詩篇の不法者

翌日、起きると不思議に昨日のことがまるで嘘のようにすっかりと忘れていた。窓から外は日がとっくに昇っていて、すずめの囀る声が壁に半鐘して聞こえてくる。背伸びすると骨がゴキゴキと異様な音をだした。バスルームの鏡の前で歯磨きしている最中さり気無く胸の上端に傷が写った。一旦手を止め、鏡の中の自分の瞳を深く覗きこむ。

                                      

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とある熱い夏の日にイタリア半島南部地点、マリーナ・デ・カメロータ2012年。俺と友人の、マッシモがモノバイクで町外れにある港を沿うように走っていた。当時、無宗教だった俺は神の存在だなんてくだらないおとぎ話に過ぎないと判断しきっていたころの時期。天気もいいことで伯父から借りたモノバイクを見てたびたび二輪バイクのマッシモは羨ましそうに、

「カッケ?!どれくらいしたんだよそれ?」と舐めるようにしてバイクの構想を観察する。

「新型のハイブリッドだからガス代はお前のポンコツよりも遙かに安いよ!」

「タイヤの中で運転しているからこそ事故率がその意味で俺よりも高そうだよな!入院代も足してもれなくお得だぜ!」

「喧嘩売ってんのか?上等だぜ!貴様のガラクタの実力をお手並み拝見してみようじゃないか?」

「ゴールはピオッシェッタ浜までだ、受けて立つぜ!」

アクセルを前回にまで上げ、凄まじいモーター音を鳴らし海岸線の真上を飛ぶように走る。余裕にマッシモを追い越し、目的地まであと僅かなところで遠くからなにやらバリケードみたいなので道路を塞ぐ物がウツラウツラ目に入った。マッシモもそれに気づき速度を下げる、じょじょに近づくとその障害物は国境線を作る体制で並んだバイクの列であることが判明した。俺達二人は直感でとんでもないことになりそうな気配がした。

「あれはもしかすると・・・?」

「コサノストラ・・・」

ナポリからここまで欠けておよそ半分以上の敷地を支配するライバル暴走族のことで、他の集団が潰れていくなかこの町こそがもはや侵略最後の的。いずれコサノストラが訪れることはこちらでも承知していて町のあらゆる場所に見張りを張ったあげくそれも突破してきたのに違いない。そうとなればもうじき応援がくるのはすだ。

「おい、見ろ!」

マッシモが途端に叫んだ、

「あいつら人質を捕らえたぞ・・・!」

見返すと連中の中心から女性らしき姿をした人がもがきもせず妙に落ち着いた態度で立っていた。あの無表情な性格・・・

「マ・・・マルタ!人質はマルタだ!」

マッシモの彼女の妹であるマルタはショートヘアでオリーブ色の素肌とエメラルド色の目、確実に彼女だ、マッシモも息を飲む。敵側も俺たちの存在に気づき一斉にクラクションやら音楽をながし始める。爆音の嵐に乗って猛獣のような唸り声で宣戦布告を予告する、マルタの首にナイフを突きつけ凶漢するが彼女は無関心のまま。このまま突っ走ったら命に係わる。

「とっとと降参しろ!この女がどうなってもいいのか?」

援軍は何時になったら現れる?

「来たぞ!」

坂の天辺から一本の火炎ビンが落ちてき、敵のバイクに当たり破裂する。ナパーム空襲のように次々と爆撃を喰らい集団体制は燃え上がる烈火を避けようとマルタを乗せ分散した。

「バカ!人質がいるんだぞ!」

マッシモは携帯に怒鳴りつける。マルタを連れ去ったバイクはもう二人の援護と友に船の境目を潜り港の奥へと消えていった。

「後を追う、他は任したぞマッシモ。」

モノバイクに跨ぎアクセルを掻け、180度回転し追撃を試みる。船場の出口は一つで町の裏側に続く細い道を辿る先回りして挟み撃ちにする手段を執った。バイクの横にあるポーチから長型のレンチを引き上げ高速度で漁船の間を駆け抜ける。そろそろ小道に到着しようとしたら、待ち伏せを受ける羽目になった。俺以外のエンジン音が迫ってくる、すぐそこまで、鎖のジャラジャラするのも聞こえる。船の影に隠れてた敵も正面からもきた、こらじゃまるで自分が罠にはまったみたいだ。前の敵は鉄パイプで襲ってきた、地面に引きずられると同時に火花が飛んだ。しかし、タイヤの中心で運転している限り俺のほうが優先で相手が殴ろうとしてもそう簡単にいかない。レンチを構える、擦れ合う寸前力いっぱい振った、見事肋骨に命中しバイクと友に敵はバランスを崩し転倒した。だが、これで終わったわけではない、すぐ後からカウボーイが投げ縄を投げつけかけるようチェーンで追撃を仕掛けてきた。敵は、無防衛だった横から振り回していた鎖の尾についた重りのようなものをすれすれまでに近づいて手から放し、俺の肩の凹みに突き刺す。

「鎖鎌!」

反応が遅すぎた、なにもかもが速すぎる、バイクからこけ降ろされ釣り針に串刺しになった魚のように引き摺られマルタがいる小道から離れていく。シャツに染みる血が全身に広がる、激痛で背筋の神経が利かない。もう片方の腕を動かし貫通した鎌を抜こうとするが痛みがあまりに酷い。バイクの方向を向くと寒波船の縄を結ぶポールがあった。相手が次にとる行動の検討がつく、なるべくポールの近くまでに接近して急カーブをきって俺の体を叩きつける段取りだ。空気管か頭蓋骨を破壊されるまえにどうしてもこの鎌を外さなければ。もう一度腕を伸ばす、今回は鎌自体

を摑むことに成功した。前進するバイクの引力に力が入らないよう慎重に鎖を体に持ってくる。敵がカーブきったその瞬間、悲痛な声を漏らし鎌を肉体から取り出した。タイミングよく開放された直後、俺は左右に転げ廻り水しぶきをあげながら海に落ちた。泡を立てながら半分無意識のまま涼んでいくと地上でのサイレンの音で目を覚ました。水から這い出たなお出血が止まらず、頭がコンクリートにぶつかったのかぼーっとする。ふらふらと辺りのパトカーやら救急車、消防車の騒音に迎えられ足で立つ。ツンッと傷の痛みが全身を駆け巡る、

「おい!あの少年は何だ?けがしてるぞ手を貸せ!」

なんとも大げさな、それよりマルタ、マルタは無事か?縫い針が皮膚を貫く・・・ 

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