Section9 夜の月

 金曜日。

 酔いが回り、辺りの視界はどうしようもなく歪んでいた。


 それはべつに大したことではないのだ。


 それよりも、家に帰ってから妻と話を交えなくてはいけないことの方が僕の気持ちを十分に落としていた。


 離婚。その言葉が持つ重みをしったのはつい最近のこと。妻に言われた「私たち別れた方がいいと思うの」といった言葉を聞いてからだ。


 「離婚したいのか?」

 僕の言葉は何の意味も持たずに、ただ空虚にその空気の中に消えてしまった。


 それは、妻の頷くその仕草でよく分かった。


 「仕事から帰ったらもう一度話そう」


 僕はそう言って家を出てきた。


 それから長い一日は終わりを迎え、同僚に誘われるままに酒を飲んだ。

 時計は12時を回っている。


 「今日仕事が終わったら話すって言ったじゃない!」


 そう言葉をあびせられたらどうしようか。


 そんなことを考えながら、家へと続く電車へと乗り込んだ。


 月はただ、僕を照らす以外には何もしてくれなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る