君と俺が、生きるわけ。

蒼原悠

序章

Prologue ──孤独な夢







 あの夜、夢を見ていた。




 妙な夢だった。

 夢の中で独り、まっさらな地面の上に俺は立っていた。

 あちらこちらに矢印と看板のついた立て札が突き刺さった、不気味な雰囲気にまみれた風景。茫然と立ち尽くす俺の周囲を、数知れないほどたくさんの人間が行き交っていた。

 みんな、手元の手帳やスマートフォンを眺めたり、隣の人と話したりしながら、そして時にはぶつかり合いながら、俺の周りを自由に歩いていた。

 そんな、夢だった。


 何が起こるわけでもない。

 ただ、そこには何もない。

 こんな夢を見たのは初めてだった。今まではいつも、何かをしたり、何かになったりして、夢の中には目的が存在したのに。

 この夢は、真っ白だった。


 俺は、どこへ行けばいいの?

 俺は、何をすればいいの?

 俺は尋ねた。誰かに向かって。

 誰からも答えなんて返ってこなかった。人々はみんな、黙って俺のそばをかすめていくだけだ。

 聞きたいことはたくさんあった。なぁ、ここはどこなんだよ。俺はどうしてここにいるんだよ。俺は、何者なんだよ。

 なのに誰も、教えてくれない。誰も俺に、道を示してはくれない。

 よく分からないけど、このまま動かなければいいか。そう思った矢先、足元から不意に不気味な音が響いて、俺は即座に下を見た。

 立っている場所が、ひび割れていた。

「…………!?」

 このままここにいたらまずい。動こうと考えて顔を上げた俺は、目の前のいくつもの立て看板が朽ち果て、折れ、立っていたその足元もろとも崩れ落ちていくのを目にした。すぐ上を歩いていた人が、悲鳴を上げながら落下していく。

「あ…………!」

 かすれた声を絞り出して見下ろした崖下が、深い。暗い。怖い。

 何が、起こっている?

 俺は泣きたくなった。同時になぜか、たまらなく寂しくて、やりきれなくなった。このままここに立っていたら、足元が今にも崩壊して谷底に真っ逆さまに落ちてしまう。だからといって、どうしようもない。いつどこが崩れたっておかしくないんだ。どこが崩れるのか、どうして崩れるのか、俺には分からない。

 ああ、時間がない。誰か一人でも立ち止まって、俺を振り返ってくれたら。俺の手を取って、行くべき方角を指差してくれたら。ねぇ、誰か。誰か……。誰か……!


『誰か俺に教えてよっ! 俺はどうすれば、どうやって進んでいけばいいんだよ──っ!』




 まだ、覚えてる。

 叫んだその時、本当に誰かが俺の手を掴んだこと。その手は信じられないほどに冷たくて、でも確かに、ヒトの温もりを感じられたこと。

 そして、それが耳元に口を寄せて、つぶやくように答えたこと。






『一緒に、探そうよ』










 思えばあの日、朝になって夢から醒めた瞬間にはもう、俺は後戻りのできない橋を渡り切ってしまっていたのかもしれない。


 これは、そんな俺の『進む生きる道探し』の物語だ。






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