10


「どうなさったんですか!? 怪我が! ああこんなに!? どうなさったんですか!?」


 夕暮れ時、自動ドアである止まり木の中に入ると、ざわめきとともに受付嬢ことミリーが飛ぶように走ってきた。

 泣きそうな顔して。手には使用途中だとみられるペンを持っていたことから、本当にペンを置く時間すら惜しんでそのまま来てくれたのだということがわかった。


「大蛇が、がおーっ、て」

「大蛇!?」


 咲也子の顔に無数にできていた細かい傷や、一応絞ったのだが赤い水でピンク色に染まっているケープについた泥に再度叫びをあげた。ほかに傷はないかと探るようにぺたぺたケープを脱がして咲也子の体を触る。ケープの下の黒いワンピースまでぐっしょりと赤黒く濡れていた。

 

 咲也子がこんな格好になってしまった原因と思えるものを言うと。

 ミリーは変わらない泣きそうな顔で、その柔らかい胸に咲也子を抱きしめた。どこか甘い香りがして、一瞬もう会えない母を連想させた。


 何回もぎゅっぎゅっと抱きしめられて、そのたびに『怖かったよね』『痛いよね』と泣きそうな声で言われて、先ほど必死で耐えた叫びが口から飛び出してしまいそうで、咲也子はぎゅっと唇をかんで結んだ。 


 やがて抱きしめつつの怪我確認が終了すると、ひんを回復センターに預けた後は手当てのために救護室にひっぱり込まれた。

 白い天井に白い壁、白いカーテンに区切られたそこはベッドだった。促されるまま丸椅子に腰かける。つんと鼻を抜くような消毒液の匂いがした。


(おれ、入っていいのかな・・・)


 そこはよっぽどの重傷者しか入れないと決められていると言っていたのに、自分程度の傷で使用中の札をかけるのはいかがなものかと思ったが。


「さあて」


 さっきまでの心配そうな雰囲気から一転、にっこりと笑う顔にはどこか迫力があった。


「何があったか、詳しく話してくださいますね?」


 消毒液をしみこませた綿球片手に迫ってきたミリーに、このためだったのかと悟った。

 思わずのけぞってしまって、ぎいと丸椅子が鳴いた。

 逆光と相まって凄みを感じさせ、若干泣きそうになったのは秘密にしておきたい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る