ネギ・ザ・ロック

「ん~! 肉汁ブシャー! おいしー! 鵠沼くん天才! 上手! もう1コ食べていい!?」

「さっちゃん、みんなに行き渡るように考えるんだよ」

「はーい」


 今日はGREENsの学祭打ち合わせ。バスケサークルGREENsには、大学祭で紙コップに詰め放題システムの唐揚げを売るという伝統がある。その練習のためやってきたのはコムギハイツⅠ102号室。つまり、鵠っちの部屋。

 揚げたての唐揚げを頬張ったさっちゃんは、はふはふと美味しそうにしている。さっちゃんのリアクションは嘘を吐かないから、今年の唐揚げも美味しくできているということでオッケーだと思う。


「サッチー、ネギソースかける?」

「かけますっ! おお~、中華風っすね!」

「慧梨夏ちゃんのお母さん直伝のネギソースを、伊東家流にアレンジしたヤツ」

「伊東家流って言うか、ネギの割合増やした感じっすね!」


 うちは例によって手出しさせてもらってないけど、安くていいお肉の調達とかを任されてる。唐揚げのレシピにしてもそう。母が現役シェフという最大の強みですよ。料理の腕はお腹の中に置いてきたか、分けてもらえなかったんだと思う。

 千春さんのレシピは何気に毎年改良されてる。だから毎年練習して、より美味しい唐揚げになるようにやってる。もちろんうち以外の人が。千春さんに借りた中華鍋の前で肉を揚げる鵠っちが様になり過ぎている。


「うん、美弥子サンおいしーです!」

「でもネギの割合高すぎるって慧梨夏ちゃんに怒られちゃったから、これはGREENs仕様だね。別にネギならアタシ自前で育ててるし費用のことは気にしないのに」

「費用の問題じゃないですよ。ネギは好き嫌いが分かれる薬味なんですから」


 GREENsに入ると大体の人はネギ嫌いすら矯正されて、美弥子サンを教祖とするネギ教に入信することになる。こないだまでネギ嫌いだったさっちゃんにしても、今では喜んでネギを食べているくらいだ(さっちゃんの洗脳は簡単そうだったけど)。

 ただ、一般の人に出すネギソースとなると、ネギの割合もGREENsの物よりは低くした方がいいと思う。実際に高崎クンにはネギが多すぎるって言われた(原因は察してもらえたけど。姉弟だよねえやっぱり)。


「あれっ、そーいや慧梨夏サン、サトシさんどーしたんすか? 買い出しまではいたっすよね」

「ああ、サトシ? 多分アイツビビったね」

「3年生で今更ビビることがあるんすか? しかもサトシさんが」

「いないから言うけど、サトシってネギ嫌いなんだよ」

「えー!? 意外じゃん!?」

「あたしとおそろい! 元おそろ!」

「だから多分買い出しの時に美弥子サンがネギソースの話してるのにビビって帰ったんだよ」


 何かと人に突っかかってきて、無愛想でツンツンのサトシがネギ嫌いとかいう可愛い上にGREENsで生きるにはちょっと致命傷な弱点を抱えているという事実ですよ。それは、1年生からすると一種のギャップにも映っているみたい。

 さっちゃんはあの魔法にもかからなかったのかと驚いているし、美弥子サンもサトシの攻略が難しかったとあの頃のことを語る。うん、美弥子サンとサトシの戦いはすごかったよねえ。


「って言うかそれがトラウマ化して量を食べれなくなったってカズが言ってた」

「えっそうなの? てかサトシとカズって友達なの?」

「学部一緒ですからね。たまにご飯も食べるらしいですよ」

「へー、そうなんだ。言わないよねサトシそーゆーの」

「まあ、サトシですから」


 相変わらずじゅうじゅうと唐揚げが揚がる。問題は、味だけじゃなくて値段。当日使う紙コップに、全員で好きなだけ唐揚げを詰める。費用やなんかを計算して、今年の価格を決めていく。質に対して正当な価格設定であれば、ブースの場所は問題じゃなく売れる。


「うーん、やっぱ250から300かなあ」

「250じゃないすか? 300だとちょっと高い気が」

「でもお釣り用意するの面倒だよ」

「200円か。5~6個、上手い人ならもうちょっと」

「えー、200円は安いですよ~!」

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