第46話 「ドランの大樹海」③
『うわあ、こいつはすげえなあ』
『……確かに、こればかりは圧倒されるな』
まるで小人にでもなったかのような錯覚を覚える森の中。
拡声器ごしに、少年達の感嘆の声が響く。
――「ドランの大樹海」――
そこは、一言でいえば巨大樹の森だった。
樹齢数百年。二十セージルを越す大樹が鬱蒼と並び、昼間であっても暗い森。
王都ラズンに近く、街道まで設置されている「ラフィルの森」とは違い、人の手が一切入っていない未開の大森林だ。
その広さは圧倒的で、過去の調査によると「ラフィルの森」の十倍はあるらしい。もはや森と言うよりも一つの別世界とも呼ぶべき場所だ。
そして今、そんな大森林に、五機の鎧機兵が足を踏み入れていた。
『もう。感心ばかりしてないで、ちゃんと警戒しなさいよ!』
『……うん。アリシアの言う通りだよ。ここはもう「ドラン」の中なんだ。どこから魔獣が襲ってくるか分かんないよ』
と、今度は少女達の声が森の中に響く。
『ああ、分かっている』
先頭を歩く青い機体が頷く。そして周囲を警戒しつつ、視線を後ろに向けた。右手に巨大な斧槍を持った重武装の機体。ロックの愛機である《シアン》だ。
『油断などするつもりはないさ』
ロックが操縦席の中で、ニヒルな笑みを浮かべて呟く。
『おいおい、気張りすぎだぞロック。はは、大丈夫さ。俺らはあの地獄のような訓練を乗り越えたんだぜ! 魔獣なんかに負けるかよ!』
と、ロックとまるで正反対の言葉を吐いたのは、エドワード。《シアン》の隣を歩く彼の機体は緑色。同工房の製品なのでロックの機体とデザインは似ているが、手には槍。武装は速度を重視した軽装備の機体だ。
《アルゴス》。それがエドワードの愛機の名前だった。
『……まったく。あなた達って本当に性格が正反対よね』
双剣を携える菫色の機体・《ユニコス》に乗ったアリシアが呆れたように呟いた。
『ははは、そうだね。そこまで反対でなんで気が合うんだろ?』
ズズンと一際大きい足音を立てる白い機体・《ホルン》に乗ったサーシャが笑う。
四機の中で唯一、《ホルン》だけは両腰に大きなバックパックを装着していた。持ち回り制の荷物持ち。ジャンケンに負けて、まずは彼女が担当する事になったのだ。
そうして異界のような森の中を、鎧機兵達は切り開いていく。
先頭に《シアン》と《アルゴス》。中央に《ユニコス》。その後方に《ホルン》。そして、その四機を見守るように、殿を務めるもう一機。
上から見て「Y」の字に見える陣形で、騎士候補生達は慎重に歩を進めていた。
樹海に足を踏み入れてすでに一時間。絶えず遠くから、鳥やら獣やらがざわめく音は聞こえてくるが、幸か不幸か、魔獣とは未だ遭遇していなかった。
先頭のロックが、ふうっと息をつく。
「……今のところ魔獣の影はないか。どれ」
そう呟くと、彼はシートの横にあるスイッチを押し、《万天図》を起動させた。
ブン、と音を立て視界の右側面に円形図が表示される。これが《万天図》。半径三千セージル内の鎧機兵を索敵する機能だ。それをロックはちらりを確認し、
「……ふむ」
現在、そこには複数の数字付きの光点が動いていた。数字は恒力値。光点は機体の位置を示す。見たところ、自分達以外にもかなり遠い位置に小隊がいるようだ。
「やはり、すでに他の小隊も演習を始めているのか。……しかし」
ロックはもう一度、《万天図》を確認する。見るのは自分達の小隊だ。
自機を除いた四機。まずは《アルゴス》三千九百ジン。続いて《ユニコス》四千五百ジン。《ホルン》三千五百ジンと確認できる。が、最後の一機は――。
「……やはり、何度見ても凄まじいな」
ロックは思わず喉を鳴らした。
最後の一機。それは、自分達の隊長を務める者の機体だ。
個体名、《鬼刃》。その恒力値は――三万七千ジン。
自分の機体と比較すれば九倍もの恒力値だ。はっきり言って格が違う。
恒力値とはただ高ければいいという訳でもない。高出力になれば当然、操作も格段に難しくなり、操手によってはかえって弱体化する可能性だってある。
(だというのに、あんな馬鹿げた機体、よく操れるものだ)
実は、ロックは以前、愛機が中破するという災難に見舞われたことがあり、それを機に機体を乗り換えた経験がある。
その時、色々と鎧機兵のカタログに目を通して鎧機兵の種類には詳しくなっていたのだが、それでも、あれは初めて見るデザインだった。
「……皇国が誇る《七星騎》の一機――《鬼刃》、か」
その大きさは三・三セージルほど。自分達の機体とほとんど差はない。
しかし、纏う鎧が独特だ。まるで四角い盾のような肩当てに、大きな円輪の飾りを額につけた兜。腰回りを覆う鎧装はスカートのように見える。それに加え、全身を染め上げた紫紺色が、さらに異装を際立させていた。胸部装甲に描かれた炎の紋章もまた印象的だ。
「あれが、アロンに連なる機体系なのか……」
と、そこでロックは、はあと感嘆の息を吐く。
「まさに異形だな。だが、それ以上に目立っているのが……」
脳裏に浮かぶのは訓練中に何度も目にした、《鬼刃》が手に握りしめていた剣。
それは、反りの入った長い細剣だった。しかも鞘に納められた剣だ。
鎧機兵の剣というのは事実上の鈍器である。
切れ味よりも折れにくいことを優先した代物だ。ゆえに折れやすい細剣など一般的にはなく、ましてや鞘など無用の長物だ。
ロックは初めてあの剣を見た時、思わず苦笑をこぼしてしまった。エドワードに至っては大爆笑だ。しかし、次の瞬間、ロック達は腰を抜かした。
まさに閃光。刹那の斬撃――。
(……あれは思い出しただけで、今でもゾッとするな)
と、ロックが思い出し身震い(?)をしていると、
『……どうしたハルト。足が遅くなっている。注意力が散漫になっているぞ』
不意に《鬼刃》から厳しい声がかかる。操手であるオトハの声だ。
『申し訳ありません隊長』
ロックは謝罪し、前を向き直す。
確かに注意力が散漫になっていた。気を張り直さなければ。
と、ロックが思った時だった。
「―――グルルルウゥゥ」
「「「ッ!」」」
どこからともなく聞こえてくる唸り声。
四機の鎧機兵が、慌ただしく周囲を警戒する。
『お、おい! どこからだ!』
エドワードの機体・《アルゴス》がおろおろと槍を構えた。
『繁みの中か? いや、しかし身を隠すほどの量は……』
ロックの機体・《シアン》が、斧槍を前方の繁みに向ける。
敵の位置が把握できない。これはまずい――。
『くッ! ハルト、オニキス! 三方に警戒! サーシャは中央!』
『うん! 分かった!』『了解!』『おうよ!』
四人のリーダーであるアリシアの指示に、サーシャ、ロック、エドワードが従う。
サーシャの機体・《ホルン》が中央に陣取り、《ユニコス》、《シアン》、《アルゴス》が《ホルン》を背に囲う。三方を三機が警戒して死角を無くす陣形だ。
その様子を唯一陣形に加わらない《鬼刃》が見据え、
「……さて。演習開始といくか」
そう呟き、ズシンと足音を立て、少し離れた場所まで移動する。
これはサーシャ達の演習だ。
オトハは基本、手を出さないつもりでいた。訓練もそれを前提に施してある。何よりあの四人ならば十セージル級でも倒せると信じていた。
ズンッと鞘尻を地面に突き刺し、《鬼刃》は両腕を組んだ。
そして――。
「……来たか」
「があぁああああああああああああ――ッ!」
凄まじい怒号が森の中に響く。それに対し、アリシア、ロック、エドワードは動揺した。自分達が警戒している範囲には魔獣らしき姿は見当たらないのだ。
『え? ど、どこ!?』
『――みんな! あそこ!』
唯一、担当する警戒範囲が無かったことが功となったか、サーシャが敵の位置を確認した。《ホルン》が遥か上空を指差す。全機が天を見上げた。
『くッ! 樹の上か!』
ロックが呻く。およそ十セージルほどの上空。そこには、黒い体毛に覆われた巨大な猿がいた。太い樹の枝に立ち、唸り声を上げて魔獣は眼下を見据えている。
『あれは……《暴猿》の成体ね! 六セージル級の魔獣よ! みんな気をつけ――』
と、アリシアが敵を分析し、皆に警告しようとするが、
「ぐあぁあああああああああああああああああああ――ッ!」
少女の声は魔獣の咆哮に容易く打ち消される。
まるで周囲の木々すべてが震えるような雄たけびだ。
『クッ、無駄に声がでかい……』
と、苛立ちで一瞬眉をしかめるアリシアだったが、
『ッ!? さ、散開ッ!』
すぐさま、青ざめた表情で次の指示を出す。
魔獣がアリシア達に向かって跳び下りてきたのだ。『う、うわああッ!?』『くッ!』『きゃあッ!?』と動揺の声を上げつつも反射的に全員が散開する。
と、その直後、
――ズズウゥゥン……。
巨大な振動音と共に、魔獣、《暴猿》は大地に降り立った。
「があぁああああああああああああああああああああああああ――ッ!」
再び雄たけびを上げる《暴猿》。さらには激しいドラミングをする。本来なら敵を追い払うためのそれも、今この時は己を鼓舞するためのものだろう。
アリシアは歯を軋ませて敵を睨みつけた。が、すぐにハッとして周りを見渡す。
自分は直撃を避けられたが、仲間達は――。
『みんな、無事!』
『う、うん、大丈夫』『お、おう、生きてるよ』『ああ、何とかな』
それぞれの返事をする三人。全機が《暴猿》を中心にして退避していた。
アリシアはホッと安堵の息をつくがそれも束の間。再び黒毛の大猿を睨みつける。
『……やってくれたわね。このエテ公』
『ああ、全くだ』
『ったく。猿のくせにビビらせやがって』
どすの利いたアリシアの声に発奮したのか、ロック、エドワードも不敵に笑い、バックパックを抱えている《ホルン》以外の機体が《暴猿》を囲んで武器を構える。
そして、アリシアがぼそりと告げる。
『……サーシャ。あなたは今、後方支援だから下がっていて』
サーシャは《ホルン》の中でこくんと頷き、
『うん。分かった。みんな気をつけて!』
言って、一機だけ慎重に下がっていく。
その様子をオトハは《鬼刃》の眼を通して静かに窺っていた。
(……さて。いよいよ最初の実戦。訓練の成果を見せてもらうぞ、お前達)
手を振り回し、咆哮で威嚇する《暴猿》。
刃を構えて、ジリジリと間合いを詰める三機の鎧機兵。
若き騎士候補生達の「実戦」が、今始まろうとしていた。
◆
ピクリ、と。
その蛇は不意に顔を上げた。
口の中から前半身を出し、ジタバタと足掻いている虎を少しあごに力を込めて喰い千切る。大量の血が吹き出し、ズシンと虎の前半身が地面に落ちるが、気にしない。とりあえず口内に残った後半身を呑み込む。あまり食い出がない。半分では当然か。
しかし、残った前半分を喰らう気は蛇にはなかった。
蛇はこの血という液体が大嫌いだった。
妙に温かくぬるぬるしていて喉越しが最悪なのである。
だから、蛇はどんなに腹が減っても血まみれの獲物だけは喰わない。喰い残すのは正直もったいないと思っているのだが、こればかりはどうしても苦手だ。
それをするなら、新しい獲物を探す方がいい。
蛇は鼻を鳴らして周囲を探った。しかし、この辺りはあらかた喰い尽くしてしまったのだろうか、匂いがしない。
蛇はさらに嗅ぐ。と、見つけた。ここから少しばかり遠いが一匹いる。
しかし、蛇は首を傾げた。その獲物の近くに妙な匂いもする。
この匂い。確かどこかで嗅いだような……?
と、そこで蛇は気付く。この匂いはあれだ。あの硬い奴らだ。
あれは前回起きた時のこと。樹海で獲物を追っていたら、変わった連中に出くわしたのだ。味覚のない蛇でさえ直感で分かった。こいつら不味いに違いない、と。
非常に硬そうな上、やたらとゴツゴツした外見だったので、蛇はそいつらを無視するつもりだった。だが、そんな蛇に奴らはいきなり襲い掛かってきたのだ。
蛇は苛立ち、そいつらの一匹を喰らった。そして思わず吐き出してしまった。
硬い。とにかく硬い。今までも硬い獲物を喰ったことはいくらでもあるが、そういった獲物は普通、表面だけが硬いものだ。しかし、この連中はどれだけ噛み砕いても一向に柔らかい部分がない。最悪の歯応えだ。
かと言って、呑み込むのにもゴツゴツしていて呑み込みづらい。
はっきり言えば、獲物としては不合格な連中だ。
蛇は連中に二度と関わらないことに決めた。
しかし現在。
唯一見つけた獲物の近くにあの連中がいる。どうすればいいのだろうか。
蛇は考え、そして決断した。
ただ獲物だけ頂いてしまえばいいのだ。連中は無視すればいい。
あまりの空腹に手当たり次第喰らっていたが、別に苦手なものまで無理して喰わなくてもいいだろう。血まみれの獲物と同じだ。
蛇は満足げに目を細めた。よし。では行こう。
――ズザザザザッ。
蛇は巨体を動かす。地を削り、樹に絡みつき、最短距離で獲物を目指す。
と、不意に強烈な空腹感を感じた。
どうやら、さっき喰ったばかりの獲物はすでに骨ごと消化してしまったようだ。この異常なまでの消化能力がひたすら疎ましい。蛇は苛立った。
――ああァ、腹減った……。
己が胃袋の望むまま。
蛇は、獲物の元へと突き進むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます