第5話 お手並み拝見

 手持ちの洋服の中からキュロットに着替えて、わたしはマティウスの部屋へ向かっていた。乗馬もしないし男装の趣味もないけれど、こういった動きやすい服装は好きだ。思いきり魔術を使う際にスカートがめくれて下着が見えやしないかと心配するのが面倒くさいのだ。

 わたしのキュロット姿は寮母さんを大層がっかりさせるけれど、今日はそんなことも言っていられない。

 わたしは今から戦闘訓練をするのだから。


 マティウスが女性使用人に片っ端から手をつけて逃げられたり辞めさせたりしているというのが、どうにも怪しくなってきた。

 ということは、学業が奮わないというのも疑わしい。

 魔術の稽古をつけるためにと呼ばれたわたしより、彼のほうが圧倒的に技術が上なんてこともあり得るわけだ。

 もしそうだった場合、すごく嫌だから、どのくらいの腕前なのか探っておく必要がある。


 わたしとマティウスが籍を置く魔術学院は、貴族からの寄進で大部分の運営費を賄っている。そのため、貴族や大商人のご子息・ご息女様たちはその他の者より試験が甘くなっているのだという。

 石にかじりつくつもりで勉強して入学した貧乏人としては、そんなあまちゃんたちに負けるわけにはいかないのだ。

 だから、わたしはこれからマティウスを全力でぶっ潰しに行く。……もちろん、殺さない程度に。




「カティです。マティウスさま、今よろしいですか?」


 マティウスの部屋のドアをノックしながら、そう声をかけてみる。気分が良いから、言語変換の魔術を使わなくても丁寧な物言いができた。


「どうした?」

「今から魔術の稽古にしようと思いまして」


 突然の来訪に戸惑いつつも、ドアを開けたマティウスは嬉しそうだ。でも、魔術の稽古と聞いて顔が曇る。


「そ、そうか」

「動きやすい服装に着替えて、裏庭に来てください。準備をしてお待ちしています」

「……わかった」


 繕わなくても自然と笑みが漏れる。有無を言わさず用件を伝え、わたしはマティウスの元を辞した。

 裏庭に向かう足取りは軽く、スキップでもしたい気分だ。

 わたしは学院の講義の中で実技が好きなのだ。特に戦闘の。

 なぜなら、公然と貴族や金持ちあまちゃんたちを叩きのめせるから。

 謙虚で控えめで真面目なご子息さまたちに攻撃はしないけれど、残念ながらそういった人はほとんどいない。

 ということは、ほとんどのご子息さまが撃破対象ということだ。



「裏庭には破損防止の術式を仕込みましたので、思いきり魔術を使っても大丈夫ですよ。ここを学院の訓練場と同じに考えていただいて構いません」

「え……うん」


 やってきたマティウスに、わたしはこれからやる訓練のことを説明し始める。

 狩りをするときのような服装で来たということは、まぁやる気はあるということだろう。


「ルールは簡単です。わたしが本気で攻撃魔術をぶっ放しますから、マティウスさまは全力でそれを防いでください」

「え⁉︎ 攻撃?」

「ええ、攻撃です。わたしは、攻撃魔術が一番得意なんですよ。その次が防御」

「……カティは軍人にでもなるつもりか?」

「んー……お給金は悪くないですけど、できたらもっと欲しいので軍人はパスですね」

「じゃあ、何で……?」


 マティウスは心底不思議といった顔をしていた。

 確かに、女子は薬学や回復魔術のほうを専門にする子が多い。だからマティウスも、当然わたしから習うものはそういったものだと思っていたのだろう。

 でも、残念。わたしのモットーは、傷つけられる前に相手を叩きのめせ、だ。そもそも怪我をさせられなけれざ薬学も回復も必要ない。


「力が欲しかったんです。だから最初に攻撃魔術について学びました。でも、どれだけ攻撃を極めても相手がそれを上回る防御を持っていれば話になりませんから、防御についても徹底的に学んでいったんです。防ぐ方法をたくさん知れば、それだけ攻め方も思いつくってものですから」

「……そうか」


 マティウスは力のない声でそう返事をする。無理もない。こういった言葉のやりとりの段階から闘いは始まっているのだから。

 相手を威圧して萎縮させるのもわたしの手段のひとつだ。気持ちで負けたら、そこでまず負けなのだ。


「殺しにかかりますから、覚悟してください」

「え⁉︎」

「いえ、殺しはしませんけど、まぁ命がかかっていたほうがやる気になるでしょう?」


 パチンと指を弾いたのを合図に、間合いを取る。

 それを見て、マティウスも身構えた。

 これでいい。不意打ちは好きじゃないのだ。


「じゃあ、行きますよーー」


 マティウスが杖を取り出したのを確認して、わたしはまず第一弾の攻撃をしかけるために詠唱を始めた。

 その攻撃を受けて彼がどう動くか、どう反撃してくるか。それが彼という人間の本質を表すはずだ。

 わたしはそれを、これから見極める。

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