を他国に知らしめ、抑止力とする。違いますか?」
「………確かにそうだが」
ガダルはザインの言葉を認めた。
この平和な祖国は各大陸から遠い島国という立地条件のおかげで、今まで他国の侵略を受けてこなかった。しかし、兵器や航海技術は日々進化している。
いつまでも立地条件に期待するのは、あまりにも危険だった。だからこそ他国を牽制する抑止力が必要なのだ。
ガダルは、ザインを睨みつけて告げる。
「良くも悪くもこの国は《大暴走》に備えて日々鍛錬をしていた。兵士の練度は他国にも劣らない。鎧機兵に至っては総数が二千機を超える大規模な兵力だ」
一拍置いて、
「それは現時点でも凄まじいほどの戦力だ。それに加え、ここで積極的な軍事力をアピールすれば抑止力には充分なりえるはずだ」
と、ガダルは本心を告げる。
しかし、それに対し、ザインは、
「残念ながら、それこそが根本的な認識違いなんですよ。ベスニア殿」
と、否定の言葉を返した。ガダルは訝しげに眉根を寄せる。
「確かに俺達の国の騎士団は優秀であり、数も充分揃っている。だからこそ貴方は大きな認識違いを起こしたんだ」
――そう、と一拍置いてザインは言う。
「俺達の国の騎士団が『軍事力』である、とね」
「……なに?」ガダルはますます眉根を寄せた。「どういうことだ。それは?」
「兄上の言葉の意味が分かりませんか。ベスニア殿」
するとガダルの問いに答えたのは、シャールズだった。
「貴方の根本的な間違いは『騎士』と『軍人』を混同させたことです。確かに我が国の騎士団は間違いなく優秀です。人々を守るためならば、自分の命さえも省みないほど勇敢な者達ばかりでしょう。ですが……」
そこでシャールズは兄に視線を向けた。
ザインは弟の冷たい眼差しに、苦虫を噛み潰すように嘆息した。
シャールズは、ますます冷笑を浮かべて言葉を続ける。
「基本的に魔獣との戦闘を想定してきた彼らには、人を守るために人を殺す覚悟が出来ていない。そういった経験もない。要するに、この国の騎士団は民を守るためならば命を賭ける覚悟があっても、最悪の事態の時、他者を殺すことまで想定した『軍人』ではないということです」
「い、いや、だがそれは……」
ガダルは一歩後ずさりしつつも反論する。
「結局、心の在り様の差だろう。『騎士』も『軍人』も訓練内容に大差はないんだ。そんなもの決意一つで変わる」
「いや、あのなおっさん」
ザインは呆れたように溜息をついた。
「その差は無茶苦茶デカイぞ。簡単には割り切れねえよ。ましてやうちの騎士団は他人を助けるために命を賭ける連中だぞ。誰かを助けるために誰かを殺す。そんな矛盾を目の当たりにしたら、間違いなく心に深い傷を負うに決まってんだろ」
もはや敬語を使うのも疲れたのか、ザインはいつもの口調で言い放つ。
「あんたの危惧はよく分かるよ。けど、幾らなんでも時期尚早だ。もし今軍事力なんかをアピールしたら、むしろ他国に警戒されるのがオチだぜ。最悪、攻め込まれる口実を作るだけになっちまうぞ」
ザインは鋭い眼差しでガダルを見据えた。
「軍事力をアピールすんなら、まずは今までとは違う覚悟を持たなきゃなんねえ。その下地がまるで整ってねえんだよ。抑止力ってのは半端な力じゃあ意味がねえしな。相手に容易に手を出せない手強い国と思わせる。それが軍事による抑止力の絶対条件だ。はっきり言って今の段階じゃあ無理な話だぜ」
「――な、ならば!」
ガダルは泡を飛ばして叫んだ。
「一体どうするのだ! お前はこの国が今のままでいいと思うのか!」
いつまでもこの平和が続く保証などない。
《大暴走》の心配がなくなった以上、兵力はどんどん縮小される危惧もある。
そしてもしそこに他国が侵略してきたら――。
そんな不安を抱いたからこそ、ガダルは焦ったのだ。
しかし、若き公爵は一切動じることなく告げる。
「だから一緒に考えようぜ」
ガダルは大きく目を見開いた。
「な、なに……?」
「俺やあんた。陛下は勿論、エイシス団長達もだ。他にもこの国に住む色んな人達も交えてさ。この平和の国の未来のことを皆で考えんだよ」
そう言って、ザインは笑った。
「あんたの気持ちは陛下も分かっているんだ。だから一人で全部抱え込むなよ。そもそも一人で背負い切れるもんでもないだろ」
その言葉に、ガダルは呆然とした表情で若き公爵を見つめた。
「ザ、ザイン……殿」
と、青年の名を呟く。
一方、ザインは気軽な様子でガダルに近付き、
「まっ、一緒に頑張ろうじゃねえか。ベスニアのおっさんよ」
そう言って、ポンと肩を叩いた。
ガダルは一瞬目を丸くするが、不意にがくんと膝を崩した。
まるで肩の荷が下りたように両膝をつき――。
「……まったく。気軽に言ってくれる。若僧が」
ガダルは口元に苦笑いを浮かべた。
「ははっ、その気軽さが俺のいいところなんだよ」
と、ザインは少し気恥ずかしそうに頬をかいた。
ガダルも「ははっ」と苦笑を深めた。
二人の間に、ようやく緊張の糸が緩んだ空気が流れる。
――と、その時だった。
「さて。どうやら茶番は終わったようですね」
感情のない冷たい声が大通りに響く。
二人の様子を、沈黙をもって窺っていたシャールズの声だ。
ザイン、ガダル共に表情を引き締め、痩身の青年を見やる。
「茶番ってえのは聞き捨てならねえが、話が逸れたのは事実だな」
と、ザインは皮肉気に笑い、改めて弟と対峙する。
「そんじゃあシャールズよ。お前の話を聞かせてもらおうか」
「ええ、そうですね」
兄に請われ、シャールズはふっと笑った。
「では、今度こそ私のつまらない本音でも聞いてもらいましょうか」
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