第13話 「花祭りの日、この子をくれるかな?」
「ふふ、大変そうだね」
「……アル、楽しんでない?」
「まさか、そんな…………ねぇ?」
そう言いながら、満面の笑顔だけど? ジト目で見ても、ニコリと微笑み返された。
久々に屋敷に来たアルは、いつも通り私に料理を要求してきた。作ったご飯をペロリと完食した彼は、今は出したデザートのシャーベットに手をつけ始めてる。
「それで君は、この氷菓子を出店するにあたって、こんなに試作品を作ったのかな?」
「……うん」
アルの目の前に並んだのは、色とりどりのシャーベット。全部違う種類の果実が材料だからとっても鮮やか。
アルにどれを食べたいか聞いたら、「全てかな」なんて返事があった結果なんだけど。本当にこれ全部、食べきるつもりなのかな?
「うーん? まだ一つしか口にはしていないけど、私にとっては
「どれを材料にしたら一番おいしいのか、確かめるためにぜひ作ってくれって言われて」
そう言い出したのは、セバスチャンさん。
私自身、あんなに簡単にライトアップルのシャーベットを売り出していいのか不安だったのもあって
あれから、あれよあれよという間に、すっかりシャーベットが花祭りに出店することは決定事項になってた。
というより、あの話が出た日の夕飯時には決まってた。なぜなら、アンジェさんとジョシュアさんにご飯を食べながら話題に出されて、応援されたから。行動が早いよ、セバスチャンさん!
もう日にちもないし、出す内容に迷ってる場合じゃないけど、
だってこのシャーベット、マクファーソン商会の新商品として出すって聞いたから。
重い! 責任が重すぎるよ!
マクファーソン商会がこの国でどれほど大きい会社なのかは、まだ正確にはわかってないけど。少なくても、こんな広い屋敷を所有してるくらいには力があるってことだよね!? そんな会社の新商品とか……!
「なんでこんなことになったのかな……」
「ふふふ」
こんなことに悩むのも、もう何回目なのかな。ううん、考えたって仕方ないとはわかってはいるけど。
ため息をつく私をよそに、アルは楽しそう。
「そこまで気合いが入っているなら、リオンは花祭りには行くつもりかな?」
「え……?」
急になに? 行くつもりも何も、勤務だと思うんだけど。気合いとの関連性もわからないよ。
「その日は普通に屋敷で働いてると思う」
「ふぅん? 興味はない? 例えば、自分が考案した物が店に並んでる光景とかは?」
「それは……」
気にならない、って言ったら嘘になる。でも、気軽に行きたいなんて言えない。本来は働く日なのに、私のワガママで休みをもらうなんて。
とっさにすぐには答えられなくて、言葉につまってしまった。アルはそんな私の様子を、目を細めて見ている。
「そんな遠慮なんてする必要などないと思うけれど。まぁ、君には厳しいことかな」
遠慮……なのかな? 私としては、普通の考えだと思うけど。
「では、私の方からマクファーソン夫妻に話を通しておくとするよ。君が花祭りに行けるように、ね」
「…………?」
え。
「!? え、ええっ!? あのっ、そのっ、アル何言い出してるの!?」
「うん? 良い案とは思わないかな?」
「良い案とか、そういう問題じゃなくって!」
そこじゃなく、私が言いたいのは他の人に迷惑をかけてまで休むのがどうかって悩んでたのに。
アルが話を通すっていうのができるか疑ってはいないよ。むしろ、なんらかの手段でやらかしそうな予感はする。王宮図書の許可証もあっさりもらったけど、大層な代物だったし。同様の事件が起こりそうな……!
ああもう、いろんな意味で不安になる発言でしかないよ!
「君は花祭りに視察もとい観光に行ける。良いことじゃないか」
私が戸惑う姿を見て、コテンと小首を傾げてる。その心底不思議そうな表情じゃ、私がどうして困ってるかわかってないよね。
「でも、周りに迷惑が……!」
「それくらい許されるよ。リオンがここに来るまでの人数に一日だけ戻るだけだよ」
それは、そうだけど。だからって図太く休む神経とか持ってないし、第一、アルを利用して休みをもぎ取ったみたいで嫌だよ。
困惑して口ごもってばかりで、何を言い返したらいいのかわからない。状況がのみ込めない私に、さらなる追撃を落としてきた。
「後ろめたいから気が進まないなら、私に付き添いを頼まれたということにしようか」
「え!?」
「そうすれば違いなく休みとしての空きではなく、接待としての空きとなるよ」
「……だからそうじゃなくって!」
ああもう! 話が通じてないよ!
むしろアルはわざとわかってないフリをしてるの!? ……やわらかい笑みを浮かべてるアルの目から感情は読めない。
…………うん、ありえそう! アルって意外と黒いところあるから。
「アル? からかってる、よね?」
「ふふ、イジワルが過ぎたかな? だけど、冗談のつもりはないよ。一つの意見として心にとどめといて。ただし、その時は私と一緒に祭りを巡ってもらおうかな」
「……」
……やっぱり私が悩んでるのを楽しんでる。まさにご
ため息をついて文句を言おうとした。だけど、急に現れたら人によってそれはできなかった。
「またここですか……! 私の探し人はことごとくここに集まる習性でもあるのですか」
「やぁ、レイモンド。邪魔してるよ」
お面の
……あ、ち、違った。すっごく怒ってるレイモンドさんの顔だった。
にしても、またアルってば約束すっぽかしてこっちに来てたの?
全く悪びれてないみたいで、紅茶を楽しんでるし。
「何をのんきにあいさつをしてるのですか。この屋敷に来た際には、まずは来客室へ足を運びなさいと散々伝えたはずですが」
「そうだったかな? 忘れてしまったよ」
「あなたと言う人は……!」
レイモンドさんが歯ぎしりをするギリィッて音が聞こえる。眉間のシワがますます深くなってるよ。つまようじとかその溝にはさめそう。
アルはのほほんと我関せずって態度を一貫してる。だからレイモンドさんのイラついた様子もわかってるはずなのに、無視してマイペースに話題を振った。
「そうそう、レイモンド。花祭りの日、この子をくれるかな?」
「え?」
「…………ハァ?」
え、ちょっとアル? くれってどういうこと?
彼の突拍子もない話に、目を白黒しちゃって固まったのは私だけじゃなかったみたい。
レイモンドさんも
三人の中で唯一平然としてるアルは、
「気に入っている彼女と花祭りを共に巡れたら、さぞかし楽しめるんじゃないかと思ってね。いいだろう? 一日くらい」
「え、ええ!? あの、アル!?」
さっきは選択肢あったのに、今のだと私と花祭りに行くのはほぼ決定みたいな言い方じゃなかったかな!?
「その日は休みをとらせません」
「それを決めるのは君ではないよね? マクファーソン夫妻だと思ったのだけれど。それともなにかい? 彼女は君の所有物だとでも?」
「……」
…………あれ、なんだろう。レイモンドさんの言い方がやけに引っかかるような。
「一人だけ特別に休みを取らせるわけにいかないから反対」とは、なんかニュアンスが違うような。
かつてないくらい、
私なら絶対に身を凍らせる絶対零度の視線を、微笑んで受けとめるアルの神経はどうかしてると思う。いつの間にかシャーベットも平らげてるし。
レイモンドさんは平然としてるアルを睨みながら、鼻で笑った。
「
………………?
「え? あの、そんなの初耳で――」
「そうですよね、クガ? 私は以前お伝えしたはずで、あなたの了承も得たはずです」
レイモンドさんが横目に私を
記憶の中を探っても、そんなこと一度だって言われた覚えがないけど。
「あれ? そうなの、リオン?」
「ええっと……」
探るようなアルの視線に、思わず口ごもって返事を迷う。……どう答えよう。正直に「そんなことしてない」って言ったら、レイモンドさんが怒る予感がする。
冷気を放ちながら、レイモンドさんがゆっくりと口を開いた。
「了承、しましたよね?」
肩がズシンと重くなったような重圧が……! ここで否定したら、後が怖いってことくらい予想つくよ!
アルに嘘をつく罪悪感と、レイモンドさんとの後の対応を比べたら、即座に選択は決まった。
「……はい」
コックリ
心なしか、空気が軽くなったような気もするよ。無意識に入っていた肩の力が抜けて、
「ふぅん? そっか、それは残念。せっかくリオンとデートできると思ったんだけれど」
「へ!? デ、デートって、アル!? 何言ってるの?」
「うん? 言葉通りの意だけれど?」
そんな笑顔で返されても、冗談なのか本気なのかの分別がつかないよ!
「でもレイモンドは多忙な身の上だから、もしかしたらリオンも当日空くかもしれないよね? 一応当日屋敷によっても――」
「ご心配なく。そんな心労は一切無駄ですので、あなたはどうぞお一人で向かってください。ああそうです、あの野生児でも誘ってはいかがです?」
「相変わらず、レイモンドの冗談は
「おや、独り身同士都合がいいでしょう?」
「私は好みがうるさいから、誰でもいい節操無しなあいつとは違うよ」
レイモンドさんの毒舌を、アルが笑顔でいなしてる。二人とも、何気なくサラッとひどいこと言ってないかな? その被害は主にハーヴェイさんが受けてるような気がする。
ええと、何だかよくわからないうちに流れで頷いちゃったけど。私もしかして、ううん、もしかしなくても、レイモンドさんと花祭りに一緒に行くの?
……え? 本当に?
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