FACTOR-5 赤光(avan)

「――ッ!?」

 攻撃を捌いて致命傷を回避していたところ、突然妙な感覚にとらわれた。

 雄司はその感覚を探る。悪意のようなおぞましいもの。これは、明らかに自分と似ているものだ。


「まさか……」

「そうか、思ったより早かったな」

「……ッ!」

 雄司が感じ取れるのだ。無論、このケツァルコアトルグレイドルも感じ取っている筈だ。


「彼女になにをした!」

 この感覚の先にいるのはおそらくいま磔にされている少女だ。

 自分たちがくる前に何かされたに違いない。


「聞く必要あるか?」

「何?」

「グレイドルの本来の役割を俺はしたんだ」

「役割……」


 グレイドルの役割。

 グレイドルがグレイドル足らんとする、本来果たさなければならない命題。


――選別し、種を増やす。それが、あなたたちグレイドルの役割


 そのとき、ファーストレディの言葉が浮かぶ。

 種を増やす。選別し、死を越えさせる。


「お前は……ッ!」

「凄いことだろ。俺たちグレイドルは一度死んでいる、死んで、乗り越えていまこうして人間を超えたんだ」

「違う…」

「何……?」


 雄司は首を振る。

 人間を超えた。死を乗り越えた。命という絶対的な物を取り払った。


「俺たちは死を乗り越えたんじゃない」

 そのとき、雄司の脳裏によみがえる。

 自らその手に掛けた、小高と島崎。人のみに刃を突き立てる感触、骨をへし折る感触。その手はすでに、人間を二人も殺した。そして、いま磔にされている少女を襲っていたグレイドル。雄司の刃がその身を一刀両断にした、その時の感触。

 二人と一体。


「俺たちはたまたま死から逃げれたんだ」

「何だと……?」

「俺たちだっていつか死ぬ。ただ、俺たちにはもう、人間らしく死ぬことは、許されない……ッ!」


 グレイドルの死に様を見た。

 遺骸すらも残らない、火花を散らすように塵となって消えていく。

 人間らしく死ねない。化け物らしく遺骸も燃やし尽くされて消えて死ぬ。

 誰の手元にも残らない。誰の元にも帰らない。


「俺たちの罪は重い……ッ!」


 怒りに、

 悲しみに、

 痛みに、

 震える雄司の声。

 瞬間、ブワッと雄司の体全体から白い光が放出される。


「……?」

 ケツァルコアトルグレイドルも、この雄司が起こしている現象に目を疑ったようだ。

「これは……」


 白い光は放出された後、雄司の体を覆うように消えていく。

 光が消えた時には、雄司の体の作りが変わっていた。

 ユニコーンを思わせる意匠はそのままだ。だが、全体を見るとより攻撃的な風貌を思わせられる。

 まるで、ユニコーンに悪魔が憑いたような、そのイメージだ。


「ウルゥァァァアアアアアアアッ!!!」

 雄司の咆哮が響く。

 獣とも、人間とも違う。この世の生き物が発せられるものではない。だがそれは確かに、神原雄司、ユニコーングレイドルの激昂による咆哮であった。

 刹那である。


「――ッ、ガッ!!」

 瞬きという時間。それすらも長すぎる。

 雄司はケツァルコアトルグレイドルとの間合いを詰め、最大の威力を持った拳を穿ったのだ。


「ガッ、ァアッ!!」

「グルァアッ!!」

 体勢が崩れようとも、関係がない。雄司はただひたすら、目の前の敵を蹂躙するが為に拳を振るう。

 目の前の敵を、葬るために殺意を向ける。

 一方的な蹂躙の様は、Dーファクターでもグレイドルの物でもない。本物の怪物そのもの。


「グッ、

 ガーーッ、

 ハッ……!!」


「ハアアアッ!!

 ウルァアッ!!

 ガァアアアアッ!!」

 一方的にケツァルコアトルグレイドルを叩きのめし、完全に体勢を崩させるために地面に叩きつけるように投げ飛ばす雄司。


「フッ……ざけるなッ!!」

 グレイドルを食らい、力を蓄えた事によりいまこの場にいる物誰もが自分を超えられない。そう思っていたところを、こんな形で崩された事への憤慨を口から吐き出すケツァルコアトルグレイドルはその身を起こそうと地面に手をつける。


「グルルルッ……」

 獣のような声が漏れだし、雄司の手首からブレードが伸びる。

 その刀身が鏡のようになって、映し出される自身を見たケツァルコアトルグレイドルは大きな身震いを見せた。


「ウルゥァアアアアッ!!」

 殺意と、怒りと、痛みと、悲しみと――

 混ざり合いドス黒く染められた刃が突き立てられようとした。


「ウァアッ!!」

 刃が届こうとしたその瞬間、不意にケツァルコアトルグレイドルが爪を伸ばしてきた。

 ブレードはその詰めにはじかれ勢いの乗った雄司の体は、


「ッ!? ガッ……!」

 その爪に貫かれた。

「ウァアッ!」

 雄司は思いっきりケツァルコアトルグレイドルを突き飛ばし、爪を引き抜き、数歩後ずさって地面に膝をつく。


「ぐうっ、っ、ガ、ハッ……!」

 Dーファクターの彼程ではないが、ダメージが大きすぎる。いつのまにやら、雄司の体は人間の姿に戻っていた。

 傷口は塞がっているようだが、痛みがそのまま残っている。とても戦えそうにもない。


「うぐっ……!」

「がっ、はぁ……はぁ……」

 九死に一生を得たケツァルコアトルグレイドルはそのまま立ち上がり、雄司をまっすぐ見据える。


「今の力……。お前……」

「くッ……!」

 このままでは殺される。

 誰も救われない。全員が死ぬ。

 もはや、手は尽くされた。

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