第三章「予言の娘」

 今にも家鴨とまちがえられて羽をむしられそうになっている白鳥のように。


 濁った水をたたえた噴水の前で、リュートを鳴らす詩人がいた。


 凍るような日の夕方。





 ストレートな肩までの長さをした髪が、陽の光によって、沈んだようにも、光芒を発しているようにも見える。





 ちゃり、と貨幣が石畳に跳ねた。


「君か。父王の花乙女よ」


「サフィール殿下。わたくしだとて、もっとましな衣食を与えられておりますのに、あなたと、王の名のもとに」


 通常旅人はこのような時期には南の方へいくか、暖かい宿でリュートを奏でて、賄いをするものだ。


 だれもこない広場で、ぽつねんと佇んでいるものではない。


「王子の名が重くてな。このわたしが玉座を守るなど、できるのだろうか?」


「そのために秘書官、侍従、わたくしどもがおります。殿下」


「……花乙女よ。それではなんにも気休めにすらならないのだ」


「なぜ?」


「宰相マグナスがな……。いや、きちんと言おう。こんな場だ。だれもこないこの場所で、わたしの孤独を知ってくれるのは君だけだ」


「宰相閣下がどうなさったのです?」


 王子は長い溜息をしながら、顔を覆った。


「何が何でも民から搾り取れ、貴族以外をとりしまれ! とこうなのだ」


「それは、どういう……ことでしょうか?」


 わからない、と王子は首を振る。


 力のこもらぬその姿に、うっかり憐憫を禁じえないアレキサンドラ。


 身を乗り出した。


「もっと、皆を厳しく監視しろ、税を課せ、罰則を増やせ、とな……」


 王子は円形の噴水広場の階段に、うなだれて弱々しく首を振る。


 彼女は彼を発奮させようと、視線を厳しくした。


「王の不在に前例はあり、それは異国とのやりとりを済ませて戻ったとか。戦争を起こさないための外交であったとか。今回もそうだとすれば、王子、あなたが今この国を支えるのです」


 王子はうつむいたままだ。


「問題なのは、この国の本当の犠牲者が出ないうちに、王の御帰還を促さねばなりません」


「……ほんとうの、ぎせいしゃ……?」


「国の貧しさはまず、弱いものから犠牲にします。それは子供たち、病人、老人です」


「当のこのわたしが幼子のごとく力をもたない、そんな国は滅びるであろうな……?」


「力を落とされますね。いいのですか? あなたの民が、助けを求めているというのに!」


 王子は、やや頭をあげた。


 もう少し。


「悲観をしている場合でありましょうや? こんなときにマグナス閣下はなにをお考えなのか! 積極的に王子に肩入れをして、国を盛り立てていくべきでしょう」


「あれを悪く言わないでくれ! わたしだとて、そのやりくちには閉口している。だが、父王が唯一心を許した共同執政官なのだ! いたらないのはわたしなのだから」


 言うと、王子は晴れ晴れとした眼差しではっきりと首をあげた。


「それだけの自覚がおありなら、大丈夫でしょう。それでは王不在の現実を受け止め、その噂のもとを暴くのです」


「わ、わたしがか?」


 アレキサンドラは咳払いをして、


「そうですよ?」


 と、すらっとぼけて言った。


 ここはリリアの子である。


 まるで「勇気を出すんだ!」と言っておいて、猛獣の檻に放り込む、そんなやり口に似ている。


 アレキサンドラはにこっとした。


 その目の奥がなんだか不穏当だ。


「実践なんてちょろい」などという不心得ものが一番危険だ。


 彼女はとっくりと王子サフィールの所作を観察していた。

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