第220話 帰ってきた王女さま③

「いやいやお嬢ちゃん。流石に変人ってのはひどくねえか?」


 と言って、青年はポリポリと仮面をかいて苦笑する。

 が、すぐにあごの手をやると、


「けど凄えな。その玩具の鳥。今しゃべっただろ」


 実に興味深そうにオルタナを凝視した。

 その眼差しは、まるで鎧機兵の職人のようだった。

 まあ、職人のつなぎを着ているので事実そうかもしれないが。


「あ、あの……」


 とりあえずルカは、この闖入者から話を聞こうとした。

 話しかけてきた以上、用があるのだろう。そう思ったからだ。


「わ、私に、何か、ご用、ですか?」


 すると、仮面の青年はルカの方に目をやり、


「はははっ、お嬢ちゃん。その様子だと、やっぱ自分の置かれた状況ってやつを理解してなかったみてえだな」


 と言って、苦笑じみた笑みを見せた。ルカは小首を傾げた。


「り、理解って?」


「いや、いいよ。とにかくお嬢ちゃんが素直な良い子ってことは分かったよ」


 そう答えると、青年は慣れたような仕種でルカの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 初対面の人間にいきなり頭を撫でられたルカは軽く目を剥いたが、青年の大きな掌はとても優しくて、怯えていた心が落ち着いてくる。

 正直、凄くホッとした。

 同時にこの変人っぽい仮面の青年が優しい人だと理解する。が、自分は今年で十五歳だ。留学先では騎士学校の一回生でもある。やはり気恥ずかしさがあった。


「あ、あの、頭……」


「おっと悪りい。ああ、マジで直さねえとな、この癖」


 言って手を離し、苦笑を浮かべる仮面の青年。

 そして今度は三人組の男に目をやった。


「……おい。お前ら」


「……う」


 男の一人が呻き、一歩後ずさる。他の二人も冷や汗をかいていた。

 明らかに尻ごみする彼らに対し、仮面の青年は両腕を組んで言葉を続ける。


「少し様子を見させてもらったが、いくら何でもこんな大人しそうな子を、三人がかりで連れ出すってのは悪ふざけが過ぎんじゃねえか?」


「う、いや、それは……」


 と、男の人が言葉を詰まらせる。

 仮面の青年は、彼らが向かおうとしていた通路を一瞥してさらに続ける。


「あそこって非常口だろ? この子を闘技場から連れ出してどうする気だったんだ?」


「………えっ?」


 ルカが唖然とした表情で仮面の青年を見上げた。

 まさかあの通路の奥が、闘技場の外に繋がっているなど思いもしてなかった。


「あのな。同意の上なら何してもいい訳じゃねえぞ。特にこんな子に手を出してんじゃねえよ。返答次第じゃあ、俺にも考えがあるからな」


 と、青年が淡々とした声で告げた途端、広場に静寂が訪れた。

 仮面の青年が殺気じみた気配を放ったからだ。息を呑む三人組は勿論、周囲の人間達も足を止めて青年達のやり取りに注目する。

 そして野次馬根性に定評のあるこの国の住人達は一瞬だけ眉根を寄せるが、


「ん? んん? あっ、そういうこと」


「つうか、あれ師匠か? なんで『デューク』の仮面を被ってんだ?」


「……女の子と山賊モドキ。それに師匠か。はは~ん。何となく分かったぞ」


 と構図だけで大半の者は大まかな事情を察した。


「え、う、あ……」


 いきなり注目されて再び怯え始めるルカ。

 すると青年が、彼女の肩に優しく触れて傍に引き寄せた。

 ルカはキョトンするが、同時に心を覆っていた不安が少し緩和される。


「けどよ師匠!」


 その時、三人組のリーダー格が腕を横に振った。


「男と女のやり取りは個人の自由だろ! そもそもその子だって、大人しそうっていう第一印象だけで決めつけてんじゃねえよ!」


 と、反論する。それに勢いづいたのか他の二人も声を張り上げた。


「そうだぜ! その子だって実は嫌がってねえかも知んねえだろ!」


 そう言って少女を庇う仮面の青年を睨みつける三人。

 しかし、そんな三人に対し、周囲は冷ややかな声を上げた。


「いやいや、その言い分には無茶があんだろ」「どう見てもガチで怯えてんぞ」「その成りで威嚇して大人しい子を連れ出すってほとんど犯罪じゃねえか」


 周囲からは同時に失笑も零れる。


「……ぐ、う」「ち、ちくしょう」「ふ、ふざけやがって」


 同意の声が一切上がらない状況に、三人組は揃って呻いた。

 すると仮面の青年はルカの肩に手を置いたまま、やれやれと嘆息し、


「あのな。お前らこの子が怯えてんのを察した上で連れ出そうとしたろ。言い訳にもなってねえよ。ナンパならもう少し方法を――」


「「「うっせえな! 俺らはモテねえんだよ! いつも美少女や美女を侍らせてるあんたとは違うんだよ!」」」


 と、三人は声を合わせて青年の言葉を遮った。

 ある意味、今までの中で最も本音を剥き出しにした台詞だった。

 ルカがビクッと震え、オルタナが翼を動かして「……イトアワレ」と呟く。

 周囲からも額を抑えて「まあ、師匠に言われたらな」「本音言っちゃったよオイ」と初めて同情のような声が上がった。

 一方、周りから『師匠』と呼ばれる仮面の青年は渋面を浮かべた。


「おいおい、それってオトとかメットさんとかのことか? もしかしてユーリィもか? ははっ、あいつらは俺の身内みてえなもんだぞ。そんな関係じゃねえよ」


 と、パタパタと片手を振りながら、周囲にとっては全く説得力のない台詞を吐く仮面の青年。が、本人は至って本気だった。その口元には苦笑さえ浮かべている。

 これには三人組だけでなく、周囲の男衆まで額にピシリと青筋を浮き上がらせた。

 この仮面の青年は街で見かけるたびに必ず美女か美少女を連れていた。つい先日までは赤い髪の新顔ニューフェイスまでいた始末だ。彼の女性に対するモテッぷりは、その腕っ節の強さと並ぶほど有名な話なのである。


 ギリギリギリ、と一斉に広場から歯軋りの音がした。

 それも一つや二つではない。まさしく怨嗟の音であった。

 あれだけの美少女及び美女を侍らせておいて何という暴言か。

 モテる自覚がないのは本人だけなのか。


 が、ルカでさえ察することの出来る殺気と嫉妬に満ちた空気にも、仮面の青年だけはどこ吹く風のようで――もしくは慣れたのか――構わず言葉を続ける。


「それと俺は師匠じゃねえよ。俺の名は『マスター☆シューティングスター』だ」


 いきなりそんなことを言い出した。

 そして、コツコツと仮面を指先で叩き、


「訳あって今日だけの限定なんだが、今の俺は闘技場の選手でな。だから闘技場内でのトラブルは見過ごせねえんだよ」


 と、皮肉気な笑みを見せて嘯いた。

 対する周囲は「え、マジか!」「ええ!? 今日って師匠が出場すんの!?」「おお、ラッキーだな! つうかなんで仮面?」と嫉妬も忘れてにわかに騒ぎ始めていた。

 三人組は周囲の熱気に押されるように後ずさるが、


「じゃ、じゃあよ師匠!」


「……『マスター☆シューティングスター』だ」


「え、えっと、そんじゃあマスター! だったらその子に決めてもらおうぜ! 俺らと一緒に行くかどうかってな!」


 言って、リーダー格の男はルカに視線を向けた。

 一方、ルカは目を丸くする。


「元々、その子と俺らのトラブルだ! 俺らについてくるかはその子に決めさせろよ! そんなら文句はねえだろ!」


 と、宣言する男に、周囲から呆れたような声が上がった。


「おいおい。何だよそれ」「お前ら、まだ諦めてねぇの?」「ったくよ、師匠は一応穏便に済ませようとしてんだぜ?」


 中には苦笑をして額に手を当てる者や、やれやれと肩をすくめる者もいた。

 しかし、仮面の青年だけは小さく嘆息する。

 確かに三人組の言い分にも一理ある。本来自分は部外者なのだ。


「まあ、そうだな。じゃあ聞いてみっか」


 言って、青年はルカの目の前で片膝をつくと、


「なあ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんはどうしたいんだ?」


 彼女の肩に手を置き、尋ねてくる。

 その黒い瞳を、ルカはしばし吸い込まれるように見つめた。


「わ、私は……」


 青年の眼差しはとても優しかった。

 恐らく彼女がここで何を答えても、彼は助けてくれる。

 そんな圧倒的な安心感がルカの心を包んでいた。が、同時に奇妙な既視感も抱く。この雰囲気はどこか慣れ親しんだような感覚だったのだ。


(何だろ、これ?)


 少しだけ疑問にも思うが、結局、ルカは青年の優しい空気に身を委ねる。

 周囲には静寂が訪れ、自分の心臓の音だけが彼女の耳に届いた。

 そして数秒が経過し――。


「ついて行きたく、ないです。あなたの、傍がいい」


 彼女は勇気を振り絞って、自分の意志を告げる。

 その顔は真っ赤で、それに加え、青年のつなぎの裾をしっかりと握っていた。


「……ん。そっか」


 仮面の青年は優しく頷き、ルカの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 周囲に陣取った野次馬達――特に男性陣――からは「これまたあっさりと」「うわあ、流石だな」「やっぱ凄げェ……」と、どこか羨望混じりの声が上がる。

 が、その結果に納得いかないのは三人組だった。


「ず、ずるいぞ師匠! なんだそりゃあ! 完全な出来レースじゃねえか!」


「くそッ! なんで目を見つめるだけでそんな台詞を引き出せんだよ! 邪眼か!? あんたの目は邪眼なのか!?」


「不公平だ! 俺と人生変わって下さい!」


 ある意味、徐々に本音が零れ出している三人だった。

 しかし、いずれにせよ結論は出た。

 これ以上喰い下がってもあの少女を連れ出すなど不可能だった。それどころか、そろそろ物理的に排除されかねない状況だ。引き下がるほか彼らに選択肢はなかった。


「ちくしょう。あの子、すっげえ好みだったのに」


「え? お前ってそこまで乗り気だったのか?」


「まあ、運が悪かったんだよ。よりにもよってここで師匠とはなあ……」


 各自そう呟き、すごすごと闘技場を後にした。

 流石に今日はもう、闘技場にはいられなかったのだろう。

 野次馬達も一件落着した様子にとりあえずホッとしてバラバラと立ち去っていく。

 広場は騒がしさを取り戻した。

 そしてそんな中、その場に残ったのは二人だけだった。

 正確には二人と一機だが。


「……ウム。イッケンラクチャク!」


 と、オルタナがルカの頭上を羽ばたいて叫んでいる。

 一方、ルカは真直ぐに仮面の青年を見つめて――。


「あ、あの、危ないところ、助けてくれて、ありがとうございました」


 そう言って深々と頭を垂れた。

 今更ながら、自分がかなり危機的な状況にあったことを理解したのだ。

 正直、彼が助けてくれなければ、どうなっていたのか分からない。

 が、この程度の助け船は、青年にとっては些細なことだったのだろう。


「ま、気にするなよ、お嬢ちゃん」


 そう返してニカッと笑った。


「けど世の中、ああいう連中もいるからな。これからは気をつけるんだぞ」


 そう忠告すると青年はポンとルカの頭を一度叩き、背中を向けた。

 そして軽快な足取りで立ち去ろうとする青年。

 ルカは一人、その後ろ姿をじっと見つめていたが、


(………あっ、そうだ!)


 ふと思いつく。

 そうだった。知りたい事があったのだ。

 親切な彼ならば、きっと教えてくれるに違いない。

 ルカは駆け出すと、立ち去ろうとする青年のつなぎの裾をギュッと掴んだ。

 青年は「……ん?」と呟き、首だけを振り向かせた。

 ルカはそんな青年の顔を見上げて、


「え、えっと、その……」


 少しどもりながらも、こう尋ねるのであった。


「闘技場に参加するには、どうしたら、いいんですか?」

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