番外編 7
にわかに見えてきた希望に涙がでそうだった。ぎゅっと装備品たちを抱きしめる。頭の上で<当千>が心配そうに鳴いた。サクヤも下からのぞき込んでどうかしたのかとうかがってくる。おもむろに手をひかれて、先ほどまで寝ていた部屋に戻る。
「ここで着替え、て。終わったら言って、ね」
パタンと障子が閉まるのと一緒に涙がぼろぼろとこぼれ出る。
こわかった。本当は。死んでしまうこわさではなく<当千>がいなくなってしまったらというこわくてたまらなかった。それでも、仲間たちのもとに帰れることに安堵して、うれしくて。でも、もし僕がいないところで仲間たちが傷ついていたらと思うとこわくてたまらない。
自分でも制御できない様々な感情がめぐって苦しかった。それにつられるように早まっていく鼓動もおそろしかった。
声もなくぼろぼろとみっともなくこぼれる涙が<当千>の頭、その硬い鱗を濡らす。
「キュア!? キュアア」
<当千>は頭の上に落ちてきた水滴に驚き、顔をあげると僕が泣いていることにさらに驚いた様子だった。慰めのように甘い声で鳴いて、小さい手が一生懸命に僕の目元をこすって涙を拭おうとしていることにすら涙腺が緩んだ。
「どうかした、の。・・・入る、ね」
返事をしない僕にサクヤが部屋の中に入ってくる。
部屋の真ん中で立ち尽くして、装備品を抱きしめ泣いている僕を見て、サクヤが目を見開く。
いまだこぼれ続ける涙を拭いもせずそのまま立っていると、サクヤが近づいてきた。
袖を引かれるままにしゃがみ込むと、ぎゅっと抱きしめられた。
子供特有の甘い匂いが鼻をくすぐる。早く涙を止めないと濡れちゃうなと思いつつも、何かがあふれ出したようにそれは止まらなかった。
「いっぱい、こわかった、ね」
そう。こわかった。
<当千>を失うかもしれないことも、崖から落ちたことも。それよりずっと前、アリーナチャンピオンになって注目されることも。チャンピオンになるためにたくさんの大人と戦わなくちゃいけなかったことも。旅をすることも、スクールでいじめられたことも。
全てがこわかった。
抱きしめられて背中をあやすようにぽんぽんと叩かれる。そのリズムが心地よくて、ずっとそうしていたい気すらした。
「よく頑張りまし、た」
幼馴染がいじめっ子を蹴散らしてくれるよりも、いじめに耐えたことを。アリーナチャンピオンなったことよりも、そこに行きつくまでに幼馴染やたくさんの大人と戦わなきゃいけなかったことを。本当はこわくてたまらなかった僕は、本当はその一言だけがどうしてもほしかった。
『天才』なんかじゃない。『天才』になれない僕の、その頑張りを。ずっと誰かに認めてもらいたかった。
「ツキヒはいい、子。よく頑張った、ねー」
あやすリズムのまま、背中をたたくそのやさしさのまま、目の前の小さい肩口に顔をうずめる。
サクヤが濡れてしまうかもしれない、なんて考えはこの時の僕にはなかった。ただ、自分でも制御できない様々な感情の奔流がなだらかに、穏やかに変わっていくのを感じて、その心地よさに目を閉じた。
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