―21― ”まだ”穏やかな船内にて起こったある事件(3)~だが、事件の前にアダムの過去の一場面へと~

 魔導士ピーター・ザック・マッキンタイヤー。


 私たちと同じ船に乗っているピーターさん”も”、おじいちゃんの今の話に出てきた「人間が持つ三大欲求の1つによって、”本人の意志に関わらず”力を溜めることを余儀なくされていると思われる魔導士」に当てはまるのだわ、とジェニーは思った。


 食欲、性欲、睡眠欲という人間の三大欲求。

 彼――ピーターの場合は、間違いなく「睡眠欲」によって、その肉体に力を溜めることを余儀なくされているのだろう。

 実を言うと、ジェニーはピーターを話をしたことは一度もない。そのうえ、彼の顔を思い出そうとしても、うっすらとぼやけた感じでしか思い出せない。

 実際の彼はぼやけた顔をしているわけではないと思うが、常にウトウトと眠たげな彼の目元はボサボサの前髪で隠され、髭も放置しっぱなしのため、顔もはっきりとは思い出せない。

 ジェニーが彼について最も印象深く覚えているのは、彼のぼやけたような顔や、猫背の頼りなげな佇まいよりも、やけに規則正しい彼の寝息の音であった。


「おじいちゃん……おじいちゃんが59年前に見たっていう、”ある魔導士の男”っていうのは、えっと……ピーターさんと同じような種類の魔導士ってことなの?」

 ジェニーのその問いに、アダムは黙って頷いた。

 そう優れた考察力を持っているわけではないが、人並み程度には考察力――ある事項を掲げられて、点と点を繋ぎ合わせ、結びつけることはできる孫娘・ジェニーに、アダムはゆっくりと再び口を開いた。

 

「そうじゃ。それに魔導士としての力を持っていない人間であっても、多少なりとも”気”を……一言で言うと魂が放つ輝きを持っておる。ジェニー、もちろんお前もな。わしが思う魔導士の力を持って生まれた人間というのは……まあ、これはあくまで仮定として聞いてくれればいいんじゃが……この世界でいう魔導士と呼ばれる者は、魂が放つ気を外に放出する肉体の回路が普通の人間よりも開かれただけの人間であるのではないかと思うんじゃ……」


 魂が放つ気を外に放出する肉体の回路……

 アダムのその言葉を聞いたジェニーは、「?」といった表情を数秒浮かべたものの、なんとか理解することができたらしい。

 例えば、魔導士の魂に”守りたい”という思いが湧き上がったとしたら、その魔導士は自分の肉体から、自分の守りたい者を守るために気を発することができる――

 普通の人間の魂に”守りたい”という思いが湧き上がったとしたら、直接、自分の拳か剣、もしくは弓などの飛び道具を使い守ろうとするしかないということだ。



「魂と肉体。魔導士ではなくとも、この世界の大半の人間はそれぞれの魂と肉体のバランスが保たれた状態で生きておる。だが、時折、気を放出させる回路が全く存在せず肉体に重々しい蓋をされたかのような『影生者』のような者、そして――強い魂の気を持って生まれたものの、それを放出させる肉体の回路が見合っておらず、自分の”肉体内で”オーバーフローになっている者がおる。その者たちは、肉体から気を暴発させることを防ぐがごとく、三大欲求のいずれかを満たしながら、気を”落ち着かせた状態で溜めこむ”を余儀なくされているのじゃろう」


「……ということは、おじいちゃん。ピーターさんは、睡眠欲を満たすことで、気の暴発を防ぎ、落ち着かせた状態を保とうとしているの?」

 アダムはジェニーに「おそらく、そうじゃ」と頷いた。

「あのピーターは睡眠をとることで、魂が放ち続ける気の状態を落ち着かせ、溜め込んでおる。おそらく、その気を一気に放出した時、途方もない力を発するのだろう。城の魔導士(アーロン・リー・オスティーン)から聞いた話では、ピーターは”いろいろとふり幅が大きい魔導士”とのことじゃった。だから、ただの不真面目な奴ではないはずじゃ」


 黙って頷いたジェニーは、考える。

――あのピーターさんは、睡眠欲を満たすことで魂と肉体のバランスを取っているということよね。もし、ピーターさんが満たさなければいけない欲が「食欲」や「性欲」だったら、どうなっていたのかしら? ……あまり、考えたくない光景だわ。それに、今おじいちゃんが言っていたピーターさんが”その気を一気に放出させた時”って、つまりはこの船に乗っている人達に危険が迫った時ってことよね。あの怖い魔導士たちは、今はこの船を襲ってこないとしても、この船旅(私、船に乗るの初めてなのよ)には、急に天候が変わって嵐が襲って来たり、それに海賊なんてのも海をウロウロしているらしいし……


 思考が少しだけそれてしまいそうになったジェニーは慌てて、思考を元の道筋に戻そうとした。

「おじいちゃん……”ある魔導士の男”はピーターさんのように睡眠欲を満たして、生まれ持った力のバランスを取っていたの?」


 ジェニーの問いにアダムはゆっくりと首を振った。

「いや、あの男の場合は、”食欲”でバランスを取っていたのじゃろう……」



※※※



 靄がかかった59年前の記憶の扉――

 記憶の扉より、アダムの脳裏に届けられ、蘇ってきた一場面。

 その一場面の中には、59年前、この世界に突如として現れ、自分が守ることもできずに、悪しき魔導士たちに惨殺された”であろう”1人の神人の姿も映し出されていた――

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