「な、ぜ?」

「龍の住処という迷宮に行ったときに呪いをかけられてしまったらしく、武器一つまともに扱えない状態なのですよ」

「呪、い?」

「ええ。・・・おいティオヴァルト、お茶を持ってきてくれ」


 ちりんちりんとベルを鳴らしながら優雅に告げる館主の声と同時に入ってきた青年には奴隷用の首輪がはまっていたが、咲也子はそれよりも気になったことがあった。彼の身長だ。

 

 なぜなら、大きかったから。すごく、大きい。咲也子が立ってみても腰に届くかというくらい足が長く、2m近くあるのではないかと思われる長身。元冒険者らしく黒いスラックスと半袖Tシャツの下の筋肉は服の上から見てもわかるほどに隆々としていて袖口から見える腕には古傷がのぞいていた。


 金色でざんばらに切られた髪は肩にかかる程度で、何より目についたのが睨むかのような鋭い視線と、片目にうつる複雑な呪印だった。

 

 フードをかぶったままの瞳で無意識のうちに‘暴食‘の情報収納を使い呪印を当てはめ考えていると、目線を当てたままだったのが気に入らなかったのか雑に置かれた茶器が、がちゃんと音を立てた。中身はこぼれなかったが、粗野な置き方に咲也子が目を丸くする。


「ティオヴァルト!」


 たしなめるように声をかける館主にすら舌打ちで返す。そんなティオヴァルトにため息をこぼすと、咲也子に向かって館主は深々と頭を下げた。こてりと首を傾げながら、咲也子は金の縁取りがされたソーサーを一周指先でなぞる。


「すみません。以前は『Sランカーでただ一人のソロ』と言われるほどの力量を誇っていたのですが、呪いを受けてからというもの、武器を一切扱えなくなってしまって」

「この子、が」

「はい、元冒険者の奴隷です」


 申し訳ないと先ほどから下がりっぱなしの頭に、気にしていないと声をかける。

 顔をあげるとあからさまにほっとした顔で、薔薇の花弁が浮かぶ紅茶を勧めた。薔薇の香りが華やかなそれはこの奴隷商館特有のサービスで、主張の少ない茶葉にローズジャムを混ぜることで華やかさを出しているのだと教えてくれる。この大陸では紅茶が主流らしい。

 緻密に描かれた薔薇の花のティーカップを袖越しに持ち上げて、一口煽る。薔薇の華やかな甘さが舌に嬉しかった。


 『武器を扱えない』ということを証明しようとしたのか、館主がティオヴァルトに壁にかかっている細身のレイピアを持つように言う。いやそうに顔をしかめ動こうとしないティオヴァルトにもう一度声をかけると面倒くさそうにレイピアに向かう。


「ご覧ください」


 確かにこれでは武器を扱えないだろうとその光景は咲也子に思わせた。


 あの隆々とした筋肉から持つのはたやすいだろうと推測されるそれを両手で震えながら。やっとのことで持ち上げてはいるものの、剣先は震えて定まっていない。さらに、未知の武器でも扱うように、使い方がわからないかのように震える手で持ったまま呆然と立ち尽くしていた。確かにこれでは扱えない。


「ティオヴァルト、もういい。戻りなさい」


 館主がティオヴァルトにレイピアを置きそばに戻るように言うことでやっと動き始めた。

 武器を扱えない醜態をさらしたことや、どう見ても自分より年下の相手にあの子呼ばわりされた不快感からか、不機嫌さを隠そうともしない態度で館主の後ろに控えたティオヴァルトに再び視線を合わせる。

 鮮緑色の左目と同じ鮮緑を下地に複雑な呪印を描く右目に出会った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る