阿修羅

sanpo=二上圓

第1話


     ・゜゜・。・゜゜・・゜゜・。・゜゜・゜゜・。・゜゜・・




 僕が嫌いなものは、陽光。キラキラする夏の陽射し。


 その日、昼寝から目が醒めると、邸は静まり返っていた。


 「かーさま?」


 垣根の向こう、微かに聞こえる俥くるまの音。

 跳ね起きると裸足のまま外へ飛び出した。


 「かーさまっ!」


 道の果てを去って行く二台の俥。

 僕は必死で駆けに駆けた。

 駆けながら、声を限りに叫んだ。


 「待って、かーさま! 僕を……僕を……置いていかないで! あ!」


 石に躓つまずいて、もんどり打って転がる。

 白い道にパッと真紅の血が散った。

 不思議にも痛みは感じなかった。

 すぐ立ち上がり、もっと、駆ける。


 一台の俥が止まり、飛び降りた影。


 「かーさま!」


 かーさまが袂たもとからハンカチを出すと僕の方へ戻って来る――


 だが、もう一台から出て来た男――袴をつけて学生帽を被ったそいつ――に無理やり腕をとられ、引き戻される。

 二人が何を言っているのかは聞こえなかった。

 かーさまは激しく首を振ったが、やがて、そいつの胸にしな垂れかかると、導かれるまま俥へ戻った。

 走り出す二台の俥。

 今度こそ止まることなく確実に遠ざかって行く。


 ヒヤリと冷たい感触。

 僕の膝から、後から後から血が流れ出していた。


 かーさまが拭い取ってくれなかったせいだ。

 かーさまが戻って、あのレースのついた綺麗なハンカチで縛ってくださったなら、

 血はすぐ止まっただろうに。


 周り中、夏の日差しがキラキラと飛び跳ねて騒がしい。

 なんてうるさいんだ。

 激しい泣き声が響いている。

 でも、違う。

 これは僕じゃない。

 僕は泣いてなんかいない。

 光の反射が眩しくて、目を塞いだだけ。


 吐き気を伴う眩暈感めまい。

 誰か、あの乱反射を止めて――

 お願い――



 「!」


 目を醒ますと汗びっしょりだった。

 それもそのはずだ。

 部屋中、カーテンを摺り抜けて、初夏の陽光が飛び散っていた。


 飛び散るなら血の方がマシ。


 肩を震わせて喘いだ。


 「クソッ、また、あの日の夢か……!」




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