永遠を始めよう

「わっすごーい! ねえ朝霞クン、綺麗だよ」

「そうだな。CMで見てスゴいなとは思ってたけど、実際に見ると圧巻だな」


 光のトンネルを前に、足が吸いついたように動けなくなった。プロジェクションマッピングとも違う、本物のLED電球で飾られたイルミネーションは話に聞いていた以上に壮大で、心躍る光景だった。

 昼はアウトレットで買い物をして、夜はここでイルミネーションを見て。充実した1日になった。今日はこの近くのホテルに泊まることになっていて、荷物ももう置いてある。12月24日の男2人旅。カップルが多すぎることを除けば、これも悪くない。


「でもやっぱ、カップルが多いネ」

「しょうがない。むしろお前よく年末の土曜日に休み取れたな」

「朝霞クンを誘う前からイルミネーションの話は店でもしてたんだけど、彼女と行きたいんだと思われちゃって。いつも頑張ってるからたまには楽しんで来いって」

「頑張りが認められて良かったな。ツレが彼女じゃなくて俺ってのが残念だけど」

「違うよ朝霞クン! 俺は朝霞クンがよかったの! ほら歩こ!」


 少しずつ歩き始めると、目の中に飛び込んでくる色が、輝きが変わってまた心がくすぐられるのだ。創作意欲がかき立てられるとかそういうのではなく、言語化できない感情だ。擬音で言うなら「わくわく」が適しているかもしれない。

 確かにロマンチックな空間ではある。男女間のムードを盛り立てるには最高だろう。だけど、おひとり様とか男2人で来ちゃいけないという決まりはない。事実、歩いているうちに周りのことは気にならなくなっている。


「つかさっみィ。さっき買った手袋はめてくればよかった」

「うわっ、朝霞クンホントに手冷たい! 大丈夫? あっためてあげよっか。朝霞クンあったかい?」

「いや、手握るとかそれこそ彼女にだろ」

「あー……うん、メグちゃんに改めてフラれちゃったし、しばらく彼女はね~……」

「あー……そうなのか。悪い」


 突然そんな爆弾をぶち込まれて、俺にどうしろと。と言うか俺の知らない間に山口と宇部の関係に変化があっただなんて。部活を引退すればヨリを戻すかと思ったけど、宇部にその選択肢はなかったってことか。

 宇部に改めてフラれたときの話をしながら、山口は俺の手をさすって暖め続けた。わかっちゃいたけどね、と言うのは決して強がりではなく今度こそ完全な諦め。むしろ、恋愛の可能性がなくなった分純粋な友達になれるかもしれないから嬉しい、と。


「俺がこうやって朝霞クンを遊びに誘ったのも、純粋な友達になるためだからね」

「いや、普通にダチだろ」

「そう思いたいんだけど、やっぱまだちょっと。将来朝霞クンに忘れられそうで怖いし。ステージ以外の思い出もいっぱい作りたいから」


 人のことを忘れるとか俺はそんなに酷い奴だと思われているのかと思ったけど、前科がありすぎるだけにこの件に関しては反論できなかった。ただ、俺が山口を友達だと思っているのは確かだ。コイツが引いている変な線は何なんだ。

 さすられている手を逆に取ってやった。無意識に力が入る。急にそんなことをされて山口は混乱しているようだ。お前の手だって冷たいじゃねーか。人のことばっか気にしやがって。


「山口、思い出が要らないって言うつもりもないけど、俺はそれを振り返ることをあんましないぞ」

「知ってる。朝霞クンが今とその先を見つめて生きてる人だって知ってるから」

「それと、俺は簡単にくたばりはしない。だから思い出作りを急ぐ必要はない。今のところ就職も星港だし」

「えっ、そうなの? 実家には」

「戻るつもりはない。どっちにしても、お前のことは距離や時間に関係なく濃い付き合いが出来るダチだと思ってる。宇部のことならともかく、俺のことに純粋もクソもあるか、馬鹿野郎」

「はー……俺、朝霞クンについてきてよかった~! ねえ朝霞クン、歩こ! 次見に行こうよ」

「ちょっ、引っ張るな!」


 俺が取っていた手はいつの間にか再び取り返され、そのまま小走りで引きずられる。次のイルミネーションを見に行くんだと。夜だからか、それともこのムードがさせていたのかどこかしみったれた話題や表情だった山口も、少し吹っ切れたようだ。

 思い出と、経験の記憶。似て非なる物だとは思う。山口は、より感情によって思い起こされる思い出を共有したかったのだろう。俺は、その経験を必要なときに引っ張って来れる情報としか見ていない、という風に取られたのかもしれない。


「次のオブジェの前で朝霞クンとツーショットで自撮りして、園内1周しておみやげコーナー見たら、ビール園でご飯食べて、温泉入って、ホテルで明日のプランを立てるんだ。それで、きっと疲れて寝ちゃった朝霞クンに布団かけてあげるんだろうなあ」

「具体的すぎて怖いぞ。あと手はそろそろ解いていいだろ」

「せっかくだし手は繋いでない? 思い出っていうか、話のネタになるデショ? ツッコミ待ちで~。それに、朝霞クンほっとくと勝手にどこでも行っちゃうから」

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