第79話「オロチ編その9 ヤマタノオロチ -圭ときょうりゅうの国-」
タンバティタニス「ダイチ」と「ハルカ」誕生から十二年後の夏。
「兵庫きょうりゅうの国」の全面リニューアルはとっくに完了し、数度の改良すら経ていた。
その改良には、この唯一国産の竜脚類が見られる動物園に全国、というより全世界からアクセスを可能にするシステムをも含んでいた。
遠く離れた岩手県の盛岡からも、今一人の少年が薄く軽量なVRゴーグルをかけて見学を行おうとしていた。
佐倉圭、小学五年生。
親に誘われたのでも学校の課題でもなければ、自主的な学習であると気負っているわけでもない。
不満を少しでも解消しようというだけだ。自分の住んでいる岩手の大型恐竜、モシリュウの生きた姿が見られないという不満を。
この夏休みにすでにアメリカのディプロドクスも、中国のマメンチサウルスもVRで見学していた。両者ともにその巨大さに圧倒されはしたが、その迫力は同時に、それらが遠い世界の存在であることを示してもいた。
やはり少しでも近くの恐竜でなければ……。
手続きと接続が済み、圭の眼前には現地の見学ロボットの視界が広がった。
が、そこはまだ園内ではなかった。入口の前庭と言ったらいいのか、公園のような空間だった。芝生の地面にベンチが置かれ、入園ゲートの建物が立っている。振り返れば普通の道路が通っている。
ゲートの向こうには木々が生い茂っているが、太古のジャングルというよりは見慣れた雑木林といったところだ。
ゲート脇には圭が視覚を預けているのと同じ、縦の円筒形で上には一対のカメラ、下にはキャタピラを備えたロボットが数台並んでいる。外装の大部分が木製で、まるで家具のように見える。
岩手の田舎町とさほど変わらないような風景から始まったことに圭はかえって驚かされた。
ディプロドクスやマメンチサウルスの世界とは違いすぎる。本当にこの先にそれらのような恐竜がいるのだろうか。それとも国内だからそんな大それたものでもないのだろうか。
見学ロボットを操作してゲートをくぐり、林の中を進んでも、まだしばらくは特別なことなどないように見える。
そのうち周りの木々の種類が広葉樹から杉の木に入れ替わった。それでもやはり、ありふれた山道の範疇だったが……、
急に視界が開け、辺りの印象は一変した。
木々が大きく左右に分かれ、赤い大地が緩やかな斜面に顔を覗かせている。
赤い土はずっと奥まで曲がりながら続き、木々の向こうに消える。どうやらここは浅いS字に蛇行した空間の下端らしい。
まるで現代の野山が左右に裂け、恐竜時代が地底から顔を出したかのような光景であった。
VRゴーグルにより空中に解説が浮かび上がる。兵庫県のもう少し奥、丹波地方にある地層によれば、約一億年前にはこの赤い裂け目のようなサバンナがもっとずっと広く、見渡す限り続いていたという。
一番手前に最初に見えた、丸い緑の背中をした恐竜の説明もすぐに出た。
プロバクトロサウルス。クチバシと奥歯を発達させた二足歩行の恐竜。このグループの中では最初の頃のもので、これに近い仲間がタンバティタニスと一緒に暮らしていたのだという。
幾分ウマに似た長い顔と丈夫な首、背の高い胴と太い尾、ほっそりした手とは対照的にたくましい脚。
見学ロボットの目線が低いので大きめに見えるとはいえ、背中の高さは大人の背丈ほどだ。すでに特大の恐竜を二回も見ている圭が圧倒されるほどではない。
圭の関心を引いたのはプロバクトロサウルスの姿と動きだ。首の長い巨人達と違ってなんとも大人しい姿、軽やかな足取り。
彼らのいる運動場から水堀や植え込みで仕切られた園路を進むと、十頭ほどの群れはさらに様々な仕草を見せた。
二頭が上体を起こして向かい合っている。ゴーグルの解説によるとオス同士だという。体全体で腕を振り下ろすようにして、親指の細い爪で相手を引っかき、また素早く体を起こす。
その手前を、小さな恐竜が三頭駆け抜ける。丸い顔に短い手、しかしあれは同じプロバクトロサウルスの去年生まれた子供達だという。大人のプロバクトロサウルスにぶつかってしまい、ボウッと吠えられる。
オスや子供達で騒がしい様子を、遠くの若いメスが立ち上がって見つめている。
重厚な、悪く言えば鈍重な巨大恐竜とはかなり異なる。動きの表情が素早く移り変わる。
ゴーグルの表示が解説板を目立たせるので、圭は導かれるままに読んでみた。
ここにいるプロバクトロサウルスは内モンゴル自治区で発見された恐竜で、当時は日本と地続きだったので同じ仲間が両方に住んでいたのだという。現在の地図と当時の地図が並んでいる。
プロバクトロサウルスの抜けた歯と丹波で見付かった仲間の歯のレプリカも展示されているが、圭には全く見分けがつかない。よほど似た恐竜だったのだろうか。
園路を進んでいくと、運動場の中も小川や段差、岩で仕切られているのが分かる。区画ごとに恐竜の種類が異なるのだ。
次の区画にたたずんでいたものも圭の意表をついた。
粗い毛にまみれた生き物が、ヤシに似た低木の間で体を起こして立っている。小さな頭の付いた長い首を上に伸ばし、大きな鉤爪の付いた両手を半端に開いている。日光浴でもしているのだろうか。
ファルカリウス、アメリカの恐竜だがやはり近い仲間がタンバティタニスと一緒に暮らしていたという。恐竜全体の中では鳥に近いほうだというが、確かに奇妙な怪鳥のようにも見えた。
鉤爪が不穏な印象を与えるものの、この爪は木の幹や枝を持って食べやすい葉や新芽などを探すときに使うらしい。よく見れば低木の葉の間に餌かごがある。
また次の区画でも圭は驚かされることになった。四足歩行の幅広い体をしたものが、脇腹沿いにずらりと並んだ三角の刃を、横たわった丸太にガリガリとこすりつけている。
鎧竜のガストニアである。背中は丸石のような鎧で覆われ、肩にも大きな棘が生えている。小さな頭も頑丈な箱になっている。尾にも刃が並んで鋸のようだ。
脇腹の棘を丸太で磨いているようだ。短い四肢を踏ん張って体を力強く揺らしている。
ただ首が長くて大きいシンプルな恐竜のことしかなかった圭の頭が、その派手な鎧に揺るがされた。こんなものの仲間までこのあたりには住んでいたのか。
さらに次には肉食恐竜が現れたが、そのこと自体はもはや驚くにはあたらなかった。これだけ色々な種類の恐竜がいたらそれは肉食のものもいただろう。
目を奪ったのはその優雅で精悍な姿である。
顎は細長く、クチバシと言ってもおかしくない。
首や胴は引き締まり、たてがみのような剛毛を背負う。すらりと長い後ろ脚を逞しい太腿の筋肉で大股に動かし、早足で歩き回る。長い尾もリズミカルに揺れる。
前脚は短く胴体に引き寄せられているが、手の爪は鋭い。
ティラノサウルスの遠縁、シオングアンロンが、どこにあるか分からない餌を求めて早足で場内を探り回っている。
その目付きも首の揺らしかたや脚運びも大きな鳥を思わせる。奇怪な怪鳥ではなく、獲物を求める猛禽か渉禽を。
そう思って見ていたら、本当に何か見付けたように一点を睨んで立ち止まった。
視線の先には組み合わさった岩がある。
と思った次の瞬間、それはクチバシを突き出した。
そして何かに噛み付き、岩から引きちぎろうとし始めた。肉片が岩の間にくくり付けられていたのだ。
シオングアンロンが後ろ脚を踏ん張って顎に力をこめると、肉片を縛り付けていた紐状のものが引きちぎられた。
反動でシオングアンロンは頭をのけぞらせたが、すぐに落ち着いて肉を上にトスし飲み込む。
これそのものではないとはいえ、かつて兵庫にいたという肉食恐竜の暮らしを生々しく感じさせる場面だった。モシリュウの腕の骨一つしか出ないような地層では見られない世界だ。
CG空間や録画ではなくリアルタイムの映像なので、今その場にいる来園者の姿も映る。老婦人二人連れ、中年夫婦、小さな兄弟と両親。
誰もがまるで普通の動物園のようにリラックスして過ごしている。ここの特異なことを知ってか知らずか。
シオングアンロンの運動場を過ぎると、視界を遮っていた木々の向こうからS字をした空間の上半分が見えた。
ここまでの運動場の各区画も充分広かったが、それらを全て合わせたほどの広さがありそうだ。
ゆるやかに上がる斜面にはやはり、タンバティタニスが屹立していた。
その威圧感に圭は息を呑む。長い首が泰然と宙にかかり、その先の小さな頭がこちらを見下ろしている。
頭だけ暗い赤色をしていて、他はうっすらと赤みがかった灰色をしている。胴は丸々として大きく、いかにも頑強そうな四肢で高々と支えられている。
先細りの尾もかなり長いように見える。左右にゆらゆらと揺れて、その太い根元が、幅広い腰の向こうからちらりと覗く。
そんな風にして、赤い恐竜が赤い大地に悠然と佇んでいた。
ディプロドクスやマメンチサウルスよりかなり小さく、全体像の知れないモシリュウよりもおそらく少し小さいはずだが、そんな感じは少しもしない。
ゴーグルに解説が表示され、二頭いる成体のうちオスの「ダイチ」だと分かる。
こちらを見ているのだと圭は思ったがそうではなく、ダイチは高い木の柱の先にある餌皿を見ているのだった。
餌皿を見るだけで口を付けようとしない。何か食べたいがそこに餌がないのだろうか。
圭がダイチの考えを想像しているうちに、ダイチは餌皿から目を離し、首を根元から回して辺りを見た。あの長く高い首でどれだけの広さが見渡せるのだろう。
ここまでの恐竜もタンバティタニスも、本当に活き活きと暮らしていると圭には感じられた。
おかげでこの動物園を本当に楽しめている。と同時に、圭は何かここの世界と自分との隔たりを感じてしまっていた。
これらの様々な恐竜は、圭と同郷のモシリュウとは違う。これまでもこれからも、どんどん詳しく分かっていく。モシリュウは取り残されてしまうしかないのだろうか。
ダイチはふと首を止め、四肢を一つずつ動かして、首の向いていたほうへと進み始めた。そちらには木々に隠された、かなり大きな建物がある。
圭には気付きようがなかったが、ダイチは竜舎の入り口の上に表示された赤いサインに誘われて進み出したのである。
ただ圭もダイチが竜舎の中を目指していることは分かった。そちらに行かないとダイチの姿が見えなくなってしまう。見学ロボットを速く進めてみると少しは速度が出て、ダイチの一度に一つの足しか前に出さない歩みに追いつくことができた。
音も見学ロボットから通じているのだが、タンバティタニスの足音はごく静かだ。タンバティタニスだけではなく、ディプロドクスやマメンチサウルスもドシンなどという漫画じみた音を立てたりはしない。砂をこするザッという音と、せいぜいノシッという音だけが、一秒に一度かそれより遅いテンポで聞こえてくるのだ。
圭は竜舎に近付くと、その少し奥に同じくらいの大きさのタンバティタニスがもう一頭いるのに気付いた。メスのハルカだ。
ダイチがハルカとすれ違うときに、ブルル、という音が二つ聞こえた。鼻を震わせて互いに鳴き声を交わしたのだ。それに尾も縦に振ってみせた。圭にはどういう意味かは分からないが、何かのやり取りだろうとは思った。
園路から竜舎に入るとすぐに、中でタンバティタニスが過ごす大広間を見ることができた。
大広間を観覧通路がぐるりと取り囲んでいて、何かスポーツを行う競技場のように見える。ただし観覧通路と広間の間は並んだ鉄柱と深い堀で隔てられている。
広間の中には天窓やいくつもの大きな門を通じて日光が注ぎ、砂地にはなだらかな起伏が付けられている。あまり外と変わらないようにも見えるが、夏だから外よりは少し涼しいのだろう。ダイチを待つ来園者の表情も穏やかだ。
やがて、圭から見て一番手前の門からダイチの横顔が現れた。門や天井の高さにはかなり余裕がある。
頭はやや馬面で、口を下に向けている。遠くからは暗い赤色をしているように見えていたが、赤の地に黒の細かいラインがいくつも入っているのだった。
四メートル以上ある首がゆっくりと現れてくる。前脚、そして胴体が現れるとぐっと量感が増し、巨獣を間近で見ているという満足感が得られる。
そして前脚よりいっそう強健な後ろ脚が現れ、太い尾の付け根が続く。
するとゴーグルが上を見ることを促した。頭上のモニターにダイチの体重や身体検査の結果が表示されている。
今門を通る間に、地面に仕込まれた体重計や門にいくつも取り付けられたカメラで測定されたのだ。急な体重の変化も怪我や異状もなし。
実のところダイチはこの測定のために呼びつけられたのだが、ダイチ自身の目的はもちろん餌である。
外でダイチが見ていたのと同じ、柱で高く持ち上げられた餌皿がある。
ダイチは餌皿に文字どおりかじりついた。前歯を木でできた皿に突き立てて、ズズズ、という摩擦音を立てながら皿から飼料だけをくわえ取る。
そういえばディプロドクスもこれに近い食べかたをしていた、と圭は思い出す。ディプロドクスとタンバティタニスは顔付きが割と似ている。これらとあまり似ていないマメンチサウルスは長い棒状の餌をボリッと噛み切って食べていた。
顔付きによってこのどちらかの食べかたをするのなら、モシリュウも顔付きさえわかれば食べかたが分かるのだろうか。しかし今更頭の骨が新たに見付かるはずがない……。
ダイチの食事から目をそらすと、一応建物の中なのに林があることに気付いた。あの硬そうな針葉樹の葉も食べるのだろうかと圭は思ったが、植え込みの役目は餌ではないことにすぐ気付いた。
針葉樹の間の低木から小さなタンバティタニスがひょっこりと首を出している。去年新しく再生された幼い個体である。
木の間に隠れられる程度の大きさだが、体型はダイチとほぼ変わらない。少し目が大きくて口が短く、赤色が濃いように見える。
幼いタンバティタニスはダイチのほうを見ているものの、林から出て近付くことはない。むしろダイチを警戒しているのかもしれない。
まだ大きい個体と接することができないのだろうか。さっき外でダイチとすれ違ったハルカは堂々としていた。解説板によるとあと数年で同じところに出ていける大きさになるとのこと。
タンバティタニスには本当に充実した世界がある。モシリュウには辿り着けない境地だ。じっくり観察すればするほど、圭にはそのことが痛切に感じられた。
もういい、という気分になり、圭は竜舎の中の順路を進むことにした。
道はタンバティタニスの過ごす広間から離れるほうに続いている。土と同じ赤色の床。
深緑の壁には大きな二つの窓と小さな三つの窓が並び、様々な小さな生き物が展示されている。さっきの林の中に隠れていた幼いタンバティタニスになって外をうかがっているような視点だ。
さっきまで外で示されてきた丹波の化石の多様さを、今度は小動物で示そうというのだ。一体どこまで見せ付けようというのか、もはや圭には最後まで受け止めるしかなかった。
大きな窓の片方を覗くと、先の広間と同じ赤い砂が敷かれた部屋が見え、子ヤギほどしかない砂色の恐竜が何か食べている。
頭は大きくて幅広く、丸太の上に並べられた木の実を強力そうな尖ったクチバシで割っている。細い手は地面に付かず、丈夫な後ろ脚で立っている。尾は太く、剛毛が上向きに生えてブラシ状になっている。
アーケオケラトプス。やはり丹波にいた恐竜の親戚だ。
もう片方の大きな窓の前には三角コーンとバーが立っていて、「抱卵中 お静かにお願いいたします」と張り紙がある。見学ロボットでは騒ぎようもないが……。
中には砂地の上にさらに木の衝立が立てられ、その向こうに暗いオレンジ色の鳥がうずくまっていた。いや、鳥ではなく鳥にごく近い小さな恐竜、シノルニトイデスである。
ほっそりした首と尖った頭だけ上げて、小さな翼になっている前脚を左右に広げ、長いのであろう後ろ脚は畳んでいる。鞭のような尾は体の周りに沿って曲げられている。
おそらく体の下に卵があって、温めるか守るかしているのだろう。
小さな恐竜にもファルカリウスやガストニアのような強い個性が感じられた。しかし威圧されたりはしない。
もっと小さな部屋には恐竜より小さい動物達が展示されていた。
トカゲが二種類、体が大きく頭も丸くて大きいパキゲニスと、小さくて頭がほっそりしたモロハサウルス。大小といってもどちらも普通に見かけるトカゲよりはだいぶ大きい。
小さな哺乳類のササヤマミロスは一見ネズミに似ているが、あくびをすると長い口から牙が覗く。こうした小さなハンターが揃っていては、もっと小さい生き物にとって過酷な世界だったのかもしれない。
いや、それは虫を食べる生き物がいくらでもいる今の野山も同じことか。
順路はいっそう暗くなり、壁と床が黒に変わる。
水音と、それに混じって何か聞き覚えのある鳴き声も聞こえる。たくさんのカエルが鳴き交わしているのだ。
新たな窓の中には池の淵を再現したジオラマがあった。
何十匹という数の指先程しかないカエルが思い思いの場所に座って、あるいは泳いで、喉を震わせてケロケロと鳴いている。
身近なカエルそのものに見えて心が和んだが、よく目を凝らせば頭が幅広く、日本では見かけない顔をしている。
やはりこれも丹波の地層から発見されたカエルなのだ。ヒョウゴバトラクスとタンババトラクス、二種類の名前があるが圭には見分けがつかなかった。
さっきのトカゲや哺乳類、そしてこのカエル。タンバティタニス達の世界は指先程の細部にまで及んでいる。
それでも、やはり今のカエルを意識して見るものなのだろうと圭は考えた。カエルのいる部屋の向こう側の壁もガラスでできていて、建物の外の池が見えるからだ。
水草が茂り、周りの草に囲まれていて、いかにもカエルがいそうな環境だった。
池の中が見える大窓と、恐竜の三本指の足跡を模したいくつかの浅い水槽で展示室は終わっていた。
水槽の底には黒い二枚貝が半分埋もれて立ち、金魚鉢に植えられそうな藻が茂っている。また水底を白胡麻のような虫や大豆のような虫、また丸っこい巻貝がうろついている。
これらはさすがに今の生き物だというが、足跡の水槽に添えられた小さな足跡の形の標本ケースにはそれらとほとんど同じ姿の化石がある。
タンバティタニスの世界はついに極小の世界まで及んでしまった。
ということはもしやと思って外の池の中に目を凝らす……見学ロボットに浅い水底をクローズアップさせると、まず黒い二枚貝、イシガイの仲間の姿があった。
奥にはシャジクモが生えているし、手前の水底と窓ガラスが接しているところを白胡麻のような虫、カイミジンコが行き交っている。
泥の上をのたくる足跡はタニシが付けたものだ。そこに大豆、いや二枚貝のような殻を持ったカイエビが通りかかる。
圭にとっても見慣れた水田にいるような生き物が、当時も恐竜達の足元の水場に生きていたというのだ。
水中から顔を上げると、池の上をトンボが飛び交い、水面にカモと丸い葉の水草が浮いている。ではこれらはどうだっただろうか。池の向こうに見えるタンバティタニスと共にいたのだろうか。
手元の解説板には、なんとその疑問に応えるシステムがあるというではないか。窓の一部に薄型モニターが取り付けられているが、見学ロボット越しならゴーグルで直接使える。
コントローラーのボタンを押すと、そのシステムの働きにより風景が描き変えられた。
針葉樹以外の大部分の植物は消えるかヤシに似た低木に変わり、カモはワニとカメに置き換えられた。映像処理によりCGが重ねられたのである。多くの植物もカモも、タンバティタニスの時代にはまだ早いのだ。
空を翼竜が通り過ぎていくが、現実には大きな鳥らしい。
すっかり恐竜時代になってしまった風景の中で、逆に変わらないことで圭を驚かすものがあった。
トンボである。平然と池の上で争ったり産卵したりしている。
圭はボタンを離して風景を戻し、再びボタンを押した。それを繰り返し、当時と今の風景を見比べた。
トンボと針葉樹、一部の植物は残る。それから池の中の小さな生き物も。よく見るとカエルも当時の種類に描き変えられるだけだ。
それが分かったところで、圭はもうボタンを押さずに風景を眺めた。
池のずっと向こうにタンバティタニスが歩いている。さっきは巨大に感じたその恐竜が、今は当たり前の大きさに見えた。
タンバティタニスの世界、ではなく、生き物の世界と呼ぶべきだ。今の生き物の世界と繋がっているある時ある場所にタンバティタニスがいた、そして他の場所にモシリュウもいた、それだけのことだ。
モシリュウと違って恵まれていることを妬む意味はもうない。
順路は建物を出て池のそばを通り、山道へと続いていた。
園のゲートをくぐったときのような雑木林を進む道だ。広葉樹が茂り、セミや小鳥が鳴いている。
もしここをさっきのシステムを通して見たら、何が残るのだろうか。きっと木は全部針葉樹に、小鳥も小型恐竜か翼竜に変えられてしまうのだろう。セミはどうなるのだろうか、圭は知らなかった。
道はより急な坂につながり、周りはにぎやかな雑木林から静かで整然とした杉林に変わった。
さっきのシステムの映像を踏まえればこれは当時の森林に近い風景ということになる。
見学ロボットのキャタピラで進んでいるので疲れることもない。圭は杉林の風景をよく見ながら山道を進んでいった。
やがて木の間隔がまばらなところが見え、そこが外から柵で仕切られていることが分かった。
その中を何か歩いている。少し立てた長い首、その先の小さな頭、しかし人の背丈ほどの高さの背中。
タンバティタニスの子供……ではなかった。体が黄緑色をしている。それに頭が四角く口が短い。
エウロパサウルス。タンバティタニスより前から飼育されているタンバティタニスの小さな親戚。これくらいなら圭も動物園や牧場で見た覚えがあり、特別な恐竜とは感じなかった。
しかしこの恐竜にはここにいる特別な意味がありそうだ。お手軽に出会える巨大恐竜のミニチュアという昔ながらの役目とは違うのではないか。
順路の向こう、木々の間にはまた建物がある。案内板によるとあの建物は「研究センター」でこのあたりは「研究エリア」というのだとか。
さらに柵の前の解説板には、タンバティタニスを飼育する前にこのエウロパサウルスのことを研究して知見を蓄えたとある。
圭は改めてそのタンバティタニスとは似て非なる恐竜を見つめた。圭のすぐそばで歩くエウロパサウルスの、足の付け根のしわの伸び縮み、目や鱗のつや、喉の揺れまで見える。
サバンナではなく杉の間を慎重に歩き、木の幹にくくり付けられた杉の枝から、葉を噛みちぎっては飲み込む。より大きな一頭と出くわして道を開ける。
研究のために重要だっただけあって牧場で見るのとは違っている。
奥の研究センターという建物にも見学できる部分があるようだ。圭はメスや子供のエウロパサウルスを見ながら道の奥へ進んでいった。
研究センターの中は黒一色で、丹波のトカゲや哺乳類がいたところよりずっとたくさんの窓が並んでいる。
いくつか赤い光に照らされた暗い部屋が続く。長い尾と四肢で枝にぶら下がるエオマイアをはじめとして、小さな哺乳類が何種類かいる。
さらに恐竜の時代の哺乳類に混じって現代のオポッサムも。ササヤマミロスの参考になったに違いない。
角を曲がると一転して明るい部屋ばかりなので少しだけ目がくらむ。こちらにいるのはトカゲの仲間だ。
昆虫を食べるものや植物を食べるもの、トカゲと一言で言っても様々だが、なかでも目を引くのは細長い体をくねらせて泳ぐカガナイアスだった。
丹波のパキゲニスやモロハサウルスが砂の上にたたずんでいたのとは相当異なる。当時の世界の広がりが感じられる。
次はどんな生き物が、と思って辿り着いた展示室には、しかし生きた古生物はいなかった。
いくつかの恐竜の骨格や、部分骨が展示されたホールだった。小さな博物館だといってよい。
三体並んでいるのはプロバクトロサウルスとその仲間だとすぐに分かった。小さめのフクイサウルスと大きなカムイサウルス、さらに首から先だけのヤマトサウルスまでもが、この仲間の国内での広がりを四頭揃って示している。
カムイサウルスとヤマトサウルスは黒っぽい化石の色をしている。この二種は再生されていないのだ。
外にいたエウロパサウルスの骨格もある。昔ここでの研究に大きく貢献した個体の骨だという。
エウロパサウルスの骨格に、透明な板に描かれたエウロパサウルスと同じ大きさの骨格図がいくつか並んでいる。
各地で発見された部分骨のレプリカが骨格図に対応する位置に取り付けられているが、骨格図からはみ出していて、明らかにはるかに大きな恐竜の遺したものばかりだった。
福島県で見付かった歯。熊本県で見付かった肋骨。福井県で見付かった四肢や首の一部。三重県で見付かった右の前後の脚の一部。
そして、モシリュウの上腕骨。「日本の恐竜研究の始まり」という赤いプレートが特別に付いている。
モシリュウは海岸で崩れていく地層から、これしかないというタイミングで幸運にも発見され、日本では恐竜は見付からないという意識を覆した化石だ。この幸運がなければ日本の恐竜研究は今頃こんなに発展しなかった。そう綴られている。
しかしここで何より圧倒的なのは壁面の展示だ。
プロジェクターでエウロパサウルスの様々な姿が映し出され、観察や分析の知見をまとめたスライドショーが流れる。研究発表のポスターもいくつも貼られていて、圭には理解しきれない高度なものもあった。
先に違う種類のことを研究しなければタンバティタニスのことも分からなかったのだ。
モシリュウはタンバティタニスやエウロパサウルスと似ているのだろうか、かなり違うのだろうか。タンバティタニスについて分かることが増えればそれも分かるのかもしれない。
壁の展示はエウロパサウルスのことだけではなかった。
標本ケースの中にずらりと並んだ小さな化石は、全て肉食恐竜の歯のレプリカだった。
グループごとに列が分けられているものの大まかにはどれも尖った三角形だ。さらっと見るだけのつもりだったが……、
気になる地名が標本ラベルの中にあった。岩手県、久慈。
ティラノサウルス類の列である。他の歯は長崎、石川、福井、そしてこの丹波。列の端にはシオングアンロンの口から抜けた白い歯がある。
モシリュウのいた岩手の世界とタンバティタニスのいた丹波の世界はつながっている。
そのことをはっきりと学び取って、圭はモシリュウを想う自分の心が満たされるのを感じた。
ここにはモシリュウはいないが、圭はモシリュウのいた世界のことをたくさん学んだのだ。
もう圭はモシリュウに似た恐竜にこだわらず、次にどこを見学しに行ってもよかった。
久慈にシオングアンロンより小さなティラノサウルス類がいたなら、そういう小さなティラノサウルス類がどんなものか見に行こうか。それとも国内の同じ時代の恐竜が見られるところはどうか。
この展示室の最後の展示が、楽しく迷っている圭に道を示した。
高々と円錐螺旋を描く貝殻、いや特殊なアンモナイトの殻だった。同じ兵庫県内、淡路島で発見されたディディモセラス・アワジエンゼだ。
山の上まで来て海に目が向くとは思わなかったが、今まで圭が海の化石に注意を向けていなかったことのほうが不自然だったのだ。
モシリュウは海まで流された恐竜の化石だ。だから骨一本しかなく孤独であり、しかし海の生き物であれば同じ地層から見付かっている。
ということは、水族館に行って海のことを知ってもよいのではないか。
圭の次の見学は見たいものが見られない不満から来るものではなく、見たいものを探しに行く前向きなものとなりそうだ。
もう満足してしまったのでそこで見学ロボットとの接続を切ってしまってもよかったのだが、圭はなんとなく順路を戻るほうを選んだ。
出口を探して見回すと、壁になにか圭の母親より少し若いくらいの女性の写真が二つ並んでかかっている。下に書かれた本人達からのメッセージによると、この動物園の園長と飼育課長なのだという。
思いやりと好奇心を持って古生物を見れば、きっと世界の見えかたが変わるだろう、ということを二人は書きつけていた。言われるまでもなく、圭にとって今日の見学はそのような体験であった。
日が少し傾いて、陽光が金色を帯び始めている。エウロパサウルスを囲む杉林も、下り道の雑木林も輝いていた。
林を出ると、池の向こうの広い運動場にタンバティタニスのメスのほう、ハルカの姿が見えた。首が日に照らされて美しい曲線が浮かび上がっていた。
特にゆっくり歩いていたかと思うと、さらに遅くなって立ち止まってしまった。そして首を下げ、その場で地面の砂を手足で撫でるような動きをした。
それもすぐにやめて歩き出したので圭には何をしていたか分からなかったが、ハルカは大事なことをしていたように見えた。今の圭にはそのような見かたが身に着いていた。
[ファルカリウス・ユタエンシス Falcarius utahensis]
学名の意味:ユタ州で産まれた鎌作りの職人
時代と地域:白亜紀前期(約1億2600万年前)の北米(ユタ州)
成体の全長:約4m
分類:竜盤目 獣脚類 コエルロサウリア マニラプトラ テリジノサウルス上科
ファルカリウスは、ユタ州のイエローキャット部層で発見された基盤的なテリジノサウルス類である。
属名は同じテリジノサウルス類であるテリジノサウルスTherizinosaurus(属名は「大鎌を持つ爬虫類」の意)がより派生的と考えられることにちなむ。
テリジノサウルス類は二次的に植物食に適応した獣脚類で、ファルカリウスにもテリジノサウルス類に特有の植物食に適した特徴がすでに多く見られる。
首は長く、頭部は小さかった。顎の先端はクチバシになっていた。その後ろに並んだ歯は小さく木の葉型をしていて、植物を切るのに適していた。
前肢は長く発達し、手にはフック状の爪があった。ただし前肢と爪どちらもテリジノサウルス類としては小さかった。
胴体はやや長く、植物を消化するのに必要な長い消化器官が収まったようだ。
骨盤は体重を支えるのに適応して大きくなっていたが、恥骨はより派生的なテリジノサウルス類と比べ前に向いていた。
より派生的なテリジノサウルス類では後肢の第4指が地面に接し、走行より体重を支えるのに適した幅広い足となっていたが、ファルカリウスの第4指は小さく地面に着かなかった。
頭部の特徴からすでに植物食の傾向が強かったと思われるが、テリジノサウルスやノスロニクスNothronychusのような大型のテリジノサウルス類と比べ身軽だったようだ。
[ガストニア・ブルゲイ Gastonia burgei]
学名の意味:ロバート・ガストン氏とドン・バージ氏のもの
時代と地域:白亜紀前期(約1億3000万年前)の北米(ユタ州)
成体の全長:4~6m
分類:鳥盤目 装盾亜目 曲竜下目 ノドサウルス科ポラカントゥス亜科
ガストニアは鎧竜と呼ばれる、胴体を鎧で覆われた4足歩行の植物食恐竜の一種である。
鎧竜は尾にハンマーのような骨の塊があるアンキロサウルス類と骨の塊がないノドサウルス類の2つに分けられ、さらにノドサウルス類の中にポラカントゥス類がある。
ガストニアはポラカントゥス類の中でも骨格の形態が詳しく分かっている。
胴体は幅広く、背中と尾には骨でできた棘や楕円の板(皮骨板)がいくつも並んでいた。腰には骨片が集まってできた一枚の大きな骨の板が、骨盤に重なるように乗っていた。
棘は背中に2列と、首から両脇腹にかけて1列ずつ並んでいた。いずれも三角形の板状で、背中の棘は多少厚みがあったが脇腹の棘はとても薄かった。鎧竜の皮骨板は敵からの防御のために発達したとされているが、脇腹の薄い棘は物理的な防御というより視覚的な威嚇のためのものだったのかもしれない。
四肢は短く、あまり走行に適していなかった。
頭部は穴が小さく丈夫になっていたが、同じ鎧竜のエウオプロケファルスEuoplocephalusなどと違って皮骨板と一体化してはいなかった。眼窩の下と後上方にも小さい棘があった。また関節の向きから、頭部を少し下向きに保っていたようだ。
口の前方はクチバシで、先端がやや幅広く、中央がへこんでいた。地表の植物をあまり選ばずに食べたと考えられる。
口の奥の方には小さな木の葉形の歯が生えていた。鎧竜は歯が少し磨耗していて、顎の関節が食物を咀嚼するのに多少適していたことから、クチバシで刈り取った植物を丸呑みではなく多少咀嚼して飲み込んだようだ。
[アーケオケラトプス・オオシマイ Archaeoceratops oshimai]
学名の意味:大島宏彦氏の支援により発見された祖先のケラトプス(ケラトプスは角竜類のこと。意味は「角のある顔」)
時代と地域:白亜紀前期(約1億2500万年前)のアジア(中国)
成体の全長:約0.9m
分類:鳥盤目 周飾頭亜目 角竜下目 新角竜類 アーケオケラトプス科
トリケラトプスTriceratopsなどが属する角竜類は、初期にはインロンYinlongやプシッタコサウルスPsittacosaurusのような小型で角やフリルのない、少なくとも一部は二足歩行の恐竜であった。
アーケオケラトプスはそうした初期の角竜類の体型を維持しつつ、後のフリルが発達した新角竜類につながる特徴を持っていた。甘粛省にある新民堡群の、半乾燥・亜熱帯気候において河川で堆積した地層で発見された。
依然として二足歩行で角は持たないものの、ごく小さなフリルにより頭骨の後方が角ばった形になっていた。クチバシは鋭く発達していた。
[シノルニトイデス・ヤンギ Sinornithoides youngi]
学名の意味:楊鍾健氏の中国の鳥に似たもの
時代と地域:白亜紀前期(約1億1000万年前)のアジア(中国)
成体の全長:約1m
分類:竜盤目 獣脚類 コエルロサウリア マニラプトラ トロオドン科
トロオドン科はドロマエオサウルス科と並んで特に鳥類に近い恐竜のグループである。内モンゴル自治区オルドス盆地の伊金霍洛層で、胴部を除く大部分が丸まって眠ったような姿勢で発見された。
口先が尖っていて四肢が長い、身軽な体型をした小型の肉食恐竜である。昆虫や小型の脊椎動物を捕食していたと考えられる。
発見時の丸まって眠ったような姿勢を詳しく見ると、両足を揃えてかがんで、鳥類が翼を畳むのと同じようにして前肢を畳んでいる。そして首を左に曲げて、頭を左の前肢の下に潜り込ませ、尾全体を体の周囲に沿わせるように曲げている。これは現生の鳥類のように眠る間に体温が逃げないよう体の表面積を減らして眠っていたのだと考えられている。
アメリカのツー・メディスン層からトロオドン類の卵や巣が複数発見されていて、地面に穴を掘って巣とし細長い卵を産んでいたことや、オスメスどちらかは分からないが巣の上で卵を守っていたことなどが分かっている。
[パキゲニス・アダチイ Pachygenys adachii]
学名の意味:足立洌氏の分厚い下顎
時代と地域:白亜紀前期(約1億年前)の東アジア(日本)
成体の全長:不明(70cm?)
分類:有鱗目 スキンク形類
パキゲニスは山東省でトラステサ種P.thlastesa、篠山層群の大山下層上部でアダチイ種のともに下顎のみが発見されているやや大型のトカゲである。歯骨の前方にのみ9本の大きな歯が生えていて、そのすぐ後ろで下顎全体が曲がってシャワーヘッドのような形状になっていた。アダチイ種の歯はトラステサ種より尖っていた。
アダチイ種の発見されている下顎の標本は約27mmあるが、全身の姿は明らかになっていない。全長が数十センチあって高い下顎に見合った丸い頭を持つ姿が想定されている。
[モロハサウルス・カミタキエンシス Morohasaurus kamitakiensis]
学名の意味:上滝で発見された両刃の歯を持った爬虫類
時代と地域:白亜紀前期(約1億年前)の東アジア(日本)
成体の全長:不明(30cm?)
分類:有鱗目 オオトカゲ下目 モンスターサウルス類
モロハサウルスは篠山層群の大山下層上部から発見されたモンスターサウルス類、つまりドクトカゲ科にかなり近縁なトカゲである。
2cmほどの歯骨が発見されていて、前方に小さな歯が3つ、中程に長く鋭い歯が2つ残っている。属名は中程の歯の形状から名付けられた。また歯の形状からモンスターサウルス類に分類されていて、既知で最古のモンスターサウルス類となる。
篠山層群からはパキゲニスとモロハサウルスの他にも数種ほどのトカゲが発見されている。
[ササヤマミロス・カワイイ Sasayamamylos kawaii]
学名の意味:河合雅雄氏の篠山の臼歯
時代と地域:白亜紀前期(約1億年前)の東アジア(日本)
成体の体長:約15cm
分類:真獣下綱 アジオリクテス目
ササヤマミロスは篠山層群の大山下層上部から発見された哺乳類である。
発見されたのは下顎のみだが保存状態が良く、犬歯は長く、臼歯も尖った形で発達していた。切歯:犬歯:小臼歯:大臼歯の数が3~4:1:4:3と現在の真獣類に共通した歯式を持っていることからエオマイアなどと並んで最古級の真獣類であると考えられる。
[エオマイア・スカンソリア Eomaia scansoria]
学名の意味:登る暁の母
時代と地域:白亜紀前期(約1億2500万年前)のアジア(中国)
成体の体長:約10cm
分類:真獣下綱
エオマイアは遼寧省の義県層から発見された最古級の真獣類である。
毛の痕跡も残っているほぼ完全な化石が発見されている。ササヤマミロスと同様に現在の真獣類に近い歯式を持っているが、切歯と小臼歯が多い。
四肢、特に中手骨と中足骨はあまり長くなく、手と足の指の形がよく似ていた。尾は細長かった。他にも四肢の様々な形態から、枝を掴んで木に登る樹上生であったと考えられている。
骨盤の幅が狭いことなどから、真獣類であるとはいえ胎盤は未発達で有袋類のように未熟な子供を産んでいたと考えられる。
[ハイイロジネズミオポッサム Monodelphis domestica]
時代と地域:現世の南米(主にブラジル中部~南西部)
成体の体長:10~15cm
分類:後獣下綱 有袋上目 オポッサム目 オポッサム科
有袋類の中でもオポッサムは南北アメリカ大陸に多く見られる。オポッサムには育児嚢がないものも多く、ハイイロジネズミオポッサムもそのうちのひとつである。未熟な子供は母親の腹にしがみついて育つ。
ハイイロジメズミオポッサムは体つきや毛の少ない長い尾など、ネズミによく似た姿をしている。しかし切歯があまり発達せず犬歯が発達しているなど、ネズミとはかなり異なる歯を持っていて肉食傾向が強く、昆虫やネズミを含む小動物を捕食する。
このため民家に住みつくことがある一方でネズミと違って害獣とは見なされていない。また実験動物としても利用されている。
[カガナイアス・ハクサンエンシス Kaganaias hakusanensis]
学名の意味:白山で発見された加賀の水の妖精
時代と地域:白亜紀前期(約1億3000万年前)の東アジア(日本)
成体の全長:推定40~50cm
分類:有鱗目 ドリコサウルス科
手取層群の露頭である白山市桑島の桑島化石壁からも複数のトカゲが発見されていて、カガナイアスはそのうちのひとつである。ドリコサウルス科というモササウルス類に近縁でヘビの起源にも近いと考えられるグループに属する。ドリコサウルス科としては最古であり、またヨーロッパ以外では唯一のものである。
細長い胴体全体と尾の付け根、短い大腿骨が発見されている。長い体と非常に短い四肢を持ち、体をくねらせて浅い沼のようなところを泳いだようだ。
[フクイサウルス・テトリエンシス Fukuisaurus tetoriensis]
学名の意味:手取層群で発見された福井の爬虫類
時代と地域:白亜紀前期(約1億2500万年前)の東アジア(日本)
成体の全長:5~6m
分類:鳥盤目 鳥脚類 イグアノドンティア アンキロポレクシア
フクイサウルスは、現在の日本国内で初めて新種と認められ命名された植物食恐竜である。
1989年からの恐竜化石調査で発見され、当初はフクイリュウという愛称で呼ばれていた。
頭骨、脊椎、四肢の一部などが発見されている。このうち頭骨が特によく揃っていて、命名の根拠となった。
いわゆるイグアノドン類と呼ばれる二足歩行(場合によって四足歩行)の植物食恐竜の中でも、イグアノドンIguanodonやアルティリヌスAltirhinusといった派生的なものに近縁だったとされる。
鳥脚類は基盤的なものからイグアノドンティア、そしてその中のハドロサウルス類へと派生していく中で咀嚼能力を発達させていったと考えられている。しかしフクイサウルスは近縁種と違って、プレウロキネシスという咀嚼に深く関わる特徴を失っていた。
プレウロキネシスとは、派生的なイグアノドンティアが持っていた、上顎の歯が生えた部分の骨(上顎骨)が外側に可動する性質である。これにより顎を上下に動かしたとき、歯の咬合面は噛み合うだけでなくこすれあう動きをするため、食べたものが効率よくすり潰される。これは植物の固い細胞壁を破壊し栄養のある細胞質を消化できるようにする効率を上げる適応であると考えられる。
しかしフクイサウルスの上顎骨は強く固定されていて動くことはなかった。
このことから、フクイサウルスは他のイグアノドン類とは異なる食性をしていたと考えられている。すり潰すより噛み切ることに適応して木の枝などを食べていたのかもしれない。
歯自体は近縁のアルティリヌスのものとよく似て、稜が目立った。
顎の先端のクチバシを形成する骨(上の前上顎骨と下の前歯骨)はやや幅が狭く、特に前上顎骨は上から見るとV字をしていた。
上腕骨はイグアノドンと違って細くてやや短く、二足歩行をすることが多かったと思われる。
[カムイサウルス・ジャポニクス(むかわ竜) Kamuysaurus japonicus]
学名の意味:日本のカムイの爬虫類
時代と地域:白亜紀後期(約7200万年前)のアジア(日本)
成体の全長:約8m
分類:鳥盤目 鳥脚類 ハドロサウルス上科 ハドロサウルス科 エドモントサウルス族
カムイサウルスは、北海道むかわ町にある蝦夷層群の露頭から発見された、エドモントサウルスEdomontosaurusに近縁な派生的なハドロサウルス類である。
蝦夷層群はアンモナイトが多く発掘される海成層であるため、2003年に尾椎が発見されてから2010年に佐藤たまき准教授が恐竜であることを明らかにするまで首長竜であると考えられていた。
研究は首長竜の専門家である佐藤准教授から恐竜の専門家である小林快次准教授(当時)に引き継がれた。そして、沖合の地層で発見されたにもかかわらず状態が良いことから腐敗が大きく進行する前にガスが溜まって流された死体であったことが見抜かれ、ほぼ全身の化石が発見された。
ハドロサウルス類はフクイサウルスやプロバクトロサウルスより派生的な鳥脚類で、歯の列が多くデンタルバッテリーがより発達している。
エドモントサウルス族にはランベオサウルス亜科のような骨でできた中空のトサカはなかったが、カムイサウルスには頭頂部に中空でない平たいトサカがあったようだ。またカムイサウルスは骨の組織に残された成長の痕跡から成体であると考えられるものの、頭骨がやや前後に短かかったのも特徴である。
第6~第12胴椎の棘突起が前方に傾斜していたのも特徴である。前肢の筋肉の付き方に関連していた可能性があるが、前肢はやや細かった。
[ヤマトサウルス・イザナギイ Yamatosaurus izanagii]
学名の意味:伊弉諾の倭の爬虫類
時代と地域:白亜紀後期(約7200万年前)のアジア(日本)
成体の全長:推定7~8m
分類:鳥盤目 鳥脚類 ハドロサウルス上科
ヤマトサウルスは淡路島の和泉層群北阿万層の地層から発見された、白亜紀のほぼ末期であったにも関わらず基盤的なハドロサウルス類である。
下顎、頸椎の一部、烏口骨、尾椎1つのみが発見されたが、これらから基盤的なハドロサウルス類の特徴が読み取られている。歯の咬合面には分岐稜線がなく、またデンタルバッテリーの一部に機能する歯が一つしかない部分があった。さらに烏口骨の上腕二頭筋結節という突起が未発達であった。
このような基盤的な特徴を持つハドロサウルス類が、カムイサウルスのような派生的なハドロサウルス類とほぼ同じ時期に今の日本に当たる地域に生息していたことから、ハドロサウルス類の分布の広がりかたや住み分けに関して大きな情報をもたらすものである。
[ディディモセラス・アワジエンゼ Didymoceras awajiense]
学名の意味:淡路で発見された一対の角
時代と地域:白亜紀後期(7500万年前)の西日本
成体の殻長:約20cm
分類:軟体動物門 頭足綱 アンモナイト類 アンモナイト目 アンキロセラス亜目 ツリリテス上科 ノストセラス科
平面渦巻状ではないアンモナイトを「異常巻き」と呼ぶが、異常という呼び名は付いているものの病的あるいは末期的なものではなく、円盤状の巻き方と同じ法則で説明できるものであることが数学的に検証されている。ノストセラス科は主な異常巻きアンモナイトのグループのひとつである。ディディモセラス・アワジエンゼは和歌山から四国にかけて堆積した外和泉層群を代表する異常巻きアンモナイトである。
逆U字のフックで始まって円錐螺旋状に巻き、最後はU字形のフックで終わるという複雑な巻き方をする。巻き方が「右巻き」のものと「左巻き」のものの2通りが1対1の比率で見付かっている。
殻は成長とともに始点から伸び、その内部は気体の入った気室と身の詰まった住房に分かれるため、このような複雑な巻き方をするアンモナイトは、気室の浮力と住房の重力のバランスが成長とともに変化し、姿勢も変わったはずである。ただ殻口の向きはあまり変化しなかったようだ。
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