予見のリフレク

「朝霞サン出来たよ。はい提出用の完パケ」

「よし。戸田、帰っていいぞ。長く拘束してすまない。お疲れさん」

「はーい、お疲れでしたー」


 定例会に提出するラジドラは、ついに俺の手元に完成品が来た。それを俺に渡して、る~び~る~び~と浮かれた様子で帰って行った戸田を後目に、何日か無我夢中で動いていた俺は俺は動くことも出来ないでいた。

 狭い朝霞班ブースの壁にもたれて、大きく息をつく。体の中から何かが出ていったような感覚。足の裏はべたっと床に張り付いている。瞼は今にも降りきってしまいそうだ。頭も重いし少し仮眠を取るか。そうしよう。宇部なら帰りに俺の存在に気付くだろう。


「朝霞クン、起きてる~?」

「……ん…?」

「ここで寝ちゃダメだよ~」

「山口…? お前、どうして。今日はもうお前のパートは終わってるだろ」

「野暮用で大学に来てたの。野暮用って言うか課題なんだけどさ~。そしたらそこでつばちゃんと会って~、朝霞クンもいるって言うからもしかしてって思うジャない。そしたら案の定気絶しそうなトコだったし」

「気絶じゃない。仮眠だ」

「朝霞クンのそれは仮眠じゃなくて気絶なの」


 否応なしに仮眠を気絶だと認識させられると、山口はいつもの笑みを浮かべて言う。自分はアナウンサーとしての仕事しか出来ないから、せめてこういうところでPを支えたいのだと。

 俺からすれば俺の書いた物を舞台上に具現化して、それまでの台本を自らぶった切る思いつきの突飛な要求にも応えてもらっているからそれでいいと思っている。と言うかむしろそれ以外に何かあるのかと。

 特に、ラジオドラマの場合は録るものだけ録ってしまえばアナウンサーの手を煩わせることもない。後はPとDの仕事になる。今日は完全に俺と戸田の作業日のつもりだった。


「朝霞クン、俺に背中向けてくれる?」

「ん? こうか」

「カーデの上からちょっと失礼しま~す」

「うわっ、何だ急に!」


 山口の手が俺の肩に触れる。肩に巻いたカーディガンの上から容赦なく揉まれているのだけど、予期していなかったことに肩が浮き、体が強ばる。つか無理だ、何考えてんだコイツ!


「お客さん凝ってますね~」

「ちょっ、バカやめろくすぐったい!」

「えっ、ハンドマッサージの方が良かった?」

「お前何考えてんだ」

「朝霞クン、気付いてる? 台本書いてるときとかラジドラ作業の後、後頭部とか側頭部を手で押さえてるの。ズキズキ痛むなーって言うよりは、ジンジン重いなーって感じの頭痛。違う?」


 痛いと言うより重いというようなその辺の違和感については思うところがあったけど、手で押さえてるということまでは自分でも知らなかった。もしかすると、今も無意識にやっていたのかもしれない。


「自分でも意識してないことを何で知ってんだよ……」

「朝霞クンのことは俺が全部わかってるべき。前にそんな件あったよね」

「覚えてねーし。仮にあったとしてもナニ曲解してんだ」

「朝霞クンの場合、多分主な原因は眼精疲労と肩凝り。だから、ラジドラ終わって一旦落ち着いたし、少しでもラクになってくれたらな~って。あっ、こっしーさん誘ってキャッチボールの方がいい?」

「キャッチボールする元気も運動神経もねーよ」

「じゃあプールで~」

「お前、俺がロクに泳げないの知ってて言ってるんだとしたらぶっ飛ばすぞ」


 相変わらず俺の肩に手を添えて立つ山口を睨み上げれば、全部わかってますよと言いたげな笑み。腹が立つ。余裕ぶっこきやがって。


「うん、だからさ。少しの間だけ、俺に体を預けてくれるかな」


 俺の中に未だ残る反抗心をねじ伏せるように耳元で囁くその声は、Pの下にいるステージスターではなく俺の上から全てを掌握する山口洋平そのもの。お前はそうまでして俺を思うようにしたいのか。


「つってもお前素人だろ」

「こないだバイト中にお店に来てた専門の人にちょっと教えてもらったし、痛くはしないから。気持ちよかったらそのまま意識も預けて、ね?」

「そこまで言うからには、学祭の台本覚悟しとけよ」

「もちろん。朝霞クンがいなきゃ、俺は輝けないからネ」

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