第90話 切り札
chromeを開いてマイクのアイコンをクリックすると、刀は「降魔剣」とつぶやいた。
一番上に現れたひどく剣を侮辱した動画には目もくれず、下の動画をクリック。
剣の勇姿はネットに溢れている。若い剣は精悍な顔にあらゆる感情を描く。
いつも苦しそうだった。
それは、理想と自分とのギャップに
5月28日の夜。
「あ、本田がキャプテンマーク巻いてる」と、液晶ディスプレイの向こうでククリが笑っている。そういや今日はセリエA最終節か。
剣の講義の時間が始まった。
「U-20男子代表の話をしよう。
3戦とも、相手はリトリートを多用した。というのも日本は足が遅く、フィジカルコンタクトにも弱いためカウンターに弱いからだ。日本のDFラインを上げさせ、その裏にボールを通してFWを走らせる。日本は3戦とも、これで先取点を奪われている。
バルセロナもネイマールとスアレスのスピードを活かそうと深く引いてカウンターを狙うようになった。ドルトムントも本来はカウンターに適したチームだ。オーバメヤンとデンベレというスピードスターがいる。
ただ、カウンターを狙ってくる相手は簡単に対処することができる。リトリートしてしまえばいいのだ。裏のスペースを消してしまえばそれだけでカウンターは機能不全になる。だからカウンターを得意とする強豪チームは格下相手に取りこぼしが多くなる。
代表的な例はラファエル・ベニテス政権下のリヴァプール。特に2004-05シーズンはプレミアリーグを5位で終えるが勝負強くCLを勝ち取った。ベニテスの神髄はロングカウンターにある。当時、フェルナンド・トーレスが最も輝いた。トップスピードに乗るとフィジカルの強さも相まって止めるのが難しい。強力な
一方でレアル・マドリーのようなメガクラブには不向きだ。だからオーバメヤンの移籍は叶わない。本来、カウンターは弱者の戦術だ。優勝を争うような強豪に必要なのはリトリートされてもこじ開け先取点を奪って勝ち点3をもぎ取る力だ。今期のバルサにはそこが足りなかった。ドルトムントも今期は少々苦戦したな。
話をU20W杯に戻そう。水曜日、優勝候補の一角であるウルグアイ戦。
前半、ウルグアイは前線から強烈なプレスをかけて来た。当たりに強く、日本は劣勢を強いられる。
前半21分、小川航基の負傷。交代選手に内山監督が選択したのは久保建英だった。
久保は南アフリカ戦終盤同様、空気になった。ただそこに漂っているだけ。
久保建英は切り札だ。切り札は出す前に場を整えておく必要がある。久保はまだ出せば勝てるような万能のカードではない。相手が銀騎士を出しているのにボール・ライトニングを召喚しても仕方ない。
このタイミングで久保は早すぎた。久保は体をぶつけられボールロストを繰り返す。守備では働かず、
後半10分を過ぎると、ウルグアイは勝っていることもあってリトリートが増える。すると久保がボールを受けるスペースが空いた。実はリトリートはここでは余りうまいやり方とは言えない。久保がいたからだ。
現状、久保はメッシというよりイニエスタに近い。願わくばシュートが得意なイニエスタになって欲しい。
久保とガンバで出場機会を増やしている堂安が接近してボール交換をするときは共鳴するセンスと可能性を感じた。惜しいチャンスもあったが結局、日本はカウンターで追加点を喫し敗北する。
後半、相手が疲れてきたところで二人目の交代として久保を投入していたら、この勝負が面白くなったに違いない。フレッシュな状態でウルグアイ守備陣に挑めていたら、彼らは混乱を
フランが口を開いた。
「以前、コーチは日本代表で香川を点が欲しいときに途中交代で投入すべきだと言ったけど論旨は同じですか?」
「ああ。その通りだ。
格下相手ならスタメンから香川を使うべきだ。だが強豪相手に香川を起用するのはリスクが大きい。相手が強ければ強いほど岡崎のように激しく戦える選手が重要になる。
昨日はイタリア戦だった。
中二日で試合が組まれ三試合目。特にイタリアは疲弊していた。が、カウンターで効率よく二点を取る。しかし堂安が力を見せ2得点し追いついた。2-2。このままだと両チームが決勝トーナメント進出。暗黙のうちに協定が結ばれ、両チームはサッカーをやめた。少しでも消耗を防いで次戦に備える。主審は空気を読んでアディショナルタイム3分を待たずに笛を吹いた」
カットラスが声を上げる。
「どうして日本は交代枠を使わなかったんだ?」
「わからん。突然、イタリアが猛攻を仕掛けてきて点を取られたとき、反撃のための交代をできるように、または点を取られなかったとしたら守りを固められるように、そして怪我に備えて……いろいろなことを考えているうちに思考停止しちまったんだと思う。久保の投入はリスクもある。イタリアの運動量が落ちるのを待っていたが結局引き分けでよしとした。
今日、昔のU20代表の試合を観た。ひどいものだったね。日本の戦術レベル、コーチング理論の進歩を実感したよ。
俺は16歳から、2年半ほどアメリカにテニス留学した。
スポーツ心理学やテニスに関するあらゆる講義を受けた。自分のプレーは徹底的に分析されビデオで確認した。
率直に言って日本はスポーツに対する研究が余りに少ない。日本の体育の授業では多くのスポーツを行うが戦術的な指導を行うことは余りに少なく、ただ機会が与えられるのみだ。
スポーツにおいて歴史や普及度は実力に直結する。おそらく日本人のお年寄りで孫に野球は教えることができてもサッカーを教えられる人間はほとんどいないだろう。野球も指導者のライセンスが存在せず、少年野球から高校野球にかけてプロとの連携なく、かなり
日本には戦術論を討論する場が少なすぎる。大人が気軽にスポーツをできる環境やスポーツ文化の熟成という意味では後進国だ」
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