エピローグ

第98話 エピローグ

 時刻は、午後二時過ぎ。太陽が燦々と照りつける時間帯。

 海岸沿いの街道を、蹄音を鳴らして一台の馬車が進んでいた。

 アッシュ達が乗る馬車である。


「ふわあぁ……」


 御者台に座って手綱を握るアッシュが、大きな欠伸をした。

 今日は四日目。本来の予定では朝一に帰路につくはずだったのだが、昨日のごたごたのせいで結局、昼過ぎまでラッセルに滞在していたのだ。

 昨日の晩から、ラッセルはてんやわんやの大騒ぎだった。

 簡潔に言えば、第三騎士団が総がかりの大捕物をしたのだ。

 街で盗難事件を起こした連中から、遊覧船を強奪しようとしていた者達。さらには、ボルドに買収されていた船員達など。今回の騒動に関わった無法者を片っぱしから補縛したのである。

 

 ラズンより駆けつけたアリシアの父――第三騎士団・団長ガハルド=エイシスの指揮の元、それは夜通しで行われ、無関係ではないアッシュも付き合う事になった。


 結果、アッシュは昨日からほとんど寝ていない。

 流石に欠伸も出ようというものだ。


「ふわあぁ……」


 再び欠伸をもらす。と、


「……随分と寝むそうだな。クライン」


 荷台から、ひょっこりとオトハが顔を出した。

 アッシュは横目でオトハの顔を見やり、


「何だ? 代わってくれんのか? オト」


「馬鹿言え。ジャンケンで負けたお前が悪い。最後まで御者をしろ」


 と、素っ気なく返すオトハ。

 しかし、わずかに相好を崩して言葉を続ける。


「だが、ま、まあ、眠気覚ましに話し相手ぐらいにはなってやるさ」


 本当は、先程女性陣内で行われたジャンケンの結果で得た権利なのだが、オトハはそのことは臆面にも出さず、渋々といったフリだけをしてアッシュの隣に座る。

 さりげなく肩が触れ合うかどうかの位置まで近付く。少しばかり緊張した。

 だが、当然のように、アッシュはオトハの心情には全く気付かず、


「おっ、そっか。サンキュ、オト」


 と、呑気に礼を述べてくる。そんな鈍感すぎる青年にオトハは力なく溜息をつくが、ともあれ一番気になる話題を切り出した。


「……しかし、結局奴らを逃がしてしまったな。一体どこに消えたんだ?」


 海上に消えた、ボルド=グレッグとカテリーナ=ハリス。

 彼らの行方は今もようとして知れなかった。


「狸親父か? いくらあのおっさんでも鎧機兵で海を越えたりしねえだろうから、今頃どっかの船の上にでもいんじゃねえか? まあ、けどよ……」


 言って、アッシュはちらりと後ろに振り返った。

 視線の先には談笑している少年少女達の姿があった。

 まず荷台の右側に並んで座る少年達が、


「……あのさ、ロックよ」


「……何だエド?」


「俺らって、結局海に入れなかったよな」


「……ぬう」


「バカンスに来たのに、何故か鎧機兵がまたぶっ壊れちまった」


「……ぬぬう」


 と、何やら鬱に入りそうな会話をしている。

 一方、左側に座る三人の少女達は――。


「うふふ、うふふ。えへへ」


「……ねえ、サーシャ。あなたどうしてそんなに上機嫌なの?」


「……うん。とても拉致されていたとは思えないぐらい機嫌がいい」


 眉根を寄せて尋ねるアリシアとユーリィ。少なくとも、昨日の晩まではサーシャは酷い乗り物酔いの状態であった。ここまで機嫌が良くなる理由が思いつかない。

 すると、サーシャは小首を傾げた。


「う~ん。実は私自身もよく分かっていないんだけど……」


 彼女はそう呟くと、自分の唇にそっと触れて微かに頬を紅潮させる。

 意味不明な仕草に、アリシアとユーリィはますます眉をひそめた。


「……えへへ」


 そしてサーシャは満面の笑みを浮かべて告げる。


「私、なんだかすっごく良いことがあった気がするの!」


「「……なにそれ?」」


 と、そんなやり取りをしている。

 アッシュはふふっと笑った。


「まあ、あいつらが無事なら今回はそれでいいさ」


 そう語る青年に、オトハは瞳を細めて頷く。

 確かに色々あったが、彼らの平穏は守れたのだ。


「それもそうだな。私もホッとした」


「ん。お前がいてくれて本当に助かったよ」


 アッシュはそう感謝の言葉を述べ、オトハの頭をくしゃくしゃと撫で始めた。

 もういい加減慣れてしまったオトハが、頬を膨らませる。


「……お前な。その癖は直せ。だんだん所構わずになってきているぞ」


「ん? そうか? お前が嫌ならもうやめるが……」


「むむ! べ、別に嫌とは言っていないぞ。場所を考えろという話だ。まあ、私も頑張ったからな。今は存分に誉めてもいいぞ」


 そう告げて、オトハは腰に手を当てて胸を張った。

 アッシュは苦笑を浮かべる。


 そうして青い空の下、馬車は真直ぐに進んでいく。

 王都ラズンはもう目の前に来ていた。




第三部〈了〉

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