FACTOR-1 発生(A)
1
冬に入ろうとする時期のお昼時であった。
「すいませーん」
ドアを開けるとカランカランとつるされていたベルがなる。
店に入ったのは年一九程の少女。
サラリとした茶髪のセミロングストレートの髪型をした、勝ち気な性格を思わせる端正の整った少女である。
「いらっしゃい。お一人様?」
「はい」
奥から出てきた年五十ぐらいの女性が出てきて、人数を聞かれたので
「空いてる席どうぞー」
と、店員に言われるまま遥は、食堂におかれているテレビを見るのに最適なテーブル席へと座り、立てられていたお品書き手に取ってをメニューを眺める。
「ん、ん?」
遥の目が一つのメニューに見張られる。
「限定チャレンジオムライス……」
ぼそりとつぶやく。内容はおおよそ七人分のオムライスを二十分以内に食べきったとき代金が無料となると言う内容であった。
そういえばと思い出す。今日は朝ご飯を食べていない。なぜならここ最近金欠気味であるからだ。またそのつまり、金欠ということはお金がない。無料でご飯を食べられるというのであれば、それ以上の得はない。
「すいません!」
「はいはい」
と、食堂の向こうにいる旦那とおしゃべりでもしていた先ほどの女性が応えてくれた。
「お決まりですか?」
「チャレンジオムライス!」
「おとーさあん!!」
遥の威勢のいい注文を聞いて、またそれに応えるように厨房にむけて大声で発する女性。遥の注文が奥に聞こえているものであると思ったのであろう。当然わかっていると応えるように、厨房から「おっしぁあ!」という威勢のいい返事が返ってきた。
「ちょっと時間がかかるから待っててくださいね」
「あぁ、はい……」
先ほどの雰囲気からの切り替わりが早い。
また遥が店にはいってきた時に戻っている。これには豆鉄砲を食らってしまった。
そのとき、またカランッとドアのベルが鳴り、今度は遥と同い年ぐらいの少年が店に入ってきた。髪の長さは遥と同じぐらいだろう。色は若干遥よりも黒いが分類するのであれば茶髪で間違いない。毛先は若干ウェーブがかかっているようであり触ればふわっとしていそうである。ルックスはファッション雑誌の読者モデルにでも選ばれそうなほど高い。黒い革ジャンとジーパンと言う出で立ちが結構似合っている。
「いらっしゃい。あぁ、
「チャレンジオムライス一つ」
「えぇ……」
このお店の常連客なのだろう。
女性が出てきた時即座にチャレンジオムライスを頼みだした。
だが、それに対しての反応はどうも遥と違っているようだ。しょっぱい感じである。
「何だよ」
「だって翔君絶対成功させちゃうからいつも」
「だから頼んでんだよ」
「イヤよー。おかげで商売上がったりなんだから」
「分かったよ。じゃあふつうにオムライス七人分……」
「はい、七人分ね」
さらりととんでもない事がやり取りされていた。
(し、七人分って……)
チャレンジオムライスと同じぐらいの容量を普通に頼んだところから色々といいたいことがある。女性の対応からしても、かなりなじみ深いようだ。
七人分を頼むという事は是が非でも食べたいのだろうか。それほどおいしいものなのだろうか。
翔は遥同様、テレビが見れる位置にある席へとすわり、椅子にもたれかかってふぅと一息ついた。
二人の席と席のあいだは思っている以上に近い。
当然、この店にお客は翔と遥の二人。だが顔見知りすらでないので会話などあるわけがない。
厨房からは大量の卵を焼いているのであろうジュージューという音が食堂にまで聞こえている。
(大量に使ってるんだ、やっぱり)
今更になって不安になってきた。まだ料理は出て来てすらいない。
テレビのチャンネルはこの時期にやり始めるお笑いのバラエティ番組。
(やっぱり受けるんだな、こういうのが)
ここ最近のお笑いは少々つまらなくなってきたと感じつつある。だが、昔から何か一味奇妙なものが入ったものは子供受けがいいものであった。
そのとき、チラリと翔の方へと目を向けてみる。
「ん……くッ……くッ」
「え……」
笑いをこらえているせいで変な笑い声が漏れている。ただ、表情は素のままであるところからかなり我慢強いものであると思った。
(こういうの好きなんだ)
人は見かけに寄らないと聞くが、この翔がいい例だろう。
「ん……?」
「ん……」
あまりにも遥が翔をジロジロとみるものなので、向こうもその視線に気づいたようだ。
「何だよ……」
「あ、ううん、別になんでもない。こういうの、好きなんですか?」
「……別に……」
と、翔は遥から目をそらし、テレビをまたみる。
(やっぱり好きなんじゃん)
素直になれない子供をみるような目で翔を見、遥は厨房の方を見やった。そういえばだいぶ静かになった。
まさかと思ったその時、
「はい、三番テーブルさんのね!」
と厨房のカウンターから出て来たのは直径五十センチほどの大きさの皿に盛られた、なおその大きさの皿からあふれそうなほどの巨大なオムライスが出て来た。
(え……予想と違う……)
甘く見ていた。そもそも七人分というのは平均的な核家族一世帯以上の量になる。遥は確かに大食いである。食べても太らないタイプである。そういうものであるから、たしょう量を食べても大丈夫であると。
(あれ、確か食べきれなかった場合って……)
と、遥はメニューを手に取る。
『チャレンジオムライス!20分以内に食べきれば無料!』
そういえば、この項目しか見てなかった。
だが、その項目の下にこう書かれている。
『チャレンジ失敗の場合、4000円のお代金をいただきます』
と、申し訳程度に丁寧な文章で書かれている。
「よ、四千円……」
遥は恐る恐る、自分の財布を見てみる。野口英世のお札が一枚はおろか二枚足りない。当然、樋口一葉も福沢諭吉もない。お札が足りていない。小銭で足りるかと思ったが、思えば小銭は十円玉しかないのだった。
「つ、辛い……」
遥の座る席に食品がおかれる前にそんな事をぼやく。
「はい、お待ちどうさま」
明らかにオムライスがテーブルにおかれるような音がしなかった。この音は重石を乗せたものとよく似ている。
「じゃあ、あの時計で二十分後ね」
「は、はい……」
スプーンを構え戦闘態勢を取り、コンマ一秒のスタート遅れも見逃さぬまいと心持った。
(ぜ、絶対勝つ!)
「はい、ドンッていったらスタートでドンッ」
「そんなずるい!」
スタートが余りにも不意すぎたせいで、遥のスタートが二秒ほど遅れた。
これは遥が余りにもばればれなぐらいに身構えている方が悪い。
翔と女性のやり取りを見れば分かる。このお店はあまりにもフランクすぎる。故に、遥のような事をしている人物はどうしてもいじりたくなってしまうものであるのだった。
翔は相も変わらず、子供受けしそうなお笑いネタを見て笑いをこらえていた。
2
「うっぷ……」
ようやく食べきった。
食べ始めて何分経ったのか、遥にそれを認知するほどの気持ちの余裕などなかった。口を手で押さえて、どうにか口から戻さないようにこらえている。
「三分オーバーかぁ……」
「……ッ!?」
精力も体力も使い切っているというのに、そんな遥にさらなる追い打ちがかけられる。
「え……え……っ」
「ま、お姉ちゃんは初めてみたいだし、今回は多めに見て上げる」
と、やれやれと言いたいような表情を浮かべる女性。
心が救われたと、遥の表情が一気に明るくなった。
「でも、次は許さないから」
「はい! じゃあ、私はこれで!」
「急いでるの?」
「ちょっと待ち合わせしてるんです」
「そう。この時間帯だと道路もすいてるしね。バイクで来たの?」
「はい」
と遥は窓から見えるバイクの方をみる。自分のバイクのほかにもう一台置いてあるが、それは翔のものなのだろうか。
「じゃあ、調子乗ってスピード出し過ぎないようにね」
「ありがとうございます」
と席を立ち上がる遥。そのとき、翔も七人分を食べきった為、「おばさん、お勘定」とズボンのポケットから財布をとりだす。
「一応はかってたけど十五分じゃない。やっぱり食べきる」
「七人分、何円だよ」
「二九六〇円になります」
その額は昼飯はおろか、一日の食事の総額をたやすく越えていた。
(どれだけ金持ちなのよ。ボンボン?)
と、横目で翔を見やる。だが、財布からお金を出そうとしているものの、その翔自身がお金を出しづらそうにしている。
「や、やっぱりバカバカしすぎる、これ」
「……?」
「はい、三千円」
やはり、人並みの感性は持っているようだ。
「ごちそうさまでした」
と、遥は言い残して店から出て行った。
3
待ち合わせ場所は横須賀の三笠公園であった。
そこで中学の頃の同級生たちと会う約束しているのだ。
食堂で昼食を終えて海岸沿いの道に入ってバイクを走らせる遥。
横から当たる潮風は、冬に近くなるとちょっと強くて冷たくて、しょっぱい。だが、なぜか心地よいものであった。
「あ……」
と、バイクを道の脇に止めて海を眺める。
(着いたら暇なさそうだから――――)
バイクの座席の中にしまっていたバッグを取り出し、その中からカメラを取り構える。
パシャッと言うシャッター音。
レンズに切り取られた景色がカメラの背面の画面に映し出される。
「よし」
そこそこ綺麗に撮れていたので、遥はカメラの電源を切った。
そうしてまたカメラをしまって、バイクを走らせて待ち合わせ場所へと向かうのであった。
4
雄司のその足並みはどこかおぼつかなく、千鳥足のようであった。
――――死を乗り越えて……?
――――体が動くようになったらその目で見てくるといいわ。
あの女性に言われ、雄司は体が動くようになってからベッド脇にある台に置かれていた小遣い程度の金を持ち、外にでた。
未だ若干意識がもうろうとしている。
とりあえず家に帰ろうと、地元の駅で降りて帰路についていた。
雄司は実家暮らしであるので、帰ったとききっと両親がいるはずだ。と、そう思って――
「何だよ……これ……ッ」
その心中は消えた。
家の門に貼られている「売物件」という看板。一階のベランダのカーテンが取り外され、そこから見えるリビングや食堂に家具やテレビは取り払われ、もぬけの殻となっていた。
「うあッ――!」
突然、キィンという耳鳴りが響き頭痛が起こった。
身も意識も保てぬほどの痛みだ。
思わずうずくまって頭を押さえる。頭に何かが流れ込んでくる。その思わぬ膨大な情報量に、雄司は吐き気さえ覚えた。
「アガァッ! ウグッ……!」
流れ込んでくるものは、記憶。
それは自分の運転する車の中だ。
(そうだ……俺はあのとき……)
雨の峠道。雄司は両親と妹と共に久々の家族旅行からの帰路をたどっていた。
ポツンポツンと道の端にたてられている街灯のみが道を照らす明かりとなっていて、それでもやはり夜道を照らすにはあまりにも不足していた。
そんな道を走って数十分程だろうか。
時は一瞬にして、起こった。
車線を逆走するトレーラーが崖の陰から出て来た。
息がつまってとっさにハンドルを切るも遅い。
爆音と共に雄司の運転する車がガードレール外へと飛ばされる。
隣の助手席に座る妹と後部座席に座っている両親の悲鳴は暗闇の彼方へと、消え――。
「思い出したんじゃない?」
「……!?」
雄司の意識が現実に引き戻された。
いつの間にやら、雄司が目覚めたときに現れた女性が背後にいたからだ。
「なぜ、あなたがここに」
「付けさせて貰ってたの。最初っから」
「GPSでも付けてたのか」
「ええ。あなたが持ってる財布にね」
「何なんだ一体……」
「いいわ。面白いところに連れて行ってあげる」
と、女性は雄司に背を向け家の敷地内から出て行く。着いてこいとでも言っているのだろうか。
雄司はその後をついて行った。
5
女性の運転する車に乗って連れて行かれたのは、雄司の記憶の中にあった場所。
「ここは……」
「三門峠よ。ここは」
この峠道を走る車は雄司と女性の二人が乗る高級外車のみ。車通りが少ないためか、スピードは出るところまで出る。
その三門峠をしばらく走っていると、雄司の鼓動がちょっとずつ速くなっていく。
「う……ぐ……ぅ」
胸を締め付けるような、
喉をせり上がってくる塊は、恐怖である。
怖くて、手が震えて涙が出て来てしまう。
「もう着くわ」
「……ッ!?」
雄司の座る助手席。目に映る景色が、かつて雄司の運転する車の助手席に座っていた妹が見ていた景色と、重なった――――――――――。
と、気づいたときには、三門峠の事故現場のところの道の片隅に、車は停められていた。
「あ…………っ」
「あら、気づいたの」
「俺は……」
と、雄司は目をこすろうと瞼に触れると、
「あれ……何で俺、泣いて……」
「さあ、こっちよ」
「え……」
女性が車から降りていく。
ついて行くべきだろうか。だが、この足を地面におろすことができるだろうか。
この足で、立つことができるだろうか。
雄司は車のドアを開け、地面に片足を着けた。
その瞬間、また鼓動が速くなって呼吸がしづらくなってつい荒くなってしまう。
心中で「くそっ」と吐き捨てながら、雄司は両足を地面に着けて立ち上がった。
そうしてみると、案外気も楽になった。
「ここは……」
「一ヶ月前、三門峠で交通事故が発生した。家族四人が乗る乗用車と、トレーラーが正面衝突しそうになった。乗用車を運転していたであろう男はそのトレーラーの存在に気づき咄嗟にハンドルを切ったものの、車はそのままガードレールを突き破り、崖下へと転落。後部座席に座っていた両親であろう男性と女性は即死。助手席と運転席に座っていた兄妹も意識不明の重体になり、三日後、妹が意識を取り戻さぬまま死亡。兄も後を追うようにそのまた四日後に死亡した」
「そんな……。イヤだ……」
「死んだ兄。あなたよ、神原雄司さん?」
「何なんだよ、それ……。何で俺、死んだのに。何で……。父さん、母さん、
立っていることができない。
雄司の触れたガードレールは新しいようだ。ここがちょうど事故を起こした現場なのだ。
「俺、死んだままがよかった。何で生き返ったんだよ、俺」
その場で跪き、嗚咽を漏らしながら雄司の口から発せられた小さな悲鳴。
「何も悲しむことはないわ」
と、雄司の肩に手を置いてほほえみかけてくる女性の妖艶さに雄司はつい見とれてしまう。
「あなたは選ばれた。私はそう言ったわ」
「どういうことなんだ……。何なんだ、選ばれたって言うのは」
「命が絶対乗り越えられない、死という壁。あなたはその壁を乗り越えた存在の一人なの」
と、女性の言葉は続き、
「私たちの所に来ないかしら。あなたの進むべき道、見つけましょ」
「見つけるって……」
「そうよ。私達、『NoAh's Ark』と共に」
「NoAh's Ark……?」
「そうよ。そして私は、NoAh's Arkのスカウトマネージャーである、ファーストレディ」
今こうして、ようやく自らの名を名乗った女性――ファーストレディは雄司を誘う。その妖艶で、どこか人形めいたそのファーストレディの笑顔に、雄司は悪魔、怪物の眼光を浴びているかのような、恐怖を覚えた。
6
「あ、遥!」
「こっち!」
バイクを走らせてさらに数十分ごろ経った頃だろう。
待ち合わせであった三笠公園に着くと、すでに集まっているかつての同期達が遥を見つけるなり、ここにいると手を振って呼んでくれた。
「皆!」
バイクを公園の入り口前に停め、皆のもとへと駆け寄る。
「久しぶりだな。見た感じ、遥は元気にしてそうじゃねえか」
「
と、今回の同窓会を提案してきた人物である恭平に笑顔を向ける遥。だが、遥自身その恭平と言う男の事は昔からあまり得意ではなかった。少し几帳面すぎる、と言うより色々と気を使いすぎて視野が深くて狭いのだ。一緒に居て窮屈である。
だが、そう悟られる事も嫌なので遥はなんとなく笑顔を作って接することにしている。
「あとは
「遅刻はアイツの伝統芸だからな」
と、同窓会のメンバー同士でそんな談笑がしばらく続いて、数分後であった。
向こうの方からこちらにフラリふらりと近づいてくる人が――
「お、颯太! おっせえぞ!」
その、颯太と呼ばれた青年。
だが遥はその颯太がおかしいと感じた。他の者達も感じているだろう。が、それはちょっと移動で疲れたものだと思っているはずだ。
「颯太君……?」
遥がふと、彼の名前を呼ぶと集合している場所目前に来た颯太がぼんやりとしたような目で皆を見る。と、
「おえ……」
自分の事を俺と呼ぼうとしてしたが回らなかったためか不完全な言葉になっている。
「こあ――」
と言おうとした時、パチパチという小さな火花が弾ける音とぶじゅぶじゅと言うたくさんの大きなできものを潰したような気持ち悪い音が同時に聞こえた。
同時、
「え、颯太――」
颯太の体からぼたぼたと黒い液体が落ち始め、
まるで人形がこわれるかの様に体が崩れ、腐臭を放って溶けて――――
「颯太! 颯太!」
目の前にある光景は事実である。
人間が火花を散らし、できものの様に潰れて溶けている。
「ヒッ、――――」
胸の内からあふれる恐怖。
遥だけではない。
気持ち悪さ気味悪さ、怖さ。それに胸が押しつぶされ、悲鳴を上げて目を閉じた。
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