木枯らしと夜なべ禁止令

「ああ、おいしい」

「よかったです」

「さとちゃんのあんかけうどんは絶品だね」

「残ったあんかけは、茶碗蒸しにも合うんですよ」

「じゃあ、夜は茶碗蒸しがいいなあ」

「わかりました。作っていきますから、あっためて食べてくださいね」


 宏樹さんの食事療法のお手伝いを始めて少し。さすがに毎日の献立を組み立てることは出来ないけど、季節に合わせた料理を考えたり、バリエーションを増やしたりすることがとても楽しい。

 何より、宏樹さんがおいしいと言ってくれることが一番嬉しい。献立やそのレシピにしても、作りやすかったとか、これは難しかったと言ってくれるから、次の参考になる。実際にご飯を作る機会も少し。


「ほら、そろそろ冷えるからね。あったかいご飯は嬉しいよね」

「でも、熱すぎる物は刺激になりますよ」

「大丈夫。わかってる」


 宏樹さん曰く、この頃は食欲が以前と比べるとかなり旺盛になっているそうだ。週1で通っている緑ヶ丘のご飯も全部食べられるようになってきている、と。緑ヶ丘の食堂は量が多いんだよ、と最初は辛そうに話していたのを思い出す。

 実際、血色もかなりよくなっているし、肌のハリ艶なんかも見た目に良くなっている。心身ともに健康を取り戻しつつあるのがわかると、その手伝いが出来ているのがとても嬉しい。


「それでさ、冷えってよくないじゃん」

「そうですね」

「腹巻きを探してるんだけど、なかなか好みのがないんだよ。困ったよね」

「好みって見た目ですか? 機能ですか? あと、厚さとか素材とか、いろいろありますよね」

「見た目かな。別に素材とかにはこだわらないし。女子の毛糸のパンツとかってあるじゃん。女子用だと色とかも種類いっぱいあっていいよね」


 確かに、サークルでもヒビキ先輩がよく毛糸のパンツの話をしていたように思う。可愛いよねって言って、何枚も買ってたのを見せてもらってた。女の子用のは確かに本当に種類が豊富。インナーだとしてもこだわりたいだろうから。


「あの、バイト先で扱ってるのでいいのがあるか見てみましょうか?」

「でもさとちゃんのバイト先って百貨店でしょ。マルの数が違うんじゃないの」

「そうですよね……あっ、それなら宏樹さんの好みに合わせて作りましょうか、毛糸の腹巻き」

「えっ、さとちゃんてまさか編み物も出来るの」

「出来ますよ。うたちゃんのマフラーとかよく作ってますから」


 デザインは宏樹さんにおまかせ。完全オーダーメイド。どんなのにしようかなあとペンをとる。あたしは手が動き始めたのを確認して、洗い物。それと、茶碗蒸しの材料の確認。うん、今ある物で出来そう。


「ねえ、さとちゃんさあ」

「はーい」

「腹巻き1枚って何日で出来るの」

「柄や大きさにもよりますけど、2日もあれば」

「すごいね。それっていうのは、夜なべしないで2日?」

「夜なべすれば1日で出来ると思います。急ぎですもんね。夜なべしますよ」

「夜なべは禁止」


 張り切ろうとすれば、急いでないし今日はあんかけがあるから大丈夫だと窘められる。ちゃんと寝ないと体に響くよと。体のことを宏樹さんに言われてしまえばわかりましたと聞くほかにない。


「そうだ。毛糸の色とか俺も見て決めたいし、この後手芸屋さんに行こうか」

「お願いします。ついでに、食材のお買い物もしましょう。茶碗蒸し作ったら明日以降が」

「そうだね」


 思えば、編み物は久し振りかもしれない。あたしはひとつ作り始めたらマフラーも、帽子もって次々作りたくなる病を患っている。うたちゃんにはそれで怒られてきているけど、果たして今回は腹巻きで止められるかな。

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