第152話 そしてすべての黒幕は……。③
そこは、第三坑道にある大空洞の一角。
壁沿いの道の、その中層辺りから二人の男が眼下の様子を窺っていた。
「……ふむ。どうやら予定通りクライン氏も到着したようだな」
「ええ、そのようですね。……しかし、わざわざこんな俺を探しに来てくれるなんて師匠も本当に人が良い」
と、会話を交わすのは、ボーガンとライザーである。
ボーガンは杖をついて崖際に佇み、ライザーは
「……これは予想以上に困惑しているようだな」
と、ボーガンが呟く。
眼下の様子は予想以上に騒々しくパニック寸前といってもいい状況かもしれない。
特に作業員達の困惑は大きく、何人かはこっそり別の坑道へ逃げようとしていた。
「ええ、これは想像以上の状況ですね」
と、ライザーも相槌を打つ。
それから神妙な顔つきで眼下の黒い鎧機兵へと目をやった。
「……しかし、あれが噂に聞く《双金葬守》の《朱天》なのか……」
あれもまた想像以上の存在感だ。
《七星騎》とも呼ばれる最強の機体。
その恒力値は三万五千ジンさえ超えるそうだが、そんなものを調べなくても、生半可な鎧機兵でないのは外装を見ただけで感じ取れる。
新米騎士程度なら、威嚇しただけで戦意を喪失するかもしれない。
特に、あの鋼の拳に至っては大地さえ砕きそうな迫力だ。
「……あの拳に殴られたら洒落にもならないなぁ……」
そんなことを皮肉混じりに独白する。
すると、ボーガンは苦笑を浮かべてライザーの方を見やり、
「確かにな。まあ、あの怪物のような機体とやり合わないことを祈るよ」
「……そう願いたいものですね。ボーガン殿」
ライザーとしては頬を引きつらせるしかない。
が、すぐに表情を改めると愛機の手をボーガンに差し出した。
「ボーガン殿。ともあれ役者は揃いました。我々も参りましょう」
「ああ、そうだな」
ボーガンはそう返すと、ライザーの愛機の手の上に足を乗せた。
それから一度だけ眼下を一瞥し、ぼそりと呟く。
「我々も終演の舞台へ上がるとするか」
◆
――ザワザワザワ、と。
未だ一向に収まらないざわめきの中、ガレック=オージスはくるりと自分の座っていた椅子を反転させる。そして敵を前にして、ふてぶてしい態度で座り直した。
「……ふ~む」
それから、ガレックは隣で呆然と立ち尽くす部下達に問い質す。
「なあ、これってお前らが用意したサプライズなのか?」
そんな事を言われた部下達は、ハッとした表情を浮かべて首を横に振った。
「ご、ご冗談を! 我々も困惑しております!」
「……ふ~ん。まっ、そうだろな」
ガレックは興味なさげにそう呟くと、今度は《朱天》の方へと目をやった。
「久しぶりだな。アッシュ=クライン。とりあえず顔ぐらい見せてくれよ」
と、気安げな口調で催促する。
それに対し、《朱天》の内部からは小さな舌打ちが聞こえて来たが、しばらくすると
「最初の質問に答えろ。なんでお前がここにいるんだ。ガレック=オージス」
そして機体の中からそう問い質してきたのは、白髪の青年――アッシュ=クラインだ。彼の後ろには不安そうな表情で外を窺う空色の髪の少女の姿もある。
その様子を見やり、ガレックはニヤニヤと笑う。
「ほう。《金色聖女》まで一緒だったのか。こんなとこまで連れてくるとは、相変わらず過保護な野郎だな」
「うっせえよ。どうせ俺は過保護だよ。つうか人の話を聞け。なんなら、このままてめえを塵にしてもいいんだぞ」
獰猛に犬歯を見せて、アッシュが通告する。
ガレックは大仰に肩をすくめた。
「おっかねえな。むしろ俺としてはお前がここにいる理由の方を先に知りたいんだが、まぁいい。お互いにここは情報交換といくか」
互いに状況が分からず、このままでは次の行動に移せない。
ガレックは、あえて情報を開示することにした。
「まず俺がここにいる理由だが……まぁ現地視察って奴さ。ここに引っ越すためのな」
「……なに?」「……え?」
アッシュと、彼にしがみついていたユーリィも困惑した声を上げる。
が、アッシュの方はすぐに眉間にしわを寄せ始め、ガレックを睨みつけた。
「……おい。てめえは確か第2支部の支部長だったよな? まさか、《黒陽社》の第2支部をここに移転させるとか、そんなつまんねえ冗談を言うつもりか?」
そう告げつつ、アッシュは周囲の様子を改めて見渡した。
今は作業の手を止めているが、ここは明らかに建築現場だ。二十数人の作業員に加え、工事用鎧機兵の姿も確認できる。かなりの広範囲で土台を造っていたようだ。
この光景を前にしては、ガレックの言葉を戯言と切り捨てられない。
警戒するアッシュをよそに、ガレックは肩をすくめてさらに言葉を続ける。
「かかかっ、話が早いな。まさにその通りさ。細けえとこは省くが俺らはこの国に新しい第2支部を造るつもりなんだよ。まあ、計画としては始まったばかりだがな」
堂々とそう告げる第2支部・支部長の声には嘘の気負いはなかった。
当然である。すべて真実なのだから。
「……チッ」
アッシュはガレックが真実を話していると直感で感じ取った。
ユーリィも同様に感じたようで、ギュッとアッシュの背中にしがみついている。
「……なんでてめえらが、ここに支部を建てる気になったかは知らねえが、この国には俺やオトがいることを調べてないはずもねえよな?」
「ああ。もちろん知ってるさ。この第2支部が完成した暁には、ちゃんと俺が自ら菓子折りを持って挨拶に行くつもりだったんだぜ」
と、足を組み直してそんなことを嘯くガレック。
アッシュは渋面を浮かべた。
「てめえらの菓子折りはもういらねえよ」
と、かつての経験を思い出しつつ、忌々しげに吐き捨て、
「要するに俺とオトはいずれ始末する気だったってことか」
「まあ、好きに捉えてくれて結構さ。さて。ともあれ次はお前の事情を聞かせてくれよ。アッシュ=クライン」
ガレックにそう問われ、アッシュは一瞬沈黙した。
しかし、ここで情報を出し惜しみしても状況は変わらない。
「(……ユーリィ)」
アッシュは小声で背中に掴まるユーリィに声をかける。
「(……なに?)」
状況を察してユーリィも小さな声で聞き返した。
「(はっきり言ってまだ現状は分かんねえが、いつ戦闘になってもおかしくねえ。いつでもいけるように俺の腰にしっかり掴まっておくんだ)」
そう告げて、アッシュはユーリィの不安を払拭するように彼女の手に触れた。
自分の守護者たる青年の温かさを感じつつ、ユーリィはこくんと頷く。
「(……うん。分かった)」
ユーリィがしっかりと操縦シートに座り、自分に密着する気配を感じ取ってから、アッシュはガレックを見据えて、おもむろに口を開いた。
「……俺がここに来たのは人探しだ」
「……はあ?」
ガレックが呆気に取られた声を上げる。両脇に立つ黒服達も眉根を寄せていた。
正直、全く予想していなかった理由だったからだ。
――どうして《七星》の一人が、こんな場所で人探しをしているのか?
そんな困惑をする《黒陽社》の社員達をよそに、アッシュは淡々と言葉を続ける。
「わざわざ俺をここまで誘い出してくれたライザーって馬鹿がいるんだよ。てっきりそいつはボーガンのおっさんと一緒にここにいると思っていたんだが……」
「……なん、だと?」
アッシュの独白じみた台詞に、ガレックの表情は一変した。
彼の部下である黒服達も動揺を消して、顔つきを険しいものに変えた。
「……? どうした、ガレック=オージス」
仇敵達の異変を鋭く感じ取り、アッシュは真剣な眼光で睨みつけた。
すると、ガレックはおもむろに休憩小屋方面へと目をやった。
アッシュから見ると、ほぼ真横。死角になる位置だった。
そしてガレックは凍りつくような冷たい声で告げる。
「……これはどういうことですかな? ボーガン殿」
「ッ! なにッ!」「……えっ」
予想外の名前に、アッシュ、そしてユーリィも驚きの声を上げる。
どうやら読み通りボーガンはここにいたらしい。
ただ死角となっていたため、見落としていたのか。
アッシュは《朱天》をわずかに反転させ、ガレックの視線の先を追った。
すると――。
「……は? 誰だお前?」
「……いや、お前こそ誰だ?」
そこには、隣に黒服の男を一人従える、灰色のスーツを着た青年がいた。
年齢は二十代後半ほど。体格はひょろっとしているが精悍な顔つきをした人物だ。
どこかで見たことがあるような造りの顔をしたその青年は、黒服の男と共に休憩小屋から出て来たばかりなのだろうか、この状況に対し明らかに困惑していた。
「……さて。この状況について詳しく教えて頂けますかな。セド=ボーガン殿」
ガレックの感情のない声が空洞内に響く。
返答次第ではただでは済まない。それが直感で分かる声色だった。
「い、いや、それは私の方が聞きたいのだが……」
しかし、現状が分からないセド=ボーガンは、そう返すしかなかった。
ガレックはスーツ姿の青年を見据えながら、目を細めた。
「……そうかい。まともに答えるつもりはねえってことか」
途端、ガレックから尋常ではない殺気が溢れ出す。
ボーガンは小さく呻いて後ずさり、黒服達の顔には緊張が走る。
一般人でさえ感じ取れるほどの、おぞましい殺意が場を包み込んだ。
「――ひいッ!」「うわ、うわあああ!」「な、何だよこれ!」
まるで魔獣でも現れたかのような張り詰めた空気に、耐えがたい恐怖を感じた作業員達は次々と逃げ出し始めた。揃って悲鳴を上げ、各自近くの坑道に殺到する。
坑道内に怒号と悲鳴が響き渡る――。
そんな騒ぎの中、アッシュは慎重に現状を分析していた。
「……なあ、ボーガンさんとやら」
油断なく《朱天》の操縦棍を握りしめてアッシュはスーツ姿の青年に問いかける。
「正直に答えてくれ。あんた、ボーガン商会の人間なのか?」
そう問われ、セド=ボーガンは混乱した表情で凶悪な外見の鎧機兵を見つめた。
まるで煉獄の鬼のような機体に一瞬怯えるような目をするが、それでも今のガレックに比べればまだ話が通じると思ったのか、正直に語り出す。
「そ、そうだ。私はセド=ボーガン。ボーガン商会の社長で、商会の代表だ」
「……社長だって?」
アッシュが眉を寄せる。
「ちょっと待て。ボーガン商会の代表って……会長だろ?」
「い、いや、確かに肩書においては会長が上だが、先代はすでに引退している。実質的な運営は私がしているんだ」
と、セド=ボーガンが言う。
アッシュは訝しげに顔をしかめた。後ろでユーリィが囁く。
「ねえ、アッシュ。これって……」
「ああ、そうだな。おいボーガンさん。もしかしてあんたは……」
と、呟いた時だった。
「……そう。それは私の不肖の息子。よりにもよって犯罪組織と結託した愚か者だ」
不意に大空洞に響く明朗な声。
その場にいる全員の視線が一か所に集まった。
するとそこには、ズシンと足音を立てて近付いてくる一機の鎧機兵がいた。
その巨大な手には杖を持った老紳士が片足をかけている。
「――なッ!?」
その姿を目の当たりにして、セド=ボーガンは叫び声を上げた。
「と、父さん!?」
「……久しいな。馬鹿息子め」
と、告げて老紳士は地面に足を下ろした。
同時に老紳士を運んできた鎧機兵も
その中にいるのはもちろんライザーである。
「あはは、こんにちは師匠。妹さんも。こんな場所で会うなんて奇遇ですね」
と、ごまかすように告げるライザーに対し、アッシュは皮肉気に笑った。
「何が『奇遇』だ。この確信犯が」
「うん。白々しい」
と、ユーリィも半眼で告げる。
「えっ? ええッ!? もしかして俺の行動ってバレてるんですか!?」
まさか、自分の偽装がすでに見破られているとは思ってもいなかったため、かなり本気でライザーは驚いていた。
しかし、アッシュはそんなライザーを歯牙にもかけず黙殺し、
「その話は後でもいいだろ。なんせ今回の黒幕の一人が登場してんだから」
大空洞に一人佇む老紳士に目をやった。
ガレックや黒服達。そしてセド=ボーガンも場を支配する老人を見つめる。
すると、彼はこの地にいる者を順に見やり、
「それでは名乗ろうか。クライン氏。そして犯罪者ども」
不敵に笑って老紳士はこう告げる。
「私の名はギル=ボーガン。ボーガン商会の会長を務める者だ」
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