爆発死惨 十

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「……ほら」

 俯いたまま呆然としている雄矢に、衛はミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。

「……ああ、サンキュー」

 雄矢はそれを受け取ると、蓋を開け、口を付けた。

 そのまま勢いよく傾け、一息で飲み干す。内側にたまった嫌な感情を、全て洗い流そうとするかのように。

 だが、ペットボトルが空になっても、雄矢の表情は晴れることはなかった。


「大丈夫……な訳ないよな。……すまん」

「……ああ、悪い。……ちょっと、辛いな……」

 衛の言葉に、雄矢が力なく答える。

 今朝方、衛と立ち合った勇ましい男と同じ人物とは思えない程、悲痛な姿であった。


 現在二人は、事件現場から離れた地点にいた。

 本当ならば、もう少し調査をしたいところであった。

 しかし、事件を目撃した人々に事情を訊こうにも、目撃者は皆錯乱状態にあり、誰一人としてまともに受け答え出来る状態ではなかった。

 また、あの場に留まれば、警察の事情聴取に巻き込まれる可能性が高い。

 そして何より、雄矢にあの光景を見せ続ける訳にもいかなかった。

 その為、衛は呆然自失としている雄矢を連れ、現場から立ち去ったのであった。


「……俺と英樹は、同じ施設で育ったんだ」

 雄矢が、ぽつりと言葉を漏らす。

 衛は口を挟まず、静かに耳を傾けた。


「俺もあいつも、親が居なくってな……。物心ついた時から、俺とあいつは一緒にいたんだ……」

「……」

「……施設の近所に、空手の道場があってな。ある日、俺とあいつは、たまたまその道場の稽古を見たんだ……。凄い迫力だったよ……。……『世の中には、こんなにかっこいいものがあるんだ』って、感動したもんさ……」

「……」

 遠い過去の記憶を呼び戻しながら、雄矢は友の死を悼んでいた。

 口元には微笑が浮かんでいたが、瞳の中には悲しみが渦巻いていた。


「施設に帰ってすぐ、二人で先生に頼み込んだよ。『空手を習わせてください』ってな。それからずっと、空手にのめり込んで来た。施設を出て、独り立ちしても、ずっと。ずっとな……」

「……」

「何度も、あいつと勝負をして来た。でも、決着がついたことは一度もなかった。だから死ぬまでに決着をつけたい──そう思って、強くなる為に色々やってたってのに……。それなのに……」

「……」

「……こんなのってねえよ……。何であいつが死ななきゃいけねえんだよ……!何であいつが……!あんな死に方しなきゃいけねえんだよ……!!」

 俯きながら叫ぶ雄矢。

 固く瞑った両目から、涙が滲み出ていた。


「……」

 衛は無言で、雄矢の言葉に耳を傾け続けていた。

 彼が嘆き悲しんでいる間も、衛は一言も言葉を発しなかった。


 雄矢の嗚咽が治まって──ようやく、衛が口を開いた。

「一昨日、歌舞伎町で殺人事件があったのを知ってるか?」

「……?」

 衛が口にした言葉に、雄矢が訳の分からないといった顔をする。

 それを気にせず、衛は話し続けた。


「現場や遺体の状態は、さっき後藤が殺されてた状態とそっくりだった。多分、彼を殺したのは、その事件の犯人と同じだろう」

「……何?」

「俺の仕事は、その犯人を見つけ出す事だ」

「……!」

 雄矢が目を見開く。

 その中の瞳に、強い覚悟が宿っていた。


「俺は奴を探しに行く。あんたも早いとこ、ここを離れたほうが良い。犯人はまだ、この辺りをうろついてるかもしれないからな」

 そう告げると、衛は雄矢に背を向け、立ち去ろうとした。


「……待ってくれよ」

 その背中を、雄矢は呼び止めた。

「どうした」

 衛が振り返り、雄矢を見る。

 鋭くなった両目から、強い意志が放たれていた。


「俺も、連れて行ってくれ」

「……」

 その言葉に、衛が眉を寄せる。

「敵討ちのつもりか?……やめとけ。あんたも殺されるかもしれない」

「……ああ、危ねえのは分かってるよ」

 押し殺したような声。

 衛に制止されても、雄矢の目の意志は、消え去ることはなかった。


「……だけどよ」

「……」

「……あいつは……英樹は、俺のダチだったんだ……。俺にとっちゃ、掛け替えのない大事な兄弟だったんだ……!」

「……」

「そいつを殺されて……黙って犯人に好き勝手させるなんざ……!俺には出来ねえんだ!!」

 嘘偽りない、雄矢の力強い言葉。

 先程までの、悲しみに打ちひしがれていた男の姿は、そこにはない。

 今朝、衛と初めて出会い、立ち合った時のような、強い意志に満ち溢れた姿があった。


「……」

 衛は再び口を閉ざす。

 そして、雄矢の覚悟の程を測るかのように、彼の目を見つめた。

 現在、雄矢が抱いている感情──それは、衛にも覚えのあるものであった。

 大切な者を奪われる悲しみ。そして、奪った犯人と、何もできなかった己の無力さへの憎しみ。そのどちらも、衛には痛い程に理解出来た。


「……」

 衛は未だに沈黙していた。

 長い──とても長い沈黙であった。

 そうしながら、雄矢の目を真剣な目で見つめていた。


 ──どれ程の時間が経ったであろうか。

 やがて衛は──ゆっくりと、口を開いた。

「……分かった」

 衛の短い答え。

 だが、その短い言葉には、確固たる決意と力強さが宿っていた。

「なら、付いて来い。俺から離れるな」

 そう言うと、衛は再び背を向け、歩き始めた。

 それを見て、雄矢も黙って、彼の後に続くのであった。

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