逃げ続けたその先に

 文鳥カフェのついでに俺に会いに来たらしい水鈴が帰る時間になった。星港から光洋まで新幹線で1時間ちょっと。案外簡単に来れる距離だ。こっちでも何だかんだ振り回され、新幹線のホームまで見送っている。

 大学を卒業後、水鈴はタレント一本で行くことになっている。今は情報番組の仕事を1本持っていて、話題になっている物や場所に行って体験したことのレポートが主らしい。ただ、本人の希望はあくまでイベントMC。まだまだこれからだそうだ。

 俺は義肢の研究開発の道に進むことになっている。入社式はこれから。研究施設と言うよりは、町工場と言うのに近いかもしれない。だけど、スポーツ用に肉体労働用、もっと細かいシチュエーション。細かな要望に応えられる仕事に惹かれた。


「ほら、忘れるなよ文鳥まんじゅう」

「ありがと」


 間がもたない。思えば、いつだって水鈴は間を埋めるように話を広げ続けていたから。新幹線のホームで、2人でいるのに喧噪の音しかないという異様な状況が落ち着かない。


「なあ、みす」

「ねえ雄平」

「どうした」

「オフが合ったら、また会える?」

「それは全然問題ない。事前に連絡さえくれれば」

「でも研究開発とかって、夜も休みもなさそうだねッ」

「いや、その辺はちゃんとしてるらしい。よほど緊急で修理してくれとかがない限り土日休みだし」

「あ、そうなんだ」

「それを言うならお前だろ。タレントとして売れてきたらオフもクソもないだろ」

「あー、複雑だよねッ。仕事はしたいけど雄平に会う時間も欲しいよねッ」


 それに何と返せというのだ。まあ、普通に友達なんだからさらっと「そうだな」と返せばいいだけの話だろう。ただ、水鈴の本心が見えない。さっきも「30までお互い独り身だったら一緒になろう」とか言うし。悪ふざけとしては性質が悪い。

 インターフェイスの連中には水鈴と付き合えとかそんなようなことを言われ続けてきたけど、俺には全くそんな気はない。裕貴もそんなようなことを暗に言い続けてたな。女として見てみろ的なことを。裕貴は抜けてるから相手にしなかったけど。


「もうそろそろかな」

「だな」

「はー、これでしばらく雄平とはお別れかー。アタシがいなくて寂しくなるね雄平」

「いや、全然」

「もうこんな夫婦的なテッパンの掛け合いも出来なくなるねー」

「夫婦的ってのは要らないけどな」


 ホームに新幹線が滑り込み、ドアが開く。だけど、水鈴はそれに乗り込もうとしない。いや、早くしろよ。いくら停車時間がちょっとあるからっつっても乗れなかったらどうすんだよ。


「おい、みす――」


 水鈴が車両を背に向き合った状態から、一瞬の出来事だった。目の前にあった水鈴のどアップ。背伸びをするのに手を置かれていた両肩と、不意打ちをキメられた唇の感触しかない。


「雄平、じゃあね!」


 そう言って水鈴が新幹線に乗り込んだ瞬間、閉まるドア。じゃあなと言える状況でも手を振れるような状況でもなく、ただただ呆然とするだけだ。発車した新幹線をボーッと見送っていると、ようやく冷静さが戻ってくる。

 別れ際に不意打ちでキス、か。悪ふざけにしては性質が悪すぎる。新幹線の発車直前を選ぶ辺りがやり逃げする気マンマンだったのだと。そうされたからと言って何が変わるわけでもないけど、文句を言ったら負けのような気がする。それこそ夫婦的なテッパンの掛け合い、というヤツになってしまう。


 そしてこのタイミングで水鈴からのメッセージを受信するんだ。『30歳まで続く呪い』だと。


「……バカだろ」


 縁起でもない。30まで俺は水鈴に呪われ続けて雁字搦めにされるのか。ご勘弁願いたい。

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