町民の婚礼(二)

 戸口の方から白々とした明かりが差した。

 空の皿を手にしたまま、ヨセフは思わずそちらに目を向ける。

「おめでとうございます」

 両手に籠を抱え、背中には寝入った乳飲み子を負った少年は、花婿に歩み寄りながら、帽子の下の緑色の目を細めた。

「ああ」

 ヨセフは言いかけたまま、また思い出したように鳶色の目をスープに落とす。

「よく来たね、ペーテル」

 じゃが芋の香りでふわりと湯気立つスープで皿を満たしつつ、新郎の声には期待をはぐらかされた失望が滲んだ。

「これは、うちのお師匠からです」

 少年は今度はテーブル向こうの花嫁たちに向かって、手にした籠の中身を示す。

「未来の親方夫婦によろしく、と」

 籠の中には大きな白い陶器の壷が窮屈そうに収まっていた。

「父ちゃん、クックさんからよ」

 エルザは花冠を被った頭を部屋の奥に振り向けて呼びかける。

「ああ」

 奥の席で隣の神父と話していた男が振り返る。

 帽子からはみ出した髪こそ灰色だが、オレンジじみた丸い顔といい、大きなドングリ眼といい、いかつい肩をした太り気味の体つきといい、男は誰の目にも一見して花嫁の父と知れるほどエルザに似ていた。

「お祝いの葡萄酒(ぶどうしゅ)です」

 悪びれずに告げる少年の言葉に対し、花嫁の父は目尻に人の好い笑い皺を交えて応じた。

「ありがとう」

 それから、今度はいたずらっ子じみた顔つきになると、傍らのグラスをくいっと持ち上げて続けた。

「クックの奴にもよろしく伝えてくれ」

「分かりました」

「わざわざ、どうもありがとうねえ」

 夫や娘と同じく肥えた花嫁の母が出てきて少年から贈り物を受け取るのを見届けると、花嫁の父は再び隣の神父に向き直った。

「クックの奴も、偉くなったもんですよ」

 花嫁の父こと大工の親方は嬉しがる一方で、どこか寂しがるような微笑を浮かべている。

「昔はあいつと一緒によく悪さしたもんですけどね」

「彼の工房に、また新しい徒弟が加わったようですね」

 神父も乳飲み子を負った背をこちらに向けている少年に灰色の目を注ぐ。彫り深い眼窩の奥で、その瞳はどこか冷たく光った。

「是非とも弟子に、とやってくる人間が跡を絶たないそうです。クックも若い頃から、面倒見のいい奴ですから」

 大工の親方の大きなドングリ眼にふと光るものが走った。

「ケッセルの奴はあんなことになっちまって」

 黙している神父に向かい、大工の親方はまるで弁明するように続ける。

「そりゃ、確かにあいつは頑固な男でしたよ。でも、決して悪い奴じゃなかった。絵の腕だってクックより劣ってたわけじゃないんです。それが貧乏暮らしの果てに娘二人遺して死ぬなんて……」

 そこまで語ったところで、急に花嫁の父は言い淀んだ。

「すみませんね、晴(はれ)の席でこんな話を」

「いいんですよ、ファンデルさん」

 今度は神父が微笑を浮かべて応じる。

「私もあのお宅にはもっと何か出来なかったのか、今も悔やむところがありますから」

 戸口から再び差した白い光が、神父の蒼白い面半分を影に閉ざした。

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