2
「誰?」
「自分から名乗れよ」
「・・・ツキヒ。アリーナチャンピオン。サクヤ探してた」
「ティオヴァルト。冒険者兼奴隷。今はこいつに買われて一緒に冒険者やってる」
「奴隷?」
奴隷? と不思議そうに聞いてくる目はただ純粋に疑問を表していた。そこに嫌悪やそれに準じる感情は見えないものの、その黒い瞳の奥で何かが燃え上がったような気がした。
周りは固唾をのんで2人のやり取りに耳を傾けている。
また、いまこのタイミングでギルドに入ろうとした冒険者はギルドの中からにらまれ逃げて行ったとかなんとか。
「いい子なの、よー」
「そう。よかったね」
何も答えないティオヴァルトの代わりに聞かれていることとはずれているものの、咲也子が答えた。咲也子の返答を聞いて雪山のような空気から一変、柔らかく笑い雰囲気をほころばせたツキヒに周りがぎょっとする。
ティオヴァルトの眉間のしわはどんどん深くなっていく。
(何が気に入らねえって・・・)
その全てである。咲也子と似ていることも、親しそうなことも。その全てがティオヴァルトの鼻につく。気に入らなかった。無意識に握りしめた左手には本人すら気づかない。
ふと、そんな左手に咲也子が触れる。柔らかく解くように握ってくる小さな両手に拳はゆっくりとほどかれていった。気分は一気によくなって、落ち着いた。
顔をあげるとそんな咲也子とティオヴァルトの動向をギルド全体で注視していたため、見てんじゃねえよと睨みをきかせると、ほぼ全員が視線をそらした。
そらさなかったのは血涙を流しそうなミリーと、ティオヴァルトの左手を握っている咲也子の両手に注目していたツキヒだけだった。
いや。両手を通り越して、その先にある細いウエストにつけられたポーチ部分。チェーンにつけられたカードに視線はただ、注がれていた。
「テペットしようよ」
「テペッ、ト?」
「テイカーの代わりにテスター同士を戦わせること。アリーナはそうやって戦うんだ」
「無、理」
「なんで」
「迷宮帰りだから、ひん、お疲れな、の」
「回復まで待つ」
「お昼ご飯、もまだだ、し」
「待つよ」
そもそも、冒険者には2種類ある。ティオヴァルトのように自分自身で戦う者とツキヒのようにテスターたちに代理で戦闘を任せる場合だ。アリーナは後者の方で、指揮力や団結力、判断力などを賭して勝敗を競うところなため、ミリーがよく言う汚いマッチョなテイカーのほうが少ない。
どうしても折れなさそうな雰囲気に咲也子はこっくりとうなずいてから、咲也子はティオヴァルトを連れ、ミリーのもとへ依頼品の納品と達成印をもらいに行った。そのまま回復カウンターに向かう。
自分から主人を取り上げるかもしれない存在が、まさかのバトルジャンキーでティオヴァルトは何と言っていいかわからないような難しい顔をした。
お昼ご飯は当然のようにツキヒがついてきた。
食堂ではいつもと同じ量を頼む。ツキヒも何かしら頼もうとしていたが、昼食は<虹蛇>の焼肉があることを告げるとポタージュだけを注文していた。
オープンテラスを通り過ぎ、大きなため池の前にあるベンチを陣取る。いつも通り人気がないそこで、咲也子はひんをカードから解放した
「ふぃぃぃん!」
優雅に無数の翼を羽ばたかせながら絹のような声で鳴くその生き物は確かに<壮麗>の名にふさわしい生き物だった。
ため池から首をのばして咲也子にじゃれつくひんを後目にティオヴァルトはさっさと準備を進めた。ちなみに、セットの組み立てはごちそうになるからとツキヒがやってくれ、手慣れた様子が意外だった。
「どこであったの」
「赤い湖な、の」
「いつ」
「転移しちゃった日、に」
「お金は」
「魔道具売っ、た」
会話とも言えない単語のやり取りを何回も交わしている2人に、ティオヴァルトは若干めまいがした。
普通のことのようにしているが、会話になっていることが奇跡ともいえるやりとりだ。はたから見たらいったい何について話しているのか全く分からない。
焼けた肉をほおばるツキヒとコーンスープをなめるようにゆっくりゆっくり飲み進めている咲也子。
それでも本人たちは納得したかのように次の話題にうつっていくことが恐ろしい。
ティオヴァルトにめまいを起こさせる会話は、昼食が終わるまでずっと続いた。
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