10.急転直下
「――くそ! こいつら、うじゃうじゃと!」
第三層の探索を再開した俺達を出迎えたのは、十数体もの
「いくらなんでも数が多すぎるわ! ここは『
「駄目だ! アーシュの大魔法はこの先、瓦礫の撤去で必要になってくるかもしれない! それよりも、
「……心得た!」
アーシュとしては、ドナール卿の身体を気遣う気持ちもあって、大魔法で速攻勝負を決めようとしたのだろう。だが、「爆裂」の魔法はかなりの魔力を消費する、文字通りの大魔法だ。第二層、第一層の様子が分からない今、俺達にとって切り札とも言えるアーシュの大魔法は、まだ使うべき時ではないだろう。
「……分かったわ。ドナール様、剣を――『
渋々といった様子ながらも頷き、アーシュが「
「先行して敵を引き付けます――」
ドナール達の返事を待たず、俺は
俺との距離を詰めた
これほど
「――ドナール卿!」
下敷きになった一部の
「うおぉぉぉりゃぁぁぁ!!」
雄叫びを上げながら、ドナールが
だが、敵は多勢。しかも、痛みを感じぬ
「させるかよ!」
既に体勢を立て直していた俺は、素早く二本の特殊ワイヤーを取り出し、それぞれを
狙いは
既に半数近くに減ったとは言え、相変わらずの多勢に無勢のはずだったが、ドナールの力量は数の不利を完全に覆していた。
そう言えばと、ふと思い出す。ドナールはアルカマック王国の上級騎士、歴戦の勇士なのだ。群雄割拠のノーイーン大陸で、小国なれど強盛を誇るアルカマック王国。その護りの要となる騎士団の中でも、五本の指に入る猛者なのだ。俺のように器用さだけが売りの、手練手管で何とか生き延びてきたような輩とは違う、本物の戦士なのだ。
それでいて、その強さに
――ドナールが仲間にいてくれて本当に良かった。今更ながら、俺はそんな実感を抱いていた。
「――さあ、先を急ごう」
戦闘後の高揚した表情のまま、ドナールが俺とアーシュを促した――その時だった。突如、階層全体に響くようなズシン! という衝撃が走った。
「な、何、今の揺れ? まさか……また迷宮が崩壊を?」
アーシュが不安げな表情で呟く。そこへ更にもう一度、ズシン! という衝撃が走る。
「……いや、この揺れは何かもっと、近くで何かが爆発したような……大きな何かがぶつかったようなものだ。この階層の何処かで、何かが起こっている……?」
俺はこの衝撃と似た感覚に、どこかで出会った事があった。そう、つい最近。それこそ、この地下迷宮の中で――。
「とにかく先へ進もう! 確かにこの衝撃が続けば崩壊も進むかもしれない。そうなる前に上層へ向かおう」
今度は俺が二人を促し、先を急ぐ事にした。
――慎重に、しかし迅速に、俺達は上層への階段があるはずの場所へ急いだ。この第三層は少々特殊な構造をしている。全体を
もし、今いる方の上り階段への道が塞がれていても、連絡通路さえ無事ならばもう一方の上り階段に望みが繋げるというわけだ(もちろん、その先も道が通じている保証はないが)。
どちらにしろ、上り階段を目指す途中で、必ず連絡通路の付近も通る事になる。まずは、連絡通路の無事が確かめられれば幸先が良いのだが……。
幸いにして、
「――ホワイト君、この衝撃ってもしかしたら……」
「ああ、もしかするとアレかもしれないな……」
俺もアーシュも、この衝撃の正体に気付きつつあった。忘れようもない、この地下迷宮で出会った、あの伝説の怪物が歩く時の衝撃にそっくりだったのだ。もしアレなのだとしたら、今の状況で俺達に勝ち目はない。出会わずに逃げ切れれば一番なのだが……。
「む、ホワイト君、そろそろ連絡通路の辺りじゃないかね?」
ドナールの言う通り、そろそろ連絡通路に差し掛かる辺りだと、輝石の明かりを前方に向ける。すると――。
「な、なんじゃこりゃ!?」
目の前の光景に、俺は思わず
「これ……下層みたいに構造が変化しているわ。でも、なんでよりによってここだけ……?」
アーシュが、疲れたような呆れたような表情で呟いた。連絡通路が使えないという残念さと、何やら設計者の底意地の悪さを感じさせる迷宮の構造変化への呆れが、
この連絡通路は、それ程長いものではない。今も、輝石で隙間を照らせば、ギリギリ向こう側の様子が窺える程度だ。しかし、ここを通れるようにするのは並大抵の方法では無理だろう。それこそ『
ここは反対側の区画に行く事は諦めて、素直に今いる区画の方の上り階段を目指そう、と俺達が決断しようとした、その時だった。
「ホワイト!」
隙間の向こうから、俺を呼ぶ声が響いた――聞き間違えるはずがない、リサの声だ!
「リサ! 無事か!?」
隙間に張り付くようにして呼びかけると、向こう側に光の精霊に薄ぼんやりと照らされたリサの姿が見えた。遠目ではあるが、大きな怪我も負っていないように見え、思わず安堵する。
「――今はまだ……でも、大変なの! 下層からとんでもない奴が――」
リサが言いかけたその時、再びズシン! という衝撃と、大怪鳥の叫びのような、獣の唸り声のような、地響きのような、重低音の咆哮が辺りに響き渡った。しかも、隙間の向こう側――つまりリサがいる方の区画から聞こえたような……。
「来た! 奴よ!!」
リサが悲鳴のような叫び声を上げる。――ああ、もう俺も、傍らのアーシュとドナールも、この衝撃と咆哮の主の正体に気付いていた。ヴァルドネルを除けば、この地下迷宮で俺達を最も苦しめた強敵。全ての生物に対し有利を誇り、身に纏う鱗は名だたる勇者の剣をも弾き返し、その吐息は灼熱の炎や猛毒の霧を伴うという、最強の怪物。
「――ドラゴンが来るわ!」
リサのその悲愴な叫びを打ち消すかのように、再びドラゴンの咆哮が階層全体に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます