romantic delusions

「おはよー」

「やあ菜月さん、おはよう」

「菜月先輩おはようございます!」


 気だるそうにサークル室にやってきた菜月さんは、自分の席に着くなり大きく息をつく。昨日の菜月さんと言えば、高崎と食事に出かけていたらしい。これは一昨日に本人から聞いていた話だし、別に疚しい情報網を駆使したとかではない。

 高崎との食事。そう言えば聞こえは悪くないけれど、愛の伝道師の僕としてはその一部始終が気になって仕方がない。高崎と菜月さんの煮え切らない関係というのはかなり注目の的だからね。絶対両想いなのに、とは昨年時点での僕と伊東の談だ。


「あれっ。菜月先輩、シャンプーを変えられましたか? いつもとは少し香りが違いますね」

「凄いところに気付くなノサカ」

「あっ、気分を害されたなら申し訳ございません! それに髪も心なしかさらさらだと思いまして、つい」

「確かに昨日は違うシャンプーを使ったけど、たまたまだぞ。まさかそんなところに気付かれるとは思わなかったぞ」


 ナ、ナンダッテー!?

 おっといけない。つい野坂のヤツが口から飛び出そうになってしまったよ。だけど、菜月さんが二輪の男に送ってもらって朝帰りしてきたという情報はさる筋から入っているんだ。それがつまりどういうことか。

 昨日の菜月さんは高崎と食事に出かけていた。そして朝帰り。その空白のウン時間の間に何が行われていたのかということで。そこでシャンプーの話になること自体夜の時間を疑わなければならないのだけど、しかし高崎と菜月さんに限って。

 いや、高崎も男だし菜月さんとの関係が煮え切らなさすぎるだけで付き合った人数より関係を持った人数の方が多いという話もある。菜月さんも菜月さんで高崎なら拒否しないだろうし、えっ? えっ? ついに、動きが!? おい野坂お前も頑張れ。


「圭斗、だらしなく口をパクパクさせてるけど、お前が思ってるようなことは何一つなかったと言っておくからな」

「おっと失敬。表情に出ていたかな。ただ、僕が何を考えていたのか菜月さんはわかるのかい?」

「下世話なことだろ。下半身で生きる夜の帝王サマらしく」

「ん、随分と言ってくれるね」


 昨夜を高崎の部屋で過ごしたのは事実だけど、夏だし高崎の愛車は外気にもろにさらされるビッグスクーターだし、これでもかと言うほどべたべたになっていたからシャワーを浴びたというだけの話のようだ。

 と言うかむしろ僕が高崎の立場にいるならそれこそ菜月さんからの蔑称に説得力を持たせる行動に出ているから何とも言えないのだけど。と言うかむしろその状況でよく何もしないな高崎は。


「酒入ってたしだるくてめんどくさかったから髪を乾かしてもらって」

「さすが、高崎先輩は紳士でいらっしゃいますね」

「いや、どこからどう見てもバカップルだろ。お酒の入った菜月さんのことだから、高崎に文字通り絡みついてたんだろう? いいかい、何度も言うけど菜月さんは自分が女だということを意識してなさすぎるんだ」

「ったく毎回毎回ウルサいな」

「へえ、そういうことを言う。今ここで聞いた話を麻里さんに言っていいんだよ。麻里さんは菜月さんが朝帰りしてきたことを知っているからね。僕に何か聞いてくるかもしれないし」

「別にぃー? 帝王サマみたく疚しいことはしてませんしぃー」

「実際には疚しくなくても、いくらでも疚しい話に出来るんだよ」


 そうやってすでに罪なき罪で殺された人もいる。菜月さんだからこそ麻里さんは少し生温かく見守ってくれているというだけで、菜月さんの恋愛事情は最関心事と言っても過言ではないのだから。

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