見ぬ間の本音

「おはようござ――あれっ、林原さんB番ですよね。どうしたんですかー? 受付の席になんて座って」

「ああ、川北か」


 苦虫を噛み潰したような顔をして林原さんが受付の席に座っている。表情の割に事務所の中は静かだ。カナコさんがいるというワケでもなさそうだし、春山さんも烏丸さんも今日は非番だ。も、もしやブラックリストでも編集していたり!? 林原さんならあり得る……。


「先日、綾瀬がやらかしたそうだな」

「あ、聞いたんですねー」

「烏丸が言っていた。システムは春山さんが復旧させたそうだが、毎回そんなことをされては敵わん」

「それで、資料作り……ですか」

「オレがいくら認めんと言っていても、春山さんがいる限り綾瀬がこの席に座ることもあるだろう。せめてもの対策だ」


 林原さんが受付席でしていたのは、A番のマニュアル作り。俺も冴さんも、烏丸さんもA番の仕事は春山さんから口頭で教わってきた。もちろん最初の頃は隣でついてもらっていたけれど、それでも春山さんの性格もあって結構アバウトだった。

 林原さんが作っている資料は、画面上で見る限りとても丁寧だ。ひとつボタンをクリックする度に遷移する画面のキャプチャーを取り、どこがどう変わったかなどの説明を入れ、次の手順に移り……を繰り返している。それをA番の仕事の分だけ全て作っている。


「林原さん」

「何だ」

「この先、カナコさんが正式にセンタースタッフになることはあり得ますか?」

「知らん。ただ、現状では厳しいだろう。情報センターのスタッフが機械音痴など。少なくともB番には入れられん」

「ですよねえ」

「しかし、受付としては愛想など春山さんやオレとは比べものにならん程いいし、カードキーと学生証の交換だけならやれるだろう。マシンには触ってくれるなというレベルだが」

「ですよねえ」


 演劇部の女優さんだけあってカナコさんには華がある。受付に座っていると雰囲気が違うっていうのは林原さんも感じていたことのようだ。可能性は低いけどゼロではない。だからこそ、林原さんはきっとA番の資料を作っているのだと。


「川北、この資料を出力したらラミネーターに通してくれ。全部揃ったら角に穴を開けてリングを束ねてだな」

「はーい。でも、ラミネーターにかけるなんて本当に本格的な資料ですねー。林原さん基本結構めんどくさがりじゃなかったでしたっけ」

「ただの紙のままだとコーヒーなどをこぼしてダメになる可能性がある。そうなると、このマニュアルを再印刷しようとしてやらかす可能性が」

「あー……なるほど」


 戸棚からラミネーターを引っ張り出して、マニュアル作りの助手ポジションにスタンバイ。穴開けパンチと資料を束ねるリングも忘れずに。ウィンウィンと1枚ずつ吐き出される両面印刷の資料を受け取れば、まずは内容の確認から。

 林原さんは自分でA番不適合者と言うけれど、この資料を見る限りではA番の仕事はしっかりと理解してるんだよなあって。不適合って言うか、単純に苦手なんだろうな。それか、B番の方が性に合うのか。


「川北、資料は作るだけ作ったが、春山さんのいないときにはくれぐれも綾瀬にマシンを触らせるなよ」

「はい、大丈夫です。さすがに俺じゃ何かあったときに責任取れませんし」

「ったく。本当にあの人は何を考えてるんだ」

「うーん、もしかしたら新たな癒し枠なんですかねー、カナコさん美人ですし」

「癒し枠…? あの変態がか」

「こないだ、腰のくびれをホールドさせろって言ってましたよ」

「確かに、一概に有り得んとも言えんところが何ともな……」

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