ゲット・ハビット
「……リン、どうかした…?」
「いや、手が荒れていてな」
そう言うリンの手を見せてもらえば、乾燥してひび割れている。ところどころは血がうっすらと滲んでいて、見た目にも痛い。
「ピアノを弾こうにも痛くてその気が失せる」
「……薬、付けたら…?」
「持ち合わせていない」
「ハンドクリームなら、あるけど……」
「すまんが、借りられるか」
リンがクリームを付けている間に、私は次のステップに必要な物を取りに立つ。リンがハンドクリームを塗っているというのも不思議な光景。だけど、結構酷い割れ方をしていた。あれでは確かにピアノを弾くのもプログラミングも辛いものがある。
「しばらくは、これを……」
「手袋か?」
「手先は、クリームが剥がれ落ちやすい……」
「なるほど」
薄手の手袋で患部を保護。指先は様々な動きをするために薬が落ちやすい。少しでも効くようにとの措置。知っている美容師さんもハンドクリームをつけて手袋をすると言っていたし、この方法は実際に効果がありそう。
徹も、インフルエンザ対策のための手洗いを頻繁にしていたら手が荒れてしまったそうだ。尤も、徹の場合はバイトが飲食店という事情もあって手洗いは絶対にしなければならないし、消毒用のアルコールも使うからなおさら。
「しかし、こうも酷いとさすがに自前の薬を用意せねばならんというような気がしてきた」
「持っていた方がいい……薬と、ハンドクリームくらいは……」
「手袋はその辺にあるのを拝借すればいいか」
「それで、いいと思う……」
薬とハンドクリームを買おう。そう意気込んだものの、どこで、どのようなものにすればいいのかわからないと言い始めるのがリンなのだ。どれでもいいとは思うけど、だからこそどれがいいのかわからない、と。
成分や香り、値段など。選ぶポイントはそれなりにある。付けたときの伸びなんかも。しばらくたってもべたべたするようであれば、お風呂上りや寝る時くらいしか使えないだろうから家用にするとか。
「あとは、血行を意識する……」
「ほう」
「末端まで血流がいかないと、再生も遅くなる……余談だけど、血行が悪いと静電気も発生しやすくなる……」
「しかし、冷え性のお前に血行のことを言われるとは思わなかったぞ」
「……逆に」
「なるほどな。逆に」
「買いに行くなら、付き合う……私は、お茶を買いに行く用事がある……」
「では、頼めるか」
意図せず、一緒に出掛ける機会が降って湧いた。ハンドクリームと言えば付けすぎたクリームを分け合うというシチュエーションだけど、そういったことには期待せず。テスターはあるかもしれないけど。
薬とハンドクリームを買うならどこでもいいけど、私はお茶を買いたいからどちらにしても街なかに出なくてはいけない。星港の街なかなら何でも揃うだろうから、どこから回っても問題はなさそう。
「美奈、ところでお前が今さっき貸してくれたこのクリームだが、どこに売っているんだ」
「これは、光ヶ丘の雑貨屋で買った……」
「ドラッグストアなどではないのか」
「逆に……」
「そうか、逆にか。ならば光ヶ丘に行くぞ」
「え…?」
「付けた感が気に入った。行くなら早くしろ」
「あ、うん……」
星港の街なかにもきっとあるとは思うけど、確実にあると言えるのは買った店。だから、まずは買った店に行って、なければ他の心当たりを当たってみるという作戦を執ることにした。
ハンドクリームが本題で、次にお茶。血行がよくなるようにと取り入れたジンジャーティー。私だって、少しは冷え性改善に向けた努力をしている。
「しかし、買ったところでどう持ち歩こうか」
「タバコやスマホと一緒にすれば……」
「なるほど」
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