報われるべきもの
止まり木を出て右。レンガ造りの家々の高い煙突、ゴシック様式の尖塔が立ち並ぶメインストリートには、テスターが器用にお手玉をしたり、色とりどりのテントの下では敷物の上に商品を広げたりと大道芸や露店で今日も人があふれていた。
どこからか聞こえる陽気な音楽がその光景をさらに楽しげに感じさせていて。
暖かい空気が人を柔らかくさせるのか、楽し気なささやきやどこからか笑いが聞こえてくる。つられて咲也子もなんとなく楽しい気分になってくるから不思議だ。歩く足取りが若干軽くなったかのように感じた。人ごみの激しいそこを抜け、左に曲がる。まっすぐ前に見えるのは白い壁に赤い屋根と黄色い屋根の二つの館だった。
赤い屋根の方はどこかがらんどうとしているのに対し、黄色い屋根の方は甘い匂いにつられたかのように行列が並び、楽し気な笑い声が響いていた。
白い壁に赤い屋根。蔦の装飾がされ、お伽話に出てきそうなかわいらしい雰囲気を漂わせるその建物の前に、咲也子は立っている。
白い石でできた階段を上り、顔をあげたときに目に飛び込んできた看板は木の板に虫眼鏡と首輪のマーク、その下には「労力、売ります」の文字。奴隷商館だった。
なぜ咲也子がこんなところにいるかというと、話は数時間前に遡る。
「奴隷ですか」
困惑したテリアを後目に袖越しに両手で繊細な百合の意匠が美しいティーカップを傾け、若干熱めの紅茶を一口含む。
(今日もおいしい・・・)
嬉しくて咲也子のまとう雰囲気がふわりと綻んだ。思わず足を振りかけたが、寸でのところで止めた。お行儀が悪いと怒られてしまう。
進化以前ならばチェーンにつけているカードに入っているひんにも飲ませてあげたいのだが、進化後である現在の姿では店の中にすら入らないためあきらめていた。ひんもそれが分かっているのか、昼寝でもしているのか、店の中に入ってからは全く反応がなかった。
子どもが好きなのか、連日のように訪れる咲也子をテリアは大歓迎してくれる。隠し通路探索により、疲れきって来れなかった日の翌日などはおやつは山のように用意され、紅茶もお腹がたぷたぷになるまで勧められて。
差し出されたそれらを一生懸命に頬ばる咲也子を、ティーポッドを掴み自分は給仕に勤めながらにこにこと輝かんばかりの、一仕事終えたような笑顔でテリアは見ていた。
さらに紅茶が好きだということが知れてからは、毎日違うブレンドの紅茶をクッキーやケーキなどといったおやつと一緒に出してくれている。
紅茶を含みほんわりと空気に花を咲かす咲也子に、困惑に固まっていたテリアの顔も少しほころぶ。
ちなみに貴族ではないということと成人していると言った時には一瞬脱魂しかけていたが、容姿が幼いなら彼にとっての子どもの枠に入るらしかった。説明1回で信じてくれるテリアの人柄の良さに、咲也子は目頭が熱くなったことは秘密だ。
「冒険者、だれも推薦してくれなく、て。奴隷でもいいか、ら」
「はい、推薦料と言いつつお金を取る冒険者の方もいるそうなので、奴隷に推薦してもらった方が合理的ではありますね」
咲也子の脳裏に昨日の巨体の冒険者が目に浮かぶ。最後の一滴で喉を潤わせながら、推薦料とか言いそうにないが、そういうタイプに限って裏では・・・というやつなのだろうかと失礼なことを考えた咲也子の前でテリアはなるほどと頷いた。
肩にかけてある銀色の髪がさらりと前に垂れてくるのをうっとおしそうに後ろに払うと咲也子に一声かけてから席を立つ。
新しいものをくれるらしい。咲也子がクッキーをかじっていると、魔道具で瞬間的に沸かした湯。こぽこぽとかわいらしい音を立てて淹れた、柑橘系のさわやかな甘さの香りのする紅茶を差し出された。一連の動きは随分と堂に入っていて、道具屋ではなく喫茶店でもやっていけるのではないかと思わせた。
「ただ、奴隷ってどれくらいのお金か、わからなく、て」
「そうですね。負債奴隷の場合は、その奴隷の借金分の値段ですから。高価な者から比較的安価な者までいろいろですね。高価な者ほど、ろくでもないといわれてはいますが息子の借金によって父親が売られたこともあったらしいので、事情によりさまざまです」
差し出された銀の縁取りがなされたソーサーを礼を言ってから受け取る咲也子に、照れたようにテリアは笑って見せた。さわやかな香りがふくいくと立ちのぼっている。かちかちと時計の音だけが店内に響いているのが心地よかった。
どことなくオレンジがかった琥珀色の水面にテリアが映っていた。
「ただ・・・犯罪奴隷は、ええと。買うことはないでしょうが、おすすめはしません。あの、彼らは犯罪、それも重罪になればなるほど安価で売られますから」
「安い、の?」
「ええ。でも、その。こちらもひとえには言えませんが、中には主人を脅して解放させた例もあったようですし」
現在ではそんなことがないように購入時に奴隷商の方で契約印を結んでしまうそうですけどね。と続けられた言葉には若干困ったような顔をしていた。
道具屋という仕事柄奴隷につける首輪の発注なども多いらしいから、そういった伝手で話が入ってくるのだろう。
最初にも感じた感受性の強さできっと感情を拾ってしまうのだろうなと思った。能力的には向いているのだろうけれど、性格的にはきっと向いていないんだろうとティーカップの中で揺れている琥珀色を飲む。抜けるようなさわやかな甘みが美味しかった。
両手でティーカップを持ちながら、うーん首をひねらせているテリアの方を見るとよしっと声をあげにっこりと笑いかけられた。
「私が、紹介状を書きましょう」
その一言で決まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます