10.急転直下

「――くそ! こいつら、うじゃうじゃと!」


 第三層の探索を再開した俺達を出迎えたのは、十数体もの石の小兵ストーン・サーヴァントによる襲撃だった。

 石の小兵ストーン・サーヴァントは、簡単に行ってしまえば小型の石の巨兵ストーンゴーレムだ。巨兵ゴーレムほど巨大ではなく、精々が人間の子供程度の背丈しかない上に、木製の操り人形マリオネットのような体型なので、あまり強そうには見えないのだが、元々が石で出来ているので案外に頑丈だ。しかも、元々は古代の魔術師が身の回りの雑用をさせる為に生み出したというだけあって、見た目とは裏腹に力も強い。「召使いサーヴァント」という名前が何かの皮肉だと思えるほどに――。


「いくらなんでも数が多すぎるわ! ここは『爆裂エクスプロージョン』の魔法で一気に――」


「駄目だ! アーシュの大魔法はこの先、瓦礫の撤去で必要になってくるかもしれない! それよりも、付与魔術エンチャントでドナール卿の支援を頼む! ――ドナール卿、ここは二人で蹴散らしましょう!」


「……心得た!」


 アーシュとしては、ドナール卿の身体を気遣う気持ちもあって、大魔法で速攻勝負を決めようとしたのだろう。だが、「爆裂」の魔法はかなりの魔力を消費する、文字通りの大魔法だ。第二層、第一層の様子が分からない今、俺達にとって切り札とも言えるアーシュの大魔法は、まだ使うべき時ではないだろう。


「……分かったわ。ドナール様、剣を――『魔を帯びし剣よエスパダ・マジカ!』」


 渋々といった様子ながらも頷き、アーシュが「付与魔術エンチャント」の古代語エンシェントを唱える。それに呼応し、ドナールの構える長剣と大盾が魔力を帯び、淡い光を放つ。魔力を帯びた武具は、ちょっとやそっとの事では損なわれなくなり、その切れ味や破壊力も格段に増す。石の小兵ストーン・サーヴァントのように硬い相手には非常に有効な魔法だが、それでいて魔力消費は少ない。魔術師の魔法としては基礎的なレベルのものだが、冒険では大魔法よりも基礎的な魔法の方が役に立つケースがままある。


「先行して敵を引き付けます――」


 ドナール達の返事を待たず、俺は石の小兵ストーン・サーヴァントの群れに向かって駆け出した。その動きを受けて、石の小兵ストーン・サーヴァント達が俺に殺到する。硬くて力の強い難敵ではあるが、こいつらは高い知能を持っている訳ではない。魔術師の埋め込んだ命令プログラムに従った行動しか出来ず、その行動パターンも巨兵ゴーレム程は多くない。そこに付け入る隙があった。


 俺との距離を詰めた石の小兵ストーン・サーヴァント達の行動は、大きく二つに分かれた。幾つかの個体はそのまま地上を走り突撃を仕掛けてきたのだが、残る個体は寸前で飛び上がり、頭上から攻撃を仕掛けてきたのだ。数の有利を活かして、獲物(つまり俺)を逃さぬ為のフォーメーションなのだろうが――やはり、こいつらは単純な戦法しかとれないらしい。のが、何よりの証拠だ。

 これほどくみやすい相手もいないだろう――何せ、後衛のアーシュや、じりじりと距離を詰めつつあるドナールには見向きもしないで、


「――ドナール卿!」


 石の小兵ストーン・サーヴァント達をギリギリまで引きつけた所で、俺はドナールへの合図と共に。そのまま後転の要領で素早く地面を転がり、一瞬にして石の小兵ストーン・サーヴァント達から距離を取る。連中にしてみれば、勢い良く突っ込んできていたはず目標が、目の前から突然いなくなった形になる。いきなり止まるような器用な真似もできず、石の小兵ストーン・サーヴァントはそのまま先程まで俺がいた空間に殺到し、互いの石の身体を激しくぶつけ合う。更にそこへ、跳躍していた連中までもが降ってきて、ガツンガツンと鈍い音を立てながら次々に折り重なっていった。

 下敷きになった一部の石の小兵ストーン・サーヴァントはそれでバラバラになったが、大概はまだ無傷だった。折り重なり、互いの身体が重しのようになってしまっているのでしばらくは動けないだろうが、それも僅かな時間にしかならないだろう。連中は生物のように痛覚を持っている訳ではない。派手にクラッシュした所で、痛みすら感じずにまた直ぐ動き出す――だが、一瞬でも連中の動きが止まれば、それで十分なのだ。何故ならば――。


「うおぉぉぉりゃぁぁぁ!!」


 雄叫びを上げながら、ドナールが石の小兵ストーン・サーヴァントへと突撃し、その大盾を振るう。その一撃を食らった石の小兵ストーン・サーヴァントの何体かが、爆発音のような凄まじい音ともに粉々に砕け散った。更に間髪をれず振るわれた長剣が、何体かを両断し、ただの石塊に帰す。負傷しているとは言え、ドナールの突破力には少しの陰りも見受けられない。流石の一言だった。


 だが、敵は多勢。しかも、痛みを感じぬ石の小兵ストーン・サーヴァントだ。無傷の個体や、腕等が欠けるもまだ動ける連中が、ドナールの大振りの隙を狙うかのようにおどりかかる。しかし――。


「させるかよ!」


 既に体勢を立て直していた俺は、素早く二本の特殊ワイヤーを取り出し、それぞれを石の小兵ストーン・サーヴァントに向かって放つ。右手で放ったワイヤーは先端に分銅が付いているもので、鈍器として使うと中々の威力がある。クリーンヒットすれば、石の小兵ストーン・サーヴァント程度の相手ならば打ち砕く事も出来る。左手で放ったワイヤーの先端は鉤爪になっている。本来は登攀とうはん等の補助に使うものだが、敵を巻き付けるのに使えば、ちょっとやそっとでは外れない拘束具になる。

 狙いはたがわず、分銅は一体の頭部に直撃しそれを打ち砕き、鉤爪の方のワイヤーは他の数体をまとめて絡め取り拘束した。拘束した方はひとまず放置し、俺は分銅側のワイヤーを引き戻すと、頭上でグルグルと回し始めた。――何も遊んでいるのではない、遠心力を付けて次なる一撃を強化する為だ。


 石の小兵ストーン・サーヴァントの様子をうかがうと、どうやら連中は狙いをドナールに絞ったようで、集中攻撃を仕掛け始めていた。後ろで控えるアーシュはおろか、俺の方にも攻撃を仕掛けてこない。どうやら、予想以上に単純な行動しか出来ないらしい。念の為、不意打ちに注意するようアーシュに声をかけた上で、俺はドナールの援護に徹する事にしたのだが――どうやらそれすらも不要だったらしい。


 既に半数近くに減ったとは言え、相変わらずの多勢に無勢のはずだったが、ドナールの力量は数の不利を完全に覆していた。石の小兵ストーン・サーヴァントの攻撃を冷静に見極め、鎧で受けられるものはあえて受け止め、危険と判断したものは大盾で迎撃し打ち砕き、長剣を巧みに振るい死角からの攻撃を牽制し、あるいは斬って捨てる――一対多の戦いの、お手本のような光景だった。


 そう言えばと、ふと思い出す。ドナールはアルカマック王国の上級騎士、歴戦の勇士なのだ。群雄割拠のノーイーン大陸で、小国なれど強盛を誇るアルカマック王国。その護りの要となる騎士団の中でも、五本の指に入る猛者なのだ。俺のように器用さだけが売りの、手練手管で何とか生き延びてきたような輩とは違う、本物の戦士なのだ。


 それでいて、その強さにおごる事のない、絵に描いたような騎士道精神の持ち主でもある。彼がパーティーに居た事、迷宮崩壊後に合流出来た事は、俺が考えていた以上に幸運だったのかもしれない。


 ――ドナールが仲間にいてくれて本当に良かった。今更ながら、俺はそんな実感を抱いていた。


 石の小兵ストーン・サーヴァントとの戦いは、程なくして終わりを告げた。結局、殆どの個体をドナールが華麗に片付けてくれて、俺とアーシュの出る幕はほぼ無かった。怪我をしている彼にばかり戦わせるのはどうかと思ったのだが、むしろ「手を出すな」という雰囲気すら感じる程だったのだ。無論、ドナールが口に出してそう言った訳ではなく、あくまでも俺とアーシュが気圧されただけなのだが……。


「――さあ、先を急ごう」


 戦闘後の高揚した表情のまま、ドナールが俺とアーシュを促した――その時だった。突如、階層全体に響くようなズシン! という衝撃が走った。


「な、何、今の揺れ? まさか……また迷宮が崩壊を?」


 アーシュが不安げな表情で呟く。そこへ更にもう一度、ズシン! という衝撃が走る。


「……いや、この揺れは何かもっと、近くで何かが爆発したような……大きな何かがぶつかったようなものだ。この階層の何処かで、何かが起こっている……?」


 俺はこの衝撃と似た感覚に、どこかで出会った事があった。そう、つい最近。それこそ、この地下迷宮の中で――。


「とにかく先へ進もう! 確かにこの衝撃が続けば崩壊も進むかもしれない。そうなる前に上層へ向かおう」


 今度は俺が二人を促し、先を急ぐ事にした。


 ――慎重に、しかし迅速に、俺達は上層への階段があるはずの場所へ急いだ。この第三層は少々特殊な構造をしている。全体を俯瞰ふかんして見た場合、。鏡合わせの迷路が、中央の細い連絡通路で繋がれている、と言えば分かりやすいだろうか。それぞれに上層と下層へ繋がる階段があり、つまりは階層全体では四つの階段が存在する事になる。

 もし、今いる方の上り階段への道が塞がれていても、連絡通路さえ無事ならばもう一方の上り階段に望みが繋げるというわけだ(もちろん、その先も道が通じている保証はないが)。

 どちらにしろ、上り階段を目指す途中で、必ず連絡通路の付近も通る事になる。まずは、連絡通路の無事が確かめられれば幸先が良いのだが……。


 幸いにして、石の小兵ストーン・サーヴァントを撃退して以降、魔物の襲撃はなく、俺達は順調に歩を進めていた。だが、その間も例のズシン! という衝撃は止むことなく、むしろ段々とその頻度を増し、その発生源との距離も近付きつつあるように感じられた。


「――ホワイト君、この衝撃ってもしかしたら……」


「ああ、もしかするとかもしれないな……」


 俺もアーシュも、この衝撃の正体に気付きつつあった。忘れようもない、この地下迷宮で出会った、のだ。もしなのだとしたら、今の状況で俺達に勝ち目はない。出会わずに逃げ切れれば一番なのだが……。


「む、ホワイト君、そろそろ連絡通路の辺りじゃないかね?」


 ドナールの言う通り、そろそろ連絡通路に差し掛かる辺りだと、輝石の明かりを前方に向ける。すると――。


「な、なんじゃこりゃ!?」


 目の前の光景に、俺は思わず頓狂とんきょうな声を上げてしまった。連絡通路は確かにあった。元々それは、壁に穿たれた穴のように狭い、ドナールがやっと通れるような通路だった。だが今は、それが更に狭く――いや。崩れたり壊れたりしているのではなく、通路自体が細い、「通路」というよりは「隙間スリット」と言った方が正しいような代物に成り果ててしまっていた。


「これ……下層みたいに構造が変化しているわ。でも、なんでよりによってここだけ……?」


 アーシュが、疲れたような呆れたような表情で呟いた。連絡通路が使えないという残念さと、何やら設計者の底意地の悪さを感じさせる迷宮の構造変化への呆れが、ぜになっているのかもしれない。

 この連絡通路は、それ程長いものではない。今も、輝石で隙間を照らせば、ギリギリ向こう側の様子が窺える程度だ。しかし、ここを通れるようにするのは並大抵の方法では無理だろう。それこそ『爆裂エクスプロージョン』の魔法ならば、ある程度壁を破壊する事は出来るだろうが、一発で向こう側まで貫通させられるかは怪しいところだ。大穴を開ける前にアーシュの魔力が尽きてしまうかもしれない。


 ここは反対側の区画に行く事は諦めて、素直に今いる区画の方の上り階段を目指そう、と俺達が決断しようとした、その時だった。


「ホワイト!」


 隙間の向こうから、俺を呼ぶ声が響いた――聞き間違えるはずがない、リサの声だ!


「リサ! 無事か!?」


 隙間に張り付くようにして呼びかけると、向こう側に光の精霊に薄ぼんやりと照らされたリサの姿が見えた。遠目ではあるが、大きな怪我も負っていないように見え、思わず安堵する。


「――今はまだ……でも、大変なの! 下層からとんでもない奴が――」


 リサが言いかけたその時、再びズシン! という衝撃と、大怪鳥の叫びのような、獣の唸り声のような、地響きのような、重低音の咆哮が辺りに響き渡った。しかも、隙間の向こう側――つまりリサがいる方の区画から聞こえたような……。


「来た! 奴よ!!」


 リサが悲鳴のような叫び声を上げる。――ああ、もう俺も、傍らのアーシュとドナールも、この衝撃と咆哮の主の正体に気付いていた。ヴァルドネルを除けば、この地下迷宮で俺達を最も苦しめた強敵。全ての生物に対し有利を誇り、身に纏う鱗は名だたる勇者の剣をも弾き返し、その吐息は灼熱の炎や猛毒の霧を伴うという、最強の怪物。


「――ドラゴンが来るわ!」


 リサのその悲愴な叫びを打ち消すかのように、再びドラゴンの咆哮が階層全体に響き渡った。

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