第28話 オリオンの光輝

「マン・ゴーシュ! 持ち場はいいからずっとヴェンティラトゥールに付いてろ! ショーテル! 右に戻れ! ガンガン上がっていいぞ。モーニングスター! 左サイドバックやれ! 守備専でいい! 全体的にラインを上げるぞ」

 あとは、あとは、あとは。

 アップ中の選手に向かって駆け出す。

「フラン、行くぞ」

 彼女はぴくっと顔を上げた。

「嫌です」

 表情とお口が正反対だ。

「嫌でも行くんだよ」

 と俺はフランに言わされる。

 なんか悔しい。


「私にストーカーか。こんな可愛い子が。ありがたいねえ」

 ヴェンティラトゥールはマン・ゴーシュの小さな頭をなでた。

「ドリブラーの天敵、か。商売上がったりだね! ……。このセリフ、一度言ってみたかったんだ。どうだい? ……答えてくれないのか。さみしいなあ」

「ヴェンティラトゥール! ディフェンスラインに加わりなさい! オー・ド・ヴィ! リベロとして攻めに加わって!」

 くそBBA横浜の監督から指示が飛ぶ。


 試合再開。

 いつものように手裏剣はボールを要求するが、パスは来ない。

 左WGウィングカットラスはドリブルしながら右WGククリとCFセンターフォワード刀がディフェンスの裏に走り出すのを目にした。


 ククリがどこに走るか、何を考えているか、なんとなく判る。湾曲した軌道を描く緩やかなアーリークロスを蹴った。飛びついたDFディフェンダーの頭をかすめたボールを右サイドのククリが止める。シュート体勢、DFがシュートコースをふさぐ。

 想定内。ククリは刀にボールを落とす。

 千載一遇! 居合抜きじゃ。

 刀は右足を振り上げた。そこに左から猛然とオー・ド・ヴィが詰めた。

 ならばこっちだろう。

 GKソリッドは撃たれる前に身を躍らせた。刀はオー・ド・ヴィを避け右にシュートを放つ。至近距離だったが読み通りにボールが飛んで来て弾いた。

 しまった! 推算されておったか。刀は頭を抱えた。


 ボールは競り合いの末、バイタルエリアに転がった。CH弓が詰める。

 ここはぁ! 決め所ぁ!

 射貫いぬくぁ!

 十分な体勢から強蹴。ボールは奇妙な弾道でゴールに向かう。

 ソリッドは素早く立ち上がると両腕をボールに突き出した。目の前で無回転のボールは唐突に落ち、曲がった。ソリッドは対応しかろうじて弾き出す。こぼれ球は横浜が回収。


 やばい、か?

 速攻。走力が違う。もう、東京には全力疾走する体力が残ってない。数が足りない。しかもマン・ゴーシュはヴェンティラトゥールに付き添って前線にいる。

 そうか。マン・ゴーシュがいない分、こっちのゴール前にスペースができる。

 軽快にボールをつないで一人余ったFWがGKティンベーの動きを冷静に観て、ボールを流し込む。スタッフが懸命に足を伸ばすも、届かない。

 後半二十分。エレメント、3点目。


「よくも妾を虚仮こけにしてくれましたわね! マジ許すまじ!」

 スタッフは空に両腕を突き出し、咆哮ほうこう

「まじく まじく まじ まじき まじから まじかり 

                  マジ マジカル!」

 ランスは唖然としてスタッフを眺めていた。

 

「じゃあ、今度、そのサングラスを取って指導してください」

 フランは無茶な要求をする。

「いや……これは……」

 フランは微笑みながら悲しむ。

「わかったよ……」


 選手交代ボードに10の数字が掲げられた。

「え? あたし……?」

 手裏剣は自分を指さした。俺はうなずく。そして口を結んだままピッチを出た。


「おいでなすったね」

flameって名前からどれだけ真っ赤な奴かと思ったら。ずいぶんと真っ白な御髪おぐしだね」

 ヴェンティラトゥールはフランに聞こえるように話す。

 試合再開。

 刀からパスを受けたフランはゆっくりとボールをつついて歩き出す。

 よろしくお願いします。


 ああ、素直だね。まだ傷も少なくて元気だ。

 

 君が、芝が、こんなにもいとおしい。

                   大好きなんだ!


 まだまだ体力を残したエレメントのFWが殺到する。フランはボールを転がし両足の間を行き来させた。そしてまっすぐに相手を観た。


 行きます。


 プレスに来たFWをなめらかなスラロームですり抜け、フランは突進。

 

 何か変だ。ヴェンティラトゥールは持ち場を放り出しフランを追う。

 なんだよこれ。なんて足腰しているんだ。

 右、左、右、左……。自由自在に守備を掻き分ける低重心のスラローム。なのにトップスピードを維持する。

 ああそうだ。何か変だと思ったら。

 この、ドリブル中にロクに足下見ない。だから相手の動きを、足の動きを観ながら進路を決定できる。


 自分の技術に自信がある。

 ボールにさえ触れられなければ、大丈夫。多少フランの体に触れたところで、止まるほどヤワじゃない。ぶっとばされるだけだ。

 ついにボックスペナルティーエリアに到達。

 ボックス内はドリブラーの天国だ。迂闊うかつなタックルはPKのリスクを伴う。


 フランベルジュ。最後までこのまま行くつもりか?

 立ちはだかったのはオー・ド・ヴィ。

 迷っている余裕はない。フランの背後から気配が迫る。 

 靴の外側アウトサイド、縫い目にボールを這わせ、少し長く押し出す。

 あっ。ヴェンティラトゥールは悪い予感にびくっと震えた。叫ぶ。

「オー! 行くなァ!」


 ここで、止める。

 オー・ド・ヴィは大口を開ける。好餌ボールが笑っている。

 フランは足裏でボールを引いた。そのまま反時計回りに身を躍らせる。

 大柄なバレリーナがスマートなピケターンをするような、華やかな趣があった。観客は口を閉じるのも忘れてこのまばゆい新星を眺めていた。


 サッカーは背中を向けている相手への反則に厳しい。フランに対して当たりに行けず、オー・ド・ヴィは蹈鞴たたらを踏んだ。

 ヴェンティラトゥールは一瞬、フランが自分に目をったように思った。自分の十八番であるルーレットの最中さなかに。

 見せつけるように。


 おかげで少し、フランのスピードが落ちた。後ろから追いついてくる者がいる。目の前にはCBセンターバックとGKソリッド。

 フランは右足をわずかに振り上げた。ソリッドはシュートに備えた予備動作。体が動いていないと反応できないからだ。フランはそのまま右足を下ろしてわずかに進んだ。もう一度振り上げる。CBは怖くてもう飛び込めない。でも右側のシュートコースを消していた。

 後ろからフランにヴェンティラトゥールの手が伸びる。フランは目を大きく見開いてゴール左隅をにらむと、右足を振り下ろす。もう撃ってくるだろう。ああ、その眼光に屈する形でソリッドは左に跳躍した。フランはそれを確認すると倒れながらボールを蹴った。ボールはCBの足をわずかに避け、ゆっくりとゴール右側にしずしずと進み収まった。


 ヴェンティラトゥールはフランを倒してしまった手前、立ち上がるとフランに手を差し出した。フランは手を引かれ鷹揚おうように立ち上がった。

「赤い炎は温度が低いのです。ベテルギウス死にかけの星のように赫赫かっかくと、いや、リゲルはそれ以上に白く熱く燃えるのです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る