愛と自尊心

 いつもながら、この展開になるとわかっていて抵抗しない俺も俺なのはわかっている。酒を飲んでぐだぐだになったり、気持ちが落ち込んだ菜月の相手をするのは慣れたものだ。

 今も、たまたまこっちに帰ってきてた菜月と飯を食って、酒を飲み、酒を飲み、止めたにも関わらず菜月はまだ飲み、ぐだぐだな現在に至る。腕を取られ、今にも泣きだしそうな顔をされたところで、どうしろと。


「菜月、寝るなら寝る、起きてるならしっかりしろ」

「もうちょっと……」


 すとんと頭を俺の胸に寄せ、もうちょっとだけとぐずる。

 話を聞いていると、地元ではよほど気を張っているのか緊張状態が続いてしんどいらしい。就活だの何だのに追われてどうしたらいいのかわからずしょぼくれているようだ。

 少し前に圭斗と野坂が緑風に遊びに来て、それで少し気が紛れたと思ったのも束の間。就活のセミナーやらゼミのレポートといった現実に目を向けると楽しかった反動でより深く沈む。

 飲んでいた時も、圭斗と野坂が緑風に来たときの話がメインだった。と言うか、ほとんど野坂の話ばかりで、どこぞのバカップルを見ているような気になった。


 菜月は人を信用しない。友情も、愛情も。俺のそれより根深い不信があるように見える。幸か不幸か、俺は菜月からはある程度信用されているようで、時たまこうやって寂しさを煩わすための相手に選ばれる。

 愛されたいが、自分にそんな価値があるとは思えない。人を頼りたいが、自分に時間や労力を使わせるのが申し訳ない。失うくらいなら、得なければいい。菜月の考え方のベースだ。

 それらをすべてクリアして、菜月の側にあることを許されている存在がごくわずかだが存在する。それが、野坂であり、俺であり……菜月を“捨てない”とわかりきっていて、その場限りで依存出来る対象だ。


 イヤイヤをするように、俺の胸に頭を寄せたまま時折強く左右に擦るような素振りを見せる。幼児退行化現象の一種だろうか。それとも、甘えたいというサインなのだろうか。

 本来なら、頭を撫でたり、抱きしめたりして不安を和らげるのが正解なのだろう。ただ、菜月が求めている真の温もりは俺の物じゃない。俺はダミーとかイミテーションとか、はたまたフェイクだろうか。いつしか偽物と化していた。


「菜月」

「……なに…?」

「甘える相手が違うだろ」


 返事はない。また、イヤイヤをするように、より深く俺の懐へ潜り込もうとする。嘘だ、そんなことはない。そう言わんばかりに。ただ、菜月の中では本来甘えたい相手の顔が浮かんでいるはずだ。


「俺が与えてやれるのは疑似的な満足感だけで、いずれ襲ってくるのは虚しさだ。それでも良けりゃ、このまま付き合ってやる」

「……いい。それで」


 菜月の腕が背中に回り、俺も同じように菜月の背に腕を回した。もう片方の手は頭に。イヤイヤの動きはこれで出来なくなったはずだ。暗い部屋の中で、息遣いや布ずれといった些細な音に敏感になる。熱も、心なしかダイレクトに伝わっている気がする。

 これが何を生むわけでなく、関係性も変わらない。ただ、互いの隙間を一時的に埋めるだけの行為。時間が経てば、また元通り。そこに残るのはスカスカの心だ。

 今ではもう過去の話となってしまったが、「自分を見て愛してくれる、そして自分も愛することの出来る存在」であったからこその信頼で、そうあったからこその惰性なのだろう。確かなのは、今の菜月が求めているのは俺じゃないということだけだ。


「菜月、そろそろ寝るか」

「……ん」


 しばし抱き合って落ち着いたのか、菜月は素直に応じた。俺のベッドを勝手に使うのもいつも通り。とは言え、俺もベッドで寝たい。


「こっち来い」

「ん」


 いつかもした腕枕。あれは確か七夕。どうせなら、今日だけは零れて受け止め切れないくらいに注いでやる。それが、お前にとっては疑似的な愛だったとしても。

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