第30話 騎士故に

 横浜はリスクを排除。このままタイムアップまで延々とパス回しをするつもりだ。

 ククリに代えてレイピアが入り、フランとボールを追いかけ回す。が、二人で六人を相手にしてもまだやはりボールを取れる気がしなかった。イニシアチブは横浜が握っている。ビハインドを負うチームは勝っているチームの言いなりになるしかない。


「仕方がない」時間が残り少ない。俺は大声で指示を出す。「ラインを上げろ。ボールを取りに行け!」

 東京はずっと塹壕ざんごうに隠れ臆病に戦っていた。

 でもこのままじゃ負け。さあ、這い上がって特攻。

 ボールを奪えれば、フランがいる。そんな希望だけを頼りに、走り出した。

 しかしそもそものセンス、パスとトラップの技術、背景に横たわる練習の質が違う。有機的にボールは踊り、ボックスへの侵入を認める。オー・ド・ヴィはボールを受けるとルックアップ。

 右のランスは手強い。左の貧弱そうなスタッフを狙う。

 

 今度は、仕留める。

 ボールを右にちょいと蹴り出す。左足で強く踏み切る。右足を振り上げる。

 撃つぜ撃つぜ撃つぜ?

          からの~?

              右足内側インサイドでボールを引っかける。

 ボールは左足の後ろを通過。左へと転がる。スタッフはオー・ド・ヴィの右足へシュートブロックに来ておりオー・ド・ヴィは左へと身を躍らせる。

 抜いた。

 スタッフは慌てて反転。手を伸ばした。オー・ド・ヴィの背中を掴む。


 これは! いける。

 オー・ド・ヴィは倒れた。

「PKだ!」

 誰かが叫ぶ。

 スタッフは両手を挙げていた。やってないよと首を振る。すると何たることか、審判も首を振った。試合続行。

「汚えぞ!」

 オー・ド・ヴィは駄々っ子のように四肢をばたつかせた。深く息をつく。

「あらごめんなさい」

 スタッフは含み笑い。

「ああ、太陽が真っ黒に見えるわ! 今ならどんな聖者だろうと止められそうなの」

 やっぱりランスがどん引いている。


 ボールはようやく東京のもとへ。すると横浜は深く守備陣形ブロックを築いた。アリの子一匹たりとも通さないぞ。と、目が告げる。

 しからば。

 フランは突如右足を振り抜いた。ソリッドが精一杯伸ばした手をかすめ、クロスバーにぶち当たり大きく跳ね返った。


 再びフランが顔を上げると、守備陣形ブロックが前進していた。ロングシュートを恐れている。

 フランは右サイドにボールを供給。まだ元気なレイピアとショーテルが引っかき回す。

 立場は逆転した。横浜の面々から徐々に笑顔が消えていく。


 フランが指示を出すと、カットラスは右サイドに。レイピアは左サイドに移った。どういう意味か俺は考える。

 基本的にウイングは右利きは左に、左利きは右に配置するものだが、混雑したゴール前ではカットラスの切り込みカットインは期待できず、右足で蹴るクロサーとしての特性を活かした方がいい。また、元気なレイピアを左に配して両サイドから攻撃を仕掛けたいという意図がある。と、こんなところだろう。


 スタッフは人が変わったかのようにプレーの質が上がって横浜の攻撃の目を摘み取る。横浜が受け身になるとこぼれ球は東京のものになった。あちこちから攻撃が行われ、横浜の守備網は広がらざるを得なくなり、網の目が大きくなる。

 

 それでもやはり最後にはフランの力が不可欠だ。

 フランは人気者。目の前には人垣ができる。フランは構わずバイタルエリアに突っ込んだ。囲まれる。

 いや、違うな。エロスは腕組みをした。フランがきれいに囲ませてる・・・・・


 フランはボールの下に足を潜り込ませ、すくい上げる。ふわっとした浮き球がフランの追っかけの頭上を越え、共にフランが駆けていく。そこに追っかけの手が伸びる。肩口を掴む。

 

 ここさえ耐えればあとはシュートするだけ! 構わずフランは引きはがそうとする。両手で掴まれた。それでも引きずっていこうとしたがさすがに倒れた。


 審判はレッドカードを提示した。追っかけAは反論する余地もなく。すごすごと背を向ける。

「硫黄泉、助かったよ。ありがとう」

 オー・ド・ヴィが声を掛けた。硫黄泉は「はい」とだけ答えてベンチに戻った。


 ファッ!?

 どういうわけかランスがずんずん歩いてきたかと思うとピッチを出、ベンチに腰掛ける。

「ランス。何やってるんだ」

「横浜は一人減ってしまった。その分、我がはいを除するべきだろう」

 意味が分からない。

「お前なあ、負けてるんだぞ? そんなことやってる場合じゃない」

「いや、総長よ。悪いが我が輩はこの試合を続けられぬ。騎士道精神にそむくのでな。戦は平等な条件で行われるべきだ」

 どうやらここまでのようだ。

「錫杖。出番だ」

「拙僧か……」


 FK。ゴールまで15メートル。ボールの前にはショーテルとフランが立った。

「どうする?」

「私に蹴らせて」

 ショーテルは凜とした声でそう言った。

 呼吸を整えてフランは「はい」と答えた。


 自分の存在する意味。

 それが、これだ。

 ショーテルは、慎重に足を振り抜いた。

 ボールに勢いがある。この近距離ではクロスバーを越える。大多数がそう思った。しかしボールには縦回転がかかっていた。

 あり得る。

 ソリッドはモノクロの、硬質な空間を、泳いだ。

 手を伸ばすと、ぐいっとボールが落ちてきて。弾く。ボールはゴールラインを割った。


「それを、止める、のか」

 ショーテルは頭を抱えた。気を取り直して走り出す。


「やっぱり蹴りたかったな」フランは小さくつぶやいた。自分の力をあの男に見せつけてやりたかった。

 でも、かぶりを振った。

 わたくしは、日本人だ。日本人というのは儒教の影響で年上を尊重する! これでいいのだ。


 横浜にも弱点はある。セットプレーだ。エレメントは身長の低い選手が多い。選手選考セレクションで身長はまったく考慮されない。

 ショーテルのCKコーナーを入ったばかりの錫杖が合わせる。しかしオー・ド・ヴィもショーテルのキックの軌道に慣れ、上手く体を寄せてヘディングの勢いを減衰させる。

 ボールは横浜が大きく蹴り出した。ラインを上げる。一人多く戦意の戻った東京は足を半分りながらも攻勢を続ける。

 

 結局最後はお前なんだ。

 オー・ド・ヴィはしつこくフランを追い続けた。

 フランにボールが渡る。横浜のディフェンスが殺到した。


 今日はいいものを見せてもらった。

 なるほど、軸足の後ろからボールを通すという方法もあるのか。なら、こんなこともできるかな。

 フランは左足を振り上げた。

 シュート? フェイントでここからドリブル? 何が来る? ともかく五人が前をふさぐ。オー・ド・ヴィがフランにショルダーチャージを食らわす。体格は同等。 

 フランは左足を振り下ろす。しかしボールはぴくりとも動かない。

 空振り。

 フランはよろめき、左足を戻す。左足のかかとでコツンとボールを転がす。右足の後ろをボールはく。

 な? オー・ド・ヴィはうめいた。

 自分にマークが集中することを利用して。


 豈図らんやまさか来るとは。そこにはこっそりゴール前に進出していた刀がフリーでいた。

 迫るGKソリッド。刀はただ無我夢中でボールを蹴った。ソリッドには目線や軸足、蹴り足の角度からは刀がどこを狙っているか読めなかった。

 シュートは計らずもゴール右隅に突き刺さる。

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