第119回『情熱の舟』→落選

 出航直後の甲板では、乗客同士の自己紹介が始まっていた。

「自分は海が大好きで、やっとこの船に乗れたんです」

「僕は船が趣味。それであなたは?」

「私は特に好きなものはなくて……」

「それでよくこの船に乗れましたね?」

「十年前にこの船に乗った父を探しておりまして。それで乗せてもらえたんです」

「それは失礼しました。あなたのような娘さんは珍しくて、どんな趣味に情熱を注がれているのか気になったもので」


 それから三日間、海は荒れに荒れた。

「もう海はコリゴリだ。船を降りる!」

「僕はまだ降りません」

「私も父探しを続けます。それではさようなら」


 さらに三日間、天候は回復しなかった。

「もう限界だ。僕も船を降ります」

「私も父探しを諦めます」

「あなたは船を降りられませんよ」

「なぜなんです船員さん。父探しの情熱はもう失せたんです」

「理由はあなたの心に聞いて下さい」


 それから数日後、船は最終目的地に着いた。

「ありがとう船員さん。でも、どうして私を乗せ続けてくれたんです?」

「あなたは自分の趣味を捨てなかったじゃありませんか。ほら、お父様がお待ちですよ。十年前、女装に情熱を燃やして家出したあなたを探し、この船に乗ったお父様が」

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