第114回『鈴をつける』→落選

「きゃっ!? 何やってんのよ、冷たいじゃない!」

「も、申し訳ありません」

「んぅ、もぅ、気をつけてよね、そこの花屋さん」

「ただ今、拭きますので……」

 俺は謝りながら、店先で水を掛けてしまった女性の髪を丁寧に拭く。水は服にも掛かったようだ。

「ちょっと、どこ触ってんのよ。もういいわ、私急いでるから」

「すいません……」

 先を急ぐ女性が角を曲がり、姿が見えなくなると、俺は無線に向かって呼びかける。

「ターゲットと接触。特殊塗料の付着に成功しました」

『よくやった。今、衛星画像でチェックするから、お前は次のポイントへ向かえ』

「了解」

 俺は国立情報機関の諜報員。尾行対象の女性、戸坂鈴に、透明な特殊塗料を付ける役目を負っている。

『おい、聞こえるか?』

 しばらくすると無線が鳴った。

「はい」

『駄目だ、塗料の付着が不十分だ。やり直し!』

「でも、私の面は割れてますが」

『そこをなんとかするのがプロだろうが!』

「わかりました。で、次はどんな方法で?」

『蕎麦屋の出前だ。次のポイントに自転車と塗料入り蕎麦を用意させている。今度は失敗するなよ』

 仕方ねえなと独り毒づくと、俺は手ぬぐいを取り出し、顔を隠すように深く頭に巻いた。

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