プロローグ

 多数の強国がひしめく群雄割拠の大陸ノーイーン。その中にあって、アルカマック王国は小国ながらも東西北を山に囲まれ、残る南方は海に面する天然の要害であるという地の利を活かし、賢王オムロイのもと、比類なき平和と繁栄を築いていた。


 しかし、そんなアルカマック王国にも一つの懸念があった。国の中央に位置するナミ=カーの丘、そこには古代王国期に建造された巨大な「地下迷宮」の入り口だと伝わる魔法陣が存在した。長い間、全く動作しなかったその魔法陣がある日突然に魔力の輝きを放ち、そこから凶悪な魔物達が次々と現れ近隣の村や町を襲うようになったのだ。


 「地下迷宮」は古代王国の邪悪なる魔導師ヴァルドネルの居城であったという。ヴァルドネルはアルカマックの初代国王によって封印されたと伝えられてきたが、人々はその封印が解けてしまったのではないかと恐怖した。


 国王は真相を究明すべく調査隊を派遣したが、ここで一つの問題が起こった。地下迷宮の入り口はナミ=カーの丘の魔法陣しか知られておらず、また伝承によればこの魔法陣は七人の人間を迷宮へと転送すると、その七人が全て帰還するか、もしくは悉く死ぬかしなければ次の人間を送り込めないのだという。宮廷魔術師達の調査により、その伝承が事実である事が判明し、更には古代の超魔術の産物である魔法陣を破壊する事は不可能であるという結論までもが下された。


 騎士団は屈強な七人の精鋭を選抜すると、「地下迷宮」への調査隊として彼らを送り込んだ。七人が「地下迷宮」へと転送されると、魔法陣は途端に輝きを失い魔物達もそれ以上は現れなくなった。どうやら、七人が「地下迷宮」へと挑戦している間は、迷宮側から魔物が現れる事もなくなるようだった。人々は束の間の平穏に感謝しつつ、調査隊の帰りを待った――だが、二日の後、魔法陣は再び輝きを取り戻し、魔物達がまた現れるようになった。人々は、調査隊の全滅を悟った。


 第二第三の調査隊が結成され次々に「地下迷宮」へと送り込まれたが、誰一人として生きて帰ってはこなかった。騎士団員達に恐怖が蔓延し尻込みする者も出てくる中、それまで沈黙を守っていた神官戦士団が名乗りを上げた。屈強な戦士であり神の加護による癒しや清めの小奇跡ホーリープレイの使い手でもある彼らならば……人々の期待は高まったが――神官戦士達の調査隊も誰一人として帰ってこなかった。


 その後、魔術と知識のエキスパートである宮廷魔術師や、荒事に長けた傭兵隊からも調査隊が選抜され「地下迷宮」へと挑んだが、その全てが迷宮に飲み込まれたまま姿を消した。やがて、誰もが「地下迷宮」の調査を口にしなくなった。


 しかし、魔法陣から現れる魔物達は日々、その強さと数を増していった。国王はナミ=カーの丘に軍を常駐させ、現れたそばから魔物を討伐するよう命じ、結果として人里が襲われる事は無くなった。しかし、いつ果てるともなく続く魔物との戦いに兵達は疲弊していく一方だった。


 一計を案じた国王は、国の内外に「地下迷宮」への挑戦者を求める布告を発した。「地下迷宮を踏破しその謎を解いた者には多額の報奨金を与える」と。自国の問題を他国にまで喧伝する事になる一種の賭けであったが、その目論見は功を奏し、次々と命知らずの屈強な戦士・魔術師達が集まった。


 彼らの殆どは古代遺跡の調査や魔物退治を生業とする傭兵――もしくは「冒険者」と呼ばれる強者達だった。


 数多くの冒険者達が「地下迷宮」へと挑み、そして帰ってこなかった。だが、その噂がまた更なる命知らずの冒険者達を呼び寄せるきっかけとなり、「アルカマック王国の地下迷宮」は冒険者達にとって特別な存在になりつつあった。


 しかし、国の内外から訪れる熟練の冒険者達をもってしても「地下迷宮」を踏破し無事生還する事はかなわず、やがて一年の月日が経とうとしていた。


 そんなある日、アルカマック王国に二人の従者を連れた屈強の騎士が姿を現した。騎士の名はアイン・フェリア、ノーイーン大陸ではその名を知らぬ者はいないと言われる騎士であり、特定の主に仕えず常に正義の為に戦い旅を続けるその姿から「放浪の英雄」と呼ばれる人物であった。


 国王に謁見したアインはこう提案した。


わたくしは二人の従者と共に数多くの古代遺跡を踏破してまいりました。きっと今回もお役に立てると思います。しかし聞く所によると、『地下迷宮』は七人で挑まねばならぬとの事。そこで提案なのですが、この国の騎士団、神官戦士団、宮廷魔術師、傭兵隊より精鋭を一人ずつお貸し願えないでしょうか?」


 アインの提案は王国に助力を願う事で結果的に騎士や神官達の顔を立てるものであった。その真意に感心した国王はすぐに命を下し、精鋭達を揃えさせた。


 こうして、「放浪の英雄」アインと二人の従者、そして王国の誇りを担う四人の精鋭達が「地下迷宮」へと挑む事となった。人々は「今度こそは」と期待に胸を膨らませ、彼らを見送ったのだが――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る