第五章「泉ののろい」
アレキサンドラは熱心にこくこく頷いていたが、サフィールは目を伏せた。
「では、あなたは剣を守っていた訳ではなく、呪いの力を他へ及ばせないために見張っていた、とおっしゃるのですね」
白蛇はうなだれ、
「半分は当たっているが、半分は違っている」
と、答えた。
あたりは風が枝を揺らす音がするばかりだ。
「私とて王をお守りしたいのだ。が、私は剣に触れることのかなわぬ身。剣のささった泉のほとりから外へは出られなくなってしまった。故に洞穴から目だけで見ていた」
「剣? これが、この紫の刀身が呪いであるというのか」
「そう……その呪いの剣を抜き去ることができるのは乙女だけ。そして、それ以外、剣に封印されたものも解放されることはない」
王子はどうにか努力して目の前の事態を把握しようと試みているようだった。
「封印されたものとはなんのことだ?」
「呪いのよりしろとなるものです。あ、そこにある穴に嫌と言うほど放り込んであります。まあ、彼らはほこらと呼んでいましたが」
「今回に限って、それはもっと、はっきり言うと?」
「あの長剣です」
「では抜きます」
「おいおいおい、できるのか? リック、君にそんなあぶないまねは……」
「できないと、お思いなのですか」
「君は父王の召された花乙女ではないか……」
「だからこそですよ、サフィール王子」
「剣? これが、この紫の刀身が呪いであるというのか」
アレキサンドラが王城に召されたとき、とっくに王のお姿はなかった。
「今日からはこの剣を抱いて寝るか……」
「ああ……貞操ばっちりなのだね」
「いえ、単なる趣味です。あなたに貞操云々と言われたくはありません。変な気持ちだ」
ざわめく潮騒が彼女の耳を覆い、それは心を騒がせるばかりだったのだけれど、皮肉にも、なんの苦もなく長剣は抜けた。
泉は泡立ち、溢れたかと思うと清らかな姿を取り戻し、僅かな陽光に厳かに、輝いた。
「呪いが、剣が……君、乙女だったんだなリック」
「黙って」
頭を垂れている大蛇の尾を彼女は一刀のもとに切って捨てた。
「そもそも、剣は示していた。この力で、あなたを両断せよと。さすがにそれはできかねますが」
「参ったね。これは全く予想外だったよ……言わなくともちゃんと知っているのだね、君は。さすがリリアの娘」
マグヌスだった蛇は気力だけで頭をもたげていた。
彼女は汚れを落とそうと、刀身を泉に浸し、水面から目を離さなかった。
水の中から立ち上る、細かく乳白色の泡が次第に形をなして浮かび上がった。
「王様!」
水面に映ったその相貌はだれでもなく、その国の王だった。
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