幸福画廊

第1話 視線の向こう

■■プロローグ

　ガラス窓に次々と水滴が当たっては弾ける。

「雨がひどくなってまいりましたね。降り込みませんか？」

　その問いが聴こえない訳ではあるまいに、白野はぼんやりとガラス窓を伝い落ちる水滴の流れを見つめていた。まだ歳若いこの屋の主は、今日も寡黙だ。

　そんな主人には慣れっこだというように背の高い男が立ち上がると、半開きの窓を閉める。

「少し冷えてまいりましたね。何か温かいものでも……」

　その言葉を遮るように、白野（シラノ）がついっと窓の外へと視線を巡らせた。

「かしこまりました。見て参りましょう」

　どうやら、今日の主は殊更に退屈しておられるようだ。部屋を出て行きながら、もう一度問い掛けてみる。

「後で、お茶を召し上がりますか？　白野様？」

　窓の外を見つめたまま、白野はこくりと頷いた。

■■１

　雨だった。足が重かった。ぐっしょりと濡れた服も髪も全てがイヤになるほど重い。ケイはもう歩けないと思った。元来、自分の感情には素直な質だ。そのままそ座り込んでしまう。水溜りの上だったが構わなかった。どうせ元からびしょ濡れだ。雨粒が地面に落ちる。水溜まりに落ちるそれはいちいち小さな波紋を広げて水面に消えていく。律儀な事だ。こんなに沢山の雨粒全てが綺麗な波紋を描くだなんて。

「バッカみたい……」

　ケイは、急に雨の歌が歌いたくなった。雨。雨には沢山の歌がある。口をついて流れ出たのは悲しい雨の歌だった。

「もしもし、ご気分でもお悪いのですか？」

　問い掛ける声にケイはムッとした。人が浸って歌ってるのに邪魔をするとは無粋な奴！

「ほっといてくれない？」

「いえ。そうも参りません」

「いいじゃない。あたしはこうして居たいの。それでのたれ死のうがあたしの勝手でしょ？」

「ここは、当館の正門前です。のたれ死なれては困ります」

　ケイは男の顔を見上げた。長身の男だった。黒い長い髪の毛を肩の辺りで縛っている。大きな蝙蝠傘を差していた。ケイの方にさしかけているので、広い肩が濡れてしまっている。着ているスーツは上等そうだった。

　なるほど。言われて気づいたが、ケイが今まで寄りかかっていた場所は大きな鉄の門だった。格式のありそうな門構え。奥には立派な洋館が見える。

「分ったわよ。どこか他に行けばイイんでしょ？　悪かったわ」

　歌を中断されて頭に来たが、考えてみれば人の家の玄関先で座り込んでいる自分が悪い。

ケイは「よっこらしょ」と立ち上がった。根は素直な質なのだ。

「よろしければ、雨宿りして行かれては？」

「え？」

「そんなにびしょ濡れでは風邪をひきますよ。悪化して肺炎にでもなったら、のたれ死にです。それでは私も寝覚めが悪いですし。なにより、主が退屈致しております。どうぞ温かいお茶なりと」

　長身の男はそう言ってにっこりと微笑んだ。

　招き入れられた館には、壁という壁に沢山の絵画が飾られていた。小品もあれば、かなり大きな額もある。一体ここはどういう館なのだろう？　館はシンとしていた。大体、この辺りにこんな立派な洋館が建っているというのもおかしい。ここはケイがいつか歌手として成功した暁に住んでやろう！　と夢を抱いた高級住宅街とはほど遠い。寧ろハレムに近い場所ではなかろうか？

「随分沢山の絵があるのね」

　ケイは前を歩く男にそう言った。アヤシゲな館だと思うのに怖くない。それどころか、ほっと和む雰囲気がこの館にはあった。

「全て当家の主人が描いたものでございます」　男が応える。

「そう、画家さんのお屋敷なの。あたし、絵のコトなんて分んないけど、でも……みんな温かいカンジなのね」

　優しい雰囲気はこの沢山の絵のせいかしら？　男がちょっと振り返った。

「左様でございますね。主はいつも幸福をモチーフに描いておりますので。それがウリなんですよ」

　そう言って少しイタズラぽく笑った。よく見るとかなりハンサムだ。しかも若い。その割りに丁重すぎる言葉が板に付いている。さっき言った男の言葉が引っかかる。

「幸福がモチーフ？」

「どうぞ、シャワーをお使い下さい。服はそちらのクローゼットからお好みのものを。お支度が済みましたら、廊下を右にいらして下さい。温かい飲み物を用意しておきますので」

　ケイの問いには応えぬまま、一礼すると男はドアを出て行った。

　幸福がモチーフ。そう言えばそんな話を聞いたことがあった気がする。公爵や伯爵。その他多くの金持ち達がどれほどの大金を積む事も惜しまないと言う幸福画廊の絵の話を。

■■２

　幸福画廊

　その画廊の絵を見ると、人は幸せになると言う。これまでに味わったことのないような幸福感を得ると言う。その絵を手に入れる為に世の金持達はこぞって大金を積むと言う。全財産を叩いても惜しくない程の幸福がその絵の中にはあるのだと言う。

「ここって、もしかしてあの有名な幸福画廊ってトコなの？」

　身支度を整えたケイが通されたのは、品の良い調度品の並ぶ一室だった。金持ちのパーティに招かれて歌うこともあったケイだが、なんと言うのか、格が違う。

　噂だけは知っているけど、誰もその場所を知る人はない幸福画廊。ケイには確信めいた予感があった。夢物語なのだと思っていたそれはきっとここなのだ。

「画廊というより本来はアトリエなのですが。最近はその名で呼ばれることが多いようですね」

　男がそう言って辺りを見回す。この部屋の壁にも廊下にも幾つもの絵画が飾られている。

　やっぱりここが幸福画廊なんだわ。この絵を見るとすっごく幸せになれるんだ。胸が高鳴る。さっきまで土砂降りの雨の中で不幸のどん底だったあたしがこんなラッキーに出会うなんて。思わず絵に近寄る。見る者全てを幸福にしてくれると言う絵を少しでも間近に見たかった。手近な一枚に近づきじっと見つめてみる。男に咎められるかと思ったが、男はなにも言わなかった。

「……ヘンだわ？」

　しばらく見つめて、ケイは小さく呟やいた。　綺麗な絵だ。優しい絵だ。でも別に格段幸せになれた気はしない。カチャリと奥の扉が小さな音をたてて開かれた。

「当館の主、白野様です」

　長身の男は時代がかった一礼をして、己の主人を招きいれた。

「申し遅れましたが、私はこの館の執事で朱里（シュリ）と申します」

　朱里は、ティーカップにお茶を注ぎながらそう挨拶をした。促されてテーブルにつく。いい香りの紅茶とお茶菓子が置かれた。

「あ、あたしケイって言います。全然売れてないけど歌手なの」

　白野と呼ばれたこの屋の主は、ケイの想像よりも遥かに若かった。成人は……しているのだろうか？　線の細い少女めいた顔立ちと、それを縁取る栗色の巻き毛。画家というよりまるで白馬の王子様といった雰囲気だ。着ているものが中国服というのも意表をついている。丈の長い白の中国服にズボン。朱里と名乗った執事の方も若い。こちらは成人は終えているようだが、やはり白野の年齢と十歳もの開きはあるまいと感じる。執事然とした黒スーツという出で立ちだが、肩を越す髪の長さといい、かもし出す雰囲気といい、スーツよりは皮ジャンの方が似合いそうな若さである。

　幸福画廊。そこに暮らす住人がこんな男達だったなんて。噂で聞く画廊の雰囲気とそぐわない。いや。不可思議さという点だけ見るなら、寧ろそぐいすぎというべきか？　それに、さっきの絵。あたしじっと見たけれど……ヘンよね。やっぱり。ティーカップを口に運びながらケイは目の前の二人の男をかわるがわる見つめた。訊いてみようか、止めておこうか。多分かなり失礼な質問になるだろう。ケイはもう一度男たちをみつめた。

「もしかして紅茶はお嫌いでしたか？　コーヒーに取り替えましょうか？」

「あ、いえ。そうじゃないの。とっても美味しい紅茶だわ」

　慌てて手を振って否定する。否定しながら、腹が決まった。元来素直な質なのだ。ケイはそれが自分の唯一の長所だと信じている。

「あのぅ、ここってホントに幸福画廊なの？」

「はい」　朱里が頷く。

「ここの絵ってものすごーく高いんでしょ？」

「左様でございますね。お求めになる方のお気持ち次第とは存じますが、値がはることは確かでしょう」

「見る人みんなに幸せを運ぶ絵なんでしょ？」

「それは……ちょっと違います」

「だって、見たらすっごく幸せになれちゃうから、どんなに凄い値段でも買って行く人がいるんでしょ？　あ、もしかして、サギ？」

　思わず言ったケイに、白野と朱里は少し困ったように顔を見合わせた。

「どうも……間違った認識が伝わっているようですね。困った事です」

　朱里が大仰なため息をつき、白野がクスリと笑った。この白野という少年の声をまだ一度も聴いていない事にケイは気づいた。

「いえ。確かに白野様のお描きになる絵は見る者を幸福にする絵です。その点は間違っておりませんね」

「あら？　でもさっき、違うって」

「どうも困りましたね。貴女はとても好奇心の旺盛な方らしい」

　ケイは言われて赤くなった。雨の中で行き倒れかけていたのを助けられたその挙句に救い主の詮索をするとは、とても誉められた事ではない。

「責めているわけではありません。好奇心は生きることを楽しむ為のとても大切な道しるべです。しかし……そうでございますね」

　朱里は主人の顔を伺った。

「白野様は最近の雨続きでひどく退屈なさっているのです。ケイさんは歌手でしたね？　よろしければ貴女の歌で主人を楽しませてやって頂けませんか？　そうしたら、この画廊の話をお聞かせしましょう」

　朱里の提案にケイは驚いてしまった。

「え～!?　でもあたし売れてないのよ。ヘタクソなの。とても聴かせられたものじゃあ」

「そう仰らず。実は貴女をこの館に招くよう仰ったのは白野様なのですよ」

「え？」

「貴女の歌が聴こえたんだ。だから朱里に呼んでもらった」澄んだ声が響いた。白野だった。

「聴かせてほしいな。貴女の歌」

■■３

　白野が求めたのは雨の歌だった。歌うケイを白野はじっと見つめていた。深い深い引き込まれるような瞳の青。それはケイに森の奥の湖を連想させた。覗き込む者の全てを映し出す鏡のようにひっそりと凪いだ水面。暗い森の奥底で唯一光を反射する場所。

　ケイはいつの間にか自分が泣いていることに気づいた。雨の歌は哀しかった。切なさの水蒸気が胸の中で重なり合って雨粒になる。心の中に雨が降る。その雨音がケイの口元から音符となって溢れ出す。

　パチパチパチ……。

　ケイは室内に響く拍手に我に返った。朱里が贈ったものだった。ケイは小さく笑った。

「生まれて初めて歌を歌えた気がするわ」

「素晴らしい歌でした」

「あら？　彼は？」

　気が付けば白野が居なかった。

「主は少し疲れてしまったようでして。申し訳ございません」

「……そう。彼にはあたしの歌、気に入って貰えなかったのね」

「そうではありません。白野様は気まぐれなのです」

「彼の声はとても透き通っていてステキね。あたしより彼の方が歌手みたい」

「あの方は歌わないでしょう。お仕えしている私さえ、お声を聴くのはここの所久しぶりのことでした」

　少しグチめいた朱里の言葉に、ケイは思わず笑ってしまった。

「不思議な人なのね。貴方のご主人様って」

「はい。左様で」　朱里も微笑を浮かべた。

「白野様のお描きになる絵は見る者を幸福にします。但し、幸福になるのはお一人だけ。白野様がお描きになるのはご依頼主の一生のうちで最高に幸せな瞬間なのですよ」

　約束通り幸福画廊の話を始めた朱里の言葉は、ケイにはよく理解できないものだった。

「一番幸福な一瞬を捕らえた絵画。ですから、それを見る依頼主は最高に満ち足りた気持ちになれるのです」

「その人の一生で一番幸せな瞬間の絵？」

「はい」

「でも、すっごく幸せな時って誰でも覚えているもんじゃない？　わざわざ絵にしなくっても」

「それはどうでしょう。人は幸せに対して貪欲です。決して現在に満足しません。簡単に今の幸せを手放してしまう。次の幸せを求めて」

「……」

　何故だろう？　ケイは朱里が自分に何かを伝えようとしていると思った。

　あたし……。あたしは今の幸せに気付いていない？　ううん。違うわ。だって、あたしは幸せじゃない。歌手になりたい一心で田舎を飛び出して。でもちっとも売れなくて、それでも必死に歌って……。

「あたしは違うわ……」

「……」

　朱里の黒い瞳がケイを見ていた。白野とは違う、深い深い闇の色。怖いくらいに深い黒。

　チリン。

　静寂を破ったのは小さなベルの音だった。

「お呼びのようだ。少し失礼致します」　立ち上がった朱里に、ケイはほっと息をついた。

■■４

　ほどなく戻ってきた朱里の手には一枚の紙片が握られていた。

「これを。貴女にお渡しするように、と」

　ケイは訝しげに眉をひそめた。

「これは？」

「白野様がお描きになった貴女の絵です」

幸福画廊の？　そんな、あたしお金ないわよ。第一頼んでないし」

「お代のことはご心配なく。どうぞ」

　恐る恐る手を伸ばす。それは書類カバンくらいの大きさの画用紙に描かれたスケッチだった。ひなびた雰囲気の家屋。庭に面した縁側に一人の年老いた女が座っている。その膝には一匹の猫。この毛並みは三毛だろうか？　鉛筆画なのに、その縁側にとても優しい春の陽射しが降り注いでいることがケイには分かった。猫をなぜている老女の顔。ケイはそれをじっと見つめた。

　似ている……

「これ……あたし？」

「お年を召された貴女のようですね」

「未来のあたしの絵だっていう気？」

「おそらく」

「ハッ！」

　ケイはスケッチを放り投げた。

「　未来の絵？　未来のあたし？　バッカじゃないの！」

「幸福画廊の絵は決して嘘をつきません」　朱里がそう言いながら、床に落ちた絵を拾い上げる。

　バカみたいだ。バカみたいだ。ケイはひどく腹を立てていた。からかっているのだ。幸福画廊だなんてやっぱり嘘っぱちなんだ。バカにして、バカにして、バカにして。

　立腹するケイに静かな声音で朱里が尋ねた。

「この家に貴女は見覚えがありませんか？」

　見覚え？　この絵に？　縁側……庭に下りる敷石。その横に咲いていた……。ハッとする。あの庭は……。

　ケイはひったくるように、朱里の手から絵を取り戻した。もう一度、今度は食い入るように絵を見つめる。縁側……敷石。その横に咲く水仙の白い花……。

「あたしの家。田舎のいつも遊んでいた庭だわ。どうして貴方が知ってるの？」

「私は存じません。それは白野様がお描きになりました」

「貴方達、魔法使い？」

「ここは幸福画廊です」

　朱里の言葉にはケイの混乱を静めてしまう真実の響きがあった。

「そう。ここは本当に幸福画廊なのね」

「はい」

　幸福画廊の絵はその人の一生で一番幸福な時。その瞬間。

クス。クスクスクス……。

「どうなさいました？」

　朱里が問う。だって、とケイは思う。これが笑わずにいられるだろうか。

「だって、こんな風に縁側に座っているだけの姿があたしの人生で最高の瞬間だなんて。つまり、あたしってばこの先ずーっともの凄く不幸せって事じゃない！　あたし一生幸せになんかなれないってことじゃない！」

　幸福画廊が真実なら。この絵が本当に未来のあたしの姿なら。

「そうでしょうか？」　朱里の声は穏やかだった。

「この絵の中の貴女は、とても満ち足りた微笑を浮かべています。それに、ほら。この座布団の横に置かれた湯のみ、二つですよ」

　気づかなかったが、縁側には二つの湯のみが並べて置いてある。一つはもう一つより少し小ぶりで……これって夫婦湯呑みかしら？

「絵の中の貴女の視線。庭の奥を見ているようですね。この画面には描かれていませんが、誰か貴女がとても大切に想う方がそこにいらっしゃるのでは？」

　絵の中で幸せそうに微笑む老女は確かに画面の外に向かって笑いかけているようだ。記憶を手繰れば、庭の奥には梅が植えられていた筈だ。父がケイの誕生を祝って植えた梅。幼い日には背比べをした紅梅。

　きっと、ケイがこの老女の年齢になる頃には大きな古木になっていて、そしてそれでも、美しい清楚な花を咲かせていることだろう。それを間近で愛でる、まだ知らぬ誰か……。絵の中のケイはその人を見つめている。幸せそうに目で追っている。

「あたし歌手になるんだって親の反対を押し切って、田舎を飛び出したの。もう十年。一度も帰ってないわ」

　ぽつり。絵の上に雨粒が落ちる。

「あたし、歌手だなんて夢物語ばっかり追ってて、でも、今更諦めるなんてカッコ悪くって、笑われそうで……」　ぽつり、ぽつりと雨が降る。ケイのこぼした涙だった。

「帰りたくて。でも、帰れなくて。寂しくって辛くって苦しくって！　それなのに、絵の中のあたしは笑ってるのね。お母さんがいつも編物してた縁側で、あたし、あたしが笑ってるなんて……」

　朱里がポケットからハンカチを取り出した。ケイが受け取る。

「貴女は一つの夢に敗れたかもしれない。ですが、夢とは決してたった一つきりのものではありませんよ」

　もう一しずく、涙が溢れた。

「……庭の梅は今年の春も咲くかしら？」

「今年の冬は冷えました。そういう年には、より美しく咲くそうですよ」

「帰ろっかな……」

　すんなりと自分の口からこぼれた言葉に、驚いたのはケイ本人だった。こんな簡単な一言が、どうして今まで言えなかったのだろう？　自分の感情には素直な質なのに。それが唯一の長所だったのに。絵の中の老女は幸せそうに微笑んでいる。

「水仙の花も、時期に季節になります」

「そうね……。夢は一つきりじゃないもんね」

「はい。左様でございますとも」

■■エピローグ

「ありがとう」

　そう言って女は帰っていった。大切そうに一枚の絵を抱きしめて。夜も更けて、長く降り続いていた雨も、ようやく小ぶりになっているらしかった。しとしとと天から降りてくる水滴の音はどこか切なく、そして優しい。

　コンコン。軽いノックの音。相変わらず返事はない。それでも律儀にノックをするのは……多分、彼の習性だろう。扉を開き、室内を覗き込む。

「白野様。セント伯爵様から、新しい絵の注文が参っておりますが。……白野様？　もう、お休みになられたのですか？」

　部屋の奥へ視線を向ける。その先には大切な主の姿があった。ぐっすりと寝入るその姿に、男は口元を綻ばせる。ああ、お疲れになったのですね。左様でしょうとも。人を幸福にして差し上げるのは並大抵の事ではございませんから。

「……お休みなさいませ。良い夢を」

　静かに扉が閉じられる。そして、館は眠りに落ちる。

幸福画廊

　その画廊の絵を見ると、人は幸せになるのだと言う。

　これまでに味わったことのないような幸福感を得るのだと言う。

　その絵を手に入れる為に世の金持達はこぞって大金を積むのだと言う。

　全財産を叩はたいても、惜しくないほどの幸福がその絵の中にはあるのだと言う。

幸福画廊

　そこは不可思議な人生の一瞬が描かれるところ……。