flow in whirls

 ノサカが連絡もなく昼放送の収録に遅刻してくるのは今に始まったコトじゃない。とは言え、尋常ではない出で立ちで現れると、3時間弱も待たされたとかいうことはすっかり吹っ飛んでしまう。

 午後5時前、サークル室に現れたノサカは歩くのもままならないような様子だった。マスクをして、顔も心なしか赤いような。万全の体調でないことだけははっきりと見て取れる。現在、MMPでは風邪が流行している。ノサカもまた例外ではなく。


「大変申し訳ございません」

「いや、待つのには慣れてる――と言うか、お前、体は大丈夫なのか」

「薬を飲んできました。尤も、それが効いて電車で睡魔にやられてしまったワケですが」


 お前のそれは薬を飲まなくたっていつもだろう。そう言う隙も与えられないまま、番組に影響は及びませんのでご心配なく、とノサカはミキサー席に陣取った。それからは至極普通に収録が進んだ。

 とは言え、日頃から30分の番組を収録するのにウン時間かかるペアが、急にスパッと決められるようになるワケもなく。収録はいつも通りに○時間コース。今日は2時間。番組に影響は及ばないと強がりつつも、影響はしっかり見て、聞いて取れた。ただ、その影響はうちにしかわからないだろう。


「今何時だ?」

「19時17分です」

「ノサカ、終バスは」

「間に合いません。自業自得ですので歩きます。もちろん、菜月先輩のことはご自宅までお送りします」


 この時期になると、外は大分冷えるようになっていた。星が綺麗だ。だけど、今日は星を見上げる気分にはなれなかった。いつもなら歩幅が広くその回転数も多いノサカの歩くペースが格段に落ちていたからだ。

 いつもの歩き方ならスクールバスが向かう駅までも30分ほどで歩けるだろう。だけど、今の歩き方では駅に辿り着けるかどうかも少し怪しい。呼吸の仕方だっておかしいじゃないか。


「それでは菜月先輩、お疲れさまでした」

「ノサカ、ちょっと待て」


 律儀にうちをマンションの前まで送り届け、本当に歩いて帰ろうとするノサカを引き留める。そして、有無を言わさず手をデコに当てた。測らなくてもわかる熱さ。うっすら汗ばんでいるのも熱の所為だろう。


「バカじゃないのか、そんな体でさらに歩こうとするとか」

「ですが、自業自得ですので」

「今のお前は帰れる状態じゃないと判断した」


 ノサカの手を掴み、無理矢理階段を上らせる。4階まで上がらせるのも鬼の所行かもしれないけれど、街灯も少ない夜の道に放り出すよりはいいだろう。部屋に上がらせて、戸惑うノサカを無理矢理座らせる。


「あ、あの、菜月先輩?」

「今日はここで休め。昼だったら電車で何往復しても取り返しがつくけど、夜じゃそうはいかない。それと、汗をかいた服をそのままなのもよくない。うちの服貸すから着替えろ。脱いだ服は洗濯するし。このシャツ男物のXLだし、ズボンは兄貴のだから大丈夫だろ」

「ナ、ナンダッテー……いや、しかしそんな」

「いいから早くしろ。洗濯が出来ないじゃないか」

「はい、申し訳ございません」

「食欲は」

「あります」

「さすがだな。じゃあ、適当に作るから食べろ」


 うちも適当な部屋着に着替えて、そのまま台所で適当にお粥を作る。冷や飯と卵があればそれっぽくなるだろう。ノサカがそれで足りるとも思わないけど、弱っている体には食べやすい方がいい。冷蔵庫には……あ、レモンウォーターがある。


「あの、菜月先輩」

「着替えたか」


 夜なのは少々ご愛敬で、洗濯機を動かす。ゴツいスウェットパーカーだけど、加湿機代わりにエアコンの風を受けるところに干しておけばまあ乾くだろう。


「お粥作ってるからもうちょっと待ってろ」

「はい」

「寒かったらこたつでも赤外線ヒーターでも好きなのつけていいし」

「それでは、こたつをつけさせていただいてよろしいですか」

「ああ」


 ちょっと横暴だっただろうか。無理矢理家に上がらせて休ませるだなんて。ただ、そのまま帰らせることは出来ないと思った。こうなったらその瞬間の判断を信じるしかない。そうしたからには、うちにはノサカの面倒を見る責任がある。

 ただ、それだけじゃ気が済まないな。いっそ、夏に言われたことを全部そのまま返してやろうか。なあ、ノサカ君。

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