―104― 襲撃(48)~魔導士フランシスの丁寧な解説~

 神人の船に乗る者たち。

 海上にて、”希望の光を運ぶ者たち”含む自国の者たちが載った船が、海賊どもに襲撃を受けた光景を――冥海へと向かった者たちの姿を当初から見ていながらも、自国の者たちを”助ける義務もなければ義理もない”ずっと傍観者であり続けた者たち。


 戦闘終盤に近付いたこの時も、彼らの前には覗き見のさざ波が広がっていた。

 一時、その覗き見のさざ波は、魔導士フランシスが”2人のレディ”の要望を受け入れたがために、右と左の二手に分かれていた。

 しかし、今、さざ波は1つに戻っている。

 さらに言うなら、その面積は当初よりも広がっていた。

 床から天井までの全てを覆いつし、波打つさざ波。


 その超巨大動画の中で、色情狂の王女マリアの目当てである海賊(ジム)はディランに上から押さえつけられ、女偉丈夫ローズマリーの目当てであるトレヴァーは海賊(エクスタシー海賊)を押さえつけていた。

 それだけではない。

 今、覗き見のさざ波にいる者たちの前には……肝が人並み以上に据わっている者が大半の奴らですら、目を疑う光景が映し出されているのだから。

 黄金の瞳付きの巨大で禍々しい灰色の手。

 その不気味な手は、一瞬にして、超巨大動画の中の主役に躍り出てしまったがごとき存在であった。



「な、何ですか? あの手は一体?」

 少年魔導士・ネイサンが、フランシスに問う。

 いつもは憎たらしいほどに飄々としているのに、あの灰色の手に対しては気味悪さよりも得体の知れない恐怖が、彼の声に滲んでいるようであった。


 なんだかんだ言って、ネイサン・マイケル・スライはまだ15才の子供である。

 魔導士の力自体は、そこいらの大人の魔導士顔負け、いやそれ以上であったとしても、彼は保有している経験や修羅場をくぐった場数も、そして人生において出会った者の数や”種類”も、100才をゆうに超えているフランシスや83才のサミュエルとは大きな開きがあるのは当たり前だ。


「あの手の操り主でございますか……まあ、一言で言うと、あの者”も”私とサミュエルの”かつての同士”でございますよ。今から59年前のね……」と、フランシス。


――59年前? そうすると、神人殺人事件の時からの……あのキモい手の操り主の魔導士”も”、フランシスさんとサミュエルさんみたいに不老の肉体を手に入れているということだよな。そして、59年前は、あのユーフェミア国が闇へと消えた年でもあって……

 

 頭は決して悪くはないネイサンは、フランシスの言葉により、すぐに物事を関連付けて考えることができた。卓越した魔導士としてのパワーと決して悪くはないその頭を、なぜ、彼はプラスの方向へ生かさなかったのかと思うほどに。

 しかし、世間一般でいう堅実派なプラスの方向は、破天荒であり特別な人生を望むネイサン本人にとってはベクトルが反転し、マイナスの方向に向いているように見えるのだろう。


「あ、えーと……じゃあ、2人の男の魔導士が”あいつら”の前に現れたってことですよね。いや、もう1人は男としての気が表面に出ているけど、その内部は女としての気に溢れているような……」



「……よく分かったな。お前は力を誇示するばかりかと思っていたが、それぞれの魔導士の気を感じ取り、男と女の気の区別までもできていたってわけか」

 サミュエルが”やるじゃねえか”と言わんばかりに、ネイサンに向かって緩ませた。

 彼の”力を誇示するばかり”というに、ネイサンは少しムッとしたようであったが、自分の”感じ取り”が見事に当たっていたことを知った。



「――一体、どういうことだよ? 私にも分かるように説明してくれよ!」

 超巨大動画の中の雄々しきトレヴァー・モーリス・ガルシアを、じっと見ていたはずのローズマリーが、焦ったように声を荒げて自分たちに振り返った。

 彼女は魔導士たち4人――フランシス、サミュエル、ネイサン、そしてさっきからずっと押し黙ってはいるもののヘレンの間だけで、”感じ取り理解している”ことが分からないのだ。まあ、彼女は魔導士ではないので、分からないのは当たり前のことではある。



 ネイサンが顔をしかめる。

――なんだよ……説明したって、お前は魔導士じゃないんだし、剣や拳を振り回して男をどつきまわすこと以外は何もできやしねえだろ……


 話に割り込んできたローズマリーに少しイラついたネイサンであったも、後でぶっ飛ばされるのが怖いので黙っていることにした。それに、説明や解説と言えば自分やサミュエルよりも(話はクドクドと長いも)フランシスの方が適しているとネイサンは理解していた。


「いいでしょう、ローズマリー。あなたにも説明いたします。簡潔に言いますと、あの残酷動画の中より……というか、まさにこの神人の船の遥か下方で感じ取れる”主な魔導士の気”は2人分あるのです。まずは1人目……甲板の空気を瞬時に禍々しく変えたというか……”自分の手中の中に取り込んだ力”と、兵士海賊問わず、全ての者の手から武器を取り上げた力の発し主は、同一人物です。彼……いえ、”彼女”の名はクリスティーナ。あのやたら華やかで艶やかなオウム(ピート)が助けを呼んでいた魔導士です。……確か、59年前はあれほどの”芸当”はできなかったはずですが、努力を積み重ねて、魔導士としての力を磨き上げていたのでしょう。まったく……いろんな魂を吸収したり切り離したりを繰り返し”自身の肉体を変化させながら”も、地道にコツコツと堅実に”能力面においては”プラスの方向に前進できるタイプであるというのに……なぜか、アウトローでワイルドな男の世話を焼きたがるというダメンズ好きの困った一面は変わっていない模様で…………」

 

 話が逸れていっている。

 クリスティーナなる女の――いや、そもそも男なのか女なのかということもフワッとした感じで定かではない魔導士の男の趣味などは、今はそれほどの重要事項ではない。

 しかし、フランシスもそのことに自分で気づいたらしく、すぐに話の道筋を元に戻した。



「これは失礼をいたしました。2人目の魔導士についての解説に戻りましょう。不気味な雲からにゅうっと下りてきた、巨大で禍々しい灰色の手の操り主こそ、2人目の魔導士です。彼は”三十年前ほどに大富豪の未亡人と結婚し”、エマヌエーレ国でグルメ三昧で優雅に暮らしていると風の噂で聞いていたのですがね。”また”単なる思いつきで現れ、場をかき乱しにきたのでしょう。兵士たちも海賊たちも、痛みと疲労の最中にあり、また甲板に倒れ伏した何人かはまさに瀕死の状態でしょうに。迷惑なことです。そのうえ……彼が59年前から全く成長していないことまで分かります。この世で長く生きているからって、全ての方が成長し、プラスの方向へと前進できるわけではないんですよね」


 フランシスの”ほんと、そうですよね”という目配せを受けたサミュエルがクッと喉を鳴らす。

「ああ、あいつに関しては本当にお前の言う通りだな。あの”メガトンデブ”は全く成長していねえ。攻撃方法もワンパターン過ぎだ。59年前、神人どもに襲撃をかける際、アダムを奴らから引き離すためにあいつが堤防を決壊させた。さらにその後、何十年も経ってから……思いついたように、アダムに勝負を挑みたくなったみたいで、”またしても”川の堤防を決壊させてアダムを家から引き離したものの、”結果的に”家にいたアダムの家族の大半を事故に見せかけて殺しちまっただけだったとはよ。孫娘の1人だけは運良くあいつの毒牙にかからなかったわけだがな」



「!!!」

 ローズマリーも、ヘレンも、そしてネイサンも驚く。

 あの手の操り主である魔導士があらゆる面で成長していないということにではなく、アダムの家族の大半を殺したということに……


「あ、あのじいさんにそんな過去があったのか?!」

 ローズマリーの声は”驚きで”裏返っていた。

 彼女は、ここにいる魔導士たち3人とは違って魂年齢と外見年齢が一致している魔導士、アダム・ポール・タウンゼントが、その過去に家族の大半を殺されて失っていることを今、初めて知ったのだ。

 どんな人物の人生にだって、絶対に”何か”はある。

 だが、家族の大半を一度に失う……それも”殺されて失う”ということは……


「そんなことまでする人だったの……」

 ヘレンがか細い可憐な声で、囁くように呟いた。

 彼女のその呟きを聞き洩らさなかったフランシス。

「おやおや、そう言えば……ヘレン、あなたと彼は一度だけ面識がありましたね。言葉を交わしたことはなかったようには思いますけど……」

「言葉を交わさなくて――関わり合いにならなくて正解だったぜ。あの野郎、俺がヘレンを連れて歩いていただけで、俺がロリコンへとシフトチェンジしたと思い込み、騒ぎ立てて言いふらしていたしよ」

 サミュエルがケッと息を吐く。

 自分の興味があること(主にアダムのこと)以外には、それほど愛着も執着ももたないサミュエルであるも、その時のことは相当に腹に据えかねており、半世紀以上たった今でも覚えていたんだろう。


 そして、ネイサンは――

 アダムが過去に家族の大半を失ったことを知っていた。

 港町において、氷漬けとなった宿の屋上で、サミュエルがアダムを拳や蹴りでボコボコにした際の会話をしっかり聞いていたのだから。

 ちなみにネイサンは、その時、サミュエルが自分のことを「俺と同じ神人の船に乗っている男のガキも、それはそれで自惚れが強く、目立ちたがり屋だけど、あいつはそれなりの力を持って生まれてきているし、頭自体はそう悪くないから、まだマシだ」と言っていたこともしっかりと聞いていたが。

 あの時の会話に出てきた「昔から大した理由も計画もなく、思い付きでとんでもないことする奴だし。あんな毒薬を身近に抱えておくのは、精神衛生上良くない」魔導士が、あの不気味な手の操り主と同一人物であったとは――


――一体、どんな奴なんだ?

 手の操り主に対する得体の知れない恐怖ではなく、好奇心と探求心の方がネイサンの中で膨らんでいく……



「まさかっ……あの”手の魔導士”は、タウンゼントさんの家族を再び狙ってやってきたのですか?」

 ネイサンもローズマリーと同じく裏返った声で、フランシスとサミュエルに問う。

 彼はローズマリーと姿形は似ていないが、リアクションはよく似ていた。いや、長いこと一緒に生活をしていると、本人たちも気づかないうちに似てくるものなのかもしれない……

 だが、彼の場合は”驚き”で裏返ったというよりも、”興味”によって裏返ってはいたが……

 


 アダム・ポール・タウンゼントの唯一の家族と言えば、そう、あの手の主が殺し損ねた家族と言えば、ジェニーとかいう名の孫娘だけだ。

 まさか、あの手の主は、船の内部にいるであろう彼女を狙って……!?


 サミュエルが”馬鹿を言うな”と言いたげに鼻を鳴らす。

「あいつはそこまで深くは考えてねえよ。点と点を繋げて深く考えるということができない奴なんだよ。というか、確固たる目的なんてない。おそらくクリスティーナに話を聞いて、”面白そうだから”完全なる部外者なのに首突っ込みにきたに違いねえよ。ほら、よくいるだろ? 炎上しているところにさらに油を注いで炎の勢いをますます強める奴」

 今のサミュエルの例えは、レイナの世界で言う”ネット炎上”にも通じるものがあるだろう。


 サミュエルの言葉を受けたフランシスは、ふふ、と笑う。

「私もその通りだと思います。あの人は質の悪い面白がりですからね(ネイサンとはまた違った種類の面白がりですからね)。私は未来の欠片を掴む力などは持ってはいませんが、これからの展開においては、手に取るように分かりますよ。おそらく、あの人は自分から巨大な手を引っ込め、引き上げていくでしょう。そして……クリスティーナは後始末をすると……まず、自分の魂の一部を分け与えて”生き延びさせた”エルドレッドという名の弓矢使いを優先的に、”海賊たちの回収”を行うでしょう」


――海賊たちの回収を行う?

 ということは、せっかく”希望の光を運ぶ者たち”含むアドリアナ王国の兵士たちが、多大な犠牲を払って海賊どもを取り押さえたというのに、全て元の木阿弥となるということか? それに……あのエルドレッドという名の、海賊にしては異質なまでにその外見に品位なるものを保っている弓矢使いの青年に、クリスティーナは自分の魂の一部を分け与えて”生き延びさせた”とも……



「ダメンズ好きなクリスティーナですけど、”自分の息子のような存在”にはわりかし聞き分けが良さそうな青年を選んでいるところがこれまたチャッカリしてますね。聞き分けが良さそうな青年ではございますが、彼もまた海賊であり、立派な戦闘員には変わりありませんが……」

「その……クリスティーナって魔導士が、あの弓矢使いを”生き延びさせた”って言ってましたけど……どういうことなんですか?」

 その瞳にあった恐怖の色はもはや完全に消え去り、好奇心と探求心に輝く瞳となったネイサンがフランシスに問う。


「予測ではあるのですが、エルドレッドという名の青年は、過去に肉体的な死の一歩手前にまでいったのでしょう。その時、クリスティーナが彼を救い……というよりも、自分の魂の一部を分け与えて”生き延びさせた”。それがエルドレッドにとって、幸運であったのか、不運であったのかは分かりませんがね」


 フランシスが感慨深げに言う。そう、とっても感慨深げに。

 ”何か”を――自分の過去までをも思い出しているかのように――


「やはり……運というのは、各々の人生においても、大きなウェイトを占めていますね。兵士隊長パトリック・イアン・ヒンドリーも、ヴィンセント・マクシミリアン・スクリムジョーのすぐ近くにいなければ間違いなく死んでいたでしょう。これがヒンドリーにとっての1つ目の幸運です。2つ目の幸運は、彼がヴィンセントとともにはたかれて落とされた先が海であったことですね。そして、3つ目は……あの手の操り主の頭が良くなかったことです。もし、私なら獲物を確実にしとめる場合、手の角度を変え、上からバチン! と叩き潰しますよ。手が血でベットリと汚れるとしてもね。……ヒンドリーの”命が助かった結果”というのは、様々な要因が積み重なったことによるものです」


 フランシスの言葉によって、さざ波の前に立つ者は皆、巨大動画の中のパトリックとヴィンセントに視線を移した。

 いや、正確に言うと、マリア王女だけはフランシスの丁寧であり、長ったらしい解説にはそれほど耳を傾けはせず、ずぶ濡れになったパトリックとヴィンセントの姿を――散々なまでに傷だらけであるも、闘志の炎をその各々の男らしい肉体より燃え上がらせているかのごとき勇ましい男たちの姿を、ずっと見つめ続けていたが……



「なあ、フランシス。あのヴィンセントっていう赤毛で顔の濃い男は一体、何者なんだよ?! あいつは、魔導士じゃあないんだろ?!」

 ローズマリーが問う。

 世の大多数の者にとっては、滅多にいないほどの超絶美形と認識せざるを得ないヴィンセントであるも、ローズマリーにとっては美形というよりも(彫りが深くて)濃い顔立ちをしていると感じてしまうのだろう。

 人の審美眼や好みというのは、多様なものである。

 いや、ローズマリーの審美眼や好みは、今は問題ではない。

 問題は、ヴィンセントが何者であるかということなのだ。

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